婚約破棄されたので謝罪配信します〜切り抜きと泣き演技で、王国の世論を運用します〜

他力本願寺

第1話:断罪の終わり、女優の始まり


「アイリス・ラナ・ベルウッド! 貴様との婚約を、この場をもって破棄する!」


 王立学園の大広間。

 シャンデリアの輝きを切り裂くように、王太子エドワードの声が響き渡った。


 周囲の反応は、あまりにも早かった。


 まるで合図を待っていたかのように、令嬢たちは扇で口元を隠す。


 貴族の子息たちは侮蔑の視線を向ける。


 ざわめきすら、指揮者がタクトを振ったかのように統制されていた。


(ああ、やっぱり)


 アイリスは、肺の奥が冷たくなるのを感じた。


 胃が締め付けられるような生理的な恐怖。だが、頭の芯だけは氷のように冷えている。

 これは芝居だ。


 エドワード殿下の後ろ。

 少し離れた位置に控えている側近が、懐中時計を一瞥した。アイリスはそれを見逃さなかった。


 台本通りの断罪劇。その完成度の高さに、吐き気と感嘆が同時に湧き上がる。


「……殿下。今のお言葉は、正気でございますか」


 アイリスは声を震わせた。


 あえて、か細く。シャンデリアの光が瞳に反射して揺らぐ角度を、瞬時に計算して顔を上げる。


「黙れ! 貴様が聖女リリアに行った数々の嫌がらせ、知らぬとは言わせんぞ!」


「身に覚えが……ございません」


「往生際が悪い! 追放だ! 今すぐ我が国から立ち去るがいい!」


 エドワードが腕を振り上げる。

 その激情は本物だった。彼は嘘をついていない。


 本気で正義を行っていると信じ込んでいる。だからこそ、その「熱」は周囲を煽動する。

 罵声。嘲笑。


 そして、誰からともなく起こる拍手。


 アイリスは唇を噛み締め、涙を一滴もこぼさずに、その場を背にした。

 まだだ。


 今ここで泣いてはいけない。


 その「涙」は、もっと高く売れる場所で流す。今はまだ、意味がない。


   *   *   *


 生家に戻ったアイリスは、自室の扉を閉めた瞬間に大きく息を吐き出した。


 カチリ、と鍵をかける。

 その背中から、先ほどまでの「悲劇のヒロイン」の空気が消え失せた。


「……ふう」


 ドレッサーの前に座り、無造作に髪留めを外す。


 豪奢なドレスを脱ぎ捨て、クローゼットの奥から古びた麻のワンピースを取り出した。


 そして、部屋の隅。観葉植物の葉の裏に隠していた使い魔――小さな翼が生えた記録晶――を呼び戻す。


「ご苦労さま。いいは撮れた?」


 空中に投影された映像を確認する。


 画角は完璧だった。


 怒号を上げる王太子。怯えるアイリス。


 そして――そのさらに奥。


 断罪の瞬間に、わずかに口元を歪めて笑う側近と、会場の隅で記録係に指示を出す「宮廷情報局」の制服姿の局員が、見切れ気味に映り込んでいた。


「事実は変えられない。……けれど」


 アイリスは呟きながら、化粧水を含ませたコットンで目元のメイクを乱暴に落とし始めた。


 目の下に隈を作る。


 唇の色をコンシーラーで消し、病的な蒼白さを演出する。

 鏡の中に、先ほどよりも数倍「可哀想な少女」ができあがっていく。


「空気は、設計できる」


 彼女は机の上に、いくつかの小道具を配置した。


 乱雑に詰め込まれた鞄。


 飲みかけの水。


 そして、心を落ち着けるための安定剤の小瓶。


 すべて、計算された「画角」の中に収まるように。


 この国には、『水晶ネットワーク(クリスタル・ネットワーク)』が存在する。

 かつての軍事技術が民間開放され、今や平民でも手元の水晶で遠方の映像を楽しむ時代だ。


 だが、王宮の人間はこれを軽視している。

「高貴な人間が、不特定多数に顔を晒すなど下品だ」と、口にする。


 エドワード殿下も、側近たちも、この「おもちゃ」が剣よりも鋭い凶器になることを理解していない。

 だからこそ、隙がある。

 彼らが馬鹿にしている間に、私はこの国の「目」と「耳」を握る。


 最後に、机の中央に置かれた透明な多面体――古代遺物『原初の水晶』に手を触れる。


 指先が微かに震えている。これは演技ではない。

 これから世界を敵に回す恐怖。


 それ以上に、自身の「設計」が世界をひっくり返すかもしれないという、ぞくりとするような高揚感。


 水晶が淡く発光し始めた。


 配信準備完了のシグナルだ。

 アイリスは深呼吸を一度。


 そして、震える指で《配信開始》の紋章に触れ、濡れた瞳で虚空を見つめた。


「……開演よ」


【通知】チャンネル『アイリスの部屋』が配信を開始しました。


***


(後書き)


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

「続きが気になる!」「ざまぁが楽しみ!」と感じていただけましたら、


ぜひ **【フォロー】** と **【★3つの評価】** をよろしくお願いいたします!

皆様の応援が、アイリスの逆転劇を加速させる力になります。


次回、**『第2話:空気は見た目で作れる』**

深夜の謝罪配信。震える声とやつれた顔で、王太子の好感度を運用します。

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