第5話 魔女の願いと小さなお供

​ お気に入りの黒い日傘をさして、ルナは弾むような足取りでシルフィの後を歩いていた。日焼け止めのおかげで、肌を刺すような太陽の熱も、今は心地よいポカポカとした刺激に感じられる。

​ 二人は街外れの小高い丘にある、大きな樫の木の木陰で足を止めた。眼下には、先ほどまでいた賑やかな街並みが箱庭のように広がっている。

「シルフィさま、見てくださいまし! あんなに遠くまで、人がたくさんいますわ!」


​ ルナが興奮気味に指差すのを、シルフィは目を細めて眺めていた。やがて、彼女はルナの隣に腰を下ろすと、遠くの地平線を見つめながら静かに口を開いた。


​「ねぇ、ルナ。私がどうして、あのお城にいたあなたを見つけられたか、不思議に思わなかった?」


​ ルナは、くるくると回していた日傘を止め、不思議そうにシルフィを見つめた。

「……そういえば、そうですわね。あのお部屋は、とっても強い魔法で隠されていたはずですもの」

「私はね、この世界から消えかけている『古い魔法の欠片』を探して旅をしているの。誰にも思い出されず、忘れ去られてしまった想いや、孤独に残された力をね。……そしてもう一つ。私には、この世界を覆おうとしている『影』を払う責任があるのよ」


​ シルフィは手元の杖を優しく撫で、少しだけ険しい山々の向こうを見つめた。

「影……、ですの?」

「ええ。遥か北の果て、魔界を拠点に勢力を広げる『魔王軍』よ。彼らは、行き場を失った強力な魔力や、世の中に不満を持つ魔族たちを束ねて、この平和な人間界をふたたび恐怖で支配しようとしているの」


​ ルナは驚いて、日傘を握る手に力が入った。

「その軍勢の頂点に立つのが、魔王。彼は、かつての戦いで傷つき、世界を恨んで深い眠りについているわ。でも、彼の部下たちが、魔王を完全な『破壊の化身』として目覚めさせようと暗躍しているの」


​ シルフィはルナの頭を優しく撫でた。

「放っておけば、軍勢は進軍を始め、罪のない人々があなたと同じように自由を奪われてしまう。だから私は、彼らが魔王を完全に目覚めさせる前に、魔王軍の本拠地へ乗り込み、彼らの野望を打ち砕いて、魔王を正しく『討伐』……つまり、永い苦しみから解き放ってあげたいの」


​ ルナは小さな口を半開きにして、シルフィの言葉を一つひとつ噛みしめた。

 魔王軍という恐ろしい存在。けれど、その頂点にいる魔王もまた、部下たちに利用され、苦しみの中にいるのかもしれない。

「……では、わたくしも、そのお手伝いができますか?」


​ ルナはおそるおそる、シルフィのローブの裾をつかんだ。

「わたくし、まだ何もできませんけれど……。でも、誰かの自由を奪うなんて、わたくし、許せませんわ! 魔王さまを利用する悪い部下さんたちを、わたくしの魔力で『めっ!』ってしてあげたいですの!」


​ その言葉を聞いたシルフィの表情が、これまでにないほど柔らかく、慈愛に満ちたものに変わった。

「ふふ、頼もしいわね。魔王軍に叱りに行くお嬢様なんて、きっとあなただけだわ。ええ、もちろんお手伝いしてちょうだい。あなたのその強すぎる魔力は、誰かの自由を守るための盾になるわ」

「はい! わたくし、シルフィさまと一緒に、その『まおうぐん』を懲らしめに行きますわ!」


​ ルナは力強く頷いた。

 孤独な檻のお姫様は、今、世界を救う旅の仲間として、一歩踏み出したのだ。

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ひとりぼっちの吸血姫、大魔女と旅をする! くりーむそーだ @Simahati12

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