ひとりぼっちの吸血姫、大魔女と旅をする!

くりーむそーだ

第1話 美しき檻の、300年分のお留守番

ある城のお部屋には、窓はあっても出口はありませんでした。

 重たい扉には、内側からも外側からも触ることができないように、キラキラした魔法の封印がいくつもほどこされているからです。

​ 少女は、ほこりのつもった窓辺にちょこんと座って、ずっとお外を眺めていました。

 きゅうけつきのお嬢さまである彼女にとって、夜はとっても長くて、そしてしずかです。

​ むかしむかし、このお城にはたくさんの人がいました。

 けれど、みんな彼女を「化け物」と呼んで、この一番高いお部屋に閉じ込めてしまいました。

 彼女のなかに眠る力は、あまりにも大きすぎて、ただそこにいるだけで周りのお花を枯らし、小鳥さんを眠らせてしまうからです。

「……おはようございます、アンソニー。おはようございます、メルヘラ。……それから、アン」


​ 少女は窓辺からぴょんと降りると、ドレスのすそを指先でつまんで、ふんわりとカーテシーをしました。

 誰もいない。誰も見ていない。

 それでもこうして「お行儀よく」していれば、いつか大好きなメイドのアンが、おいしいお菓子を持って迎えに来てくれると信じていたのです。

​ けれど。

「…………」


​ やっぱり、返事はありません。

​ ある夜、騒がしかったお城からパタリと物音がしなくなりました。

 みんなで隠れんぼでもしているのか、それとも彼女を置いてどこかへ行ってしまったのか。

 それを知る方法はありません。彼女にできるのは、このまあるいお部屋の中を、ぺたぺたと歩き回ることだけでした。

「アン? どこにいますの? わたくし、お喉がかわいて死んじゃいそうですの。とっておきのトマトジュースを持ってきてほしいんです!」


​ わざと大きな声をだしてみます。

 でも、ごはんを運んでくれる魔法の仕掛けも、とうの昔に動かなくなってしまいました。

「……みんな、わたくしのこと、忘れちゃったのですか?」


​ 少女はぷうっとほっぺたを膨らませて、ひざを抱えて座り込みました。

 

 彼女は、自分がちょっと「特別」なことを知っています。

 触れるだけでお花がポロポロになっちゃうから、みんな彼女を怖がります。

 だから、閉じ込められるのもガマンしてきました。

「お行儀よく待っていれば、わたくしの『のろい』も治るってアンが言いましたもの。……わたくし、ずっと、ずーっと待っていますのよ」


​ 彼女はちっちゃな手で銀のフォークを握り、からっぽのお皿をカチャリと叩きました。

「まあ、おいしい! 今日のゼリーは、ほっぺたが落っこちちゃいそうですわ!」


​ 空っぽの、ひとりぼっちのお食事。そうしていないと、寂しくて泣きだしてしまいそうだったからです。

 

 カチャン、とフォークを置きます。

 そのしゅんかん、しーんとした静寂がやってきて、彼女の小さな肩が震えました。

「…………さびしい、ですわ」


​ ぽつりとこぼれたのは、何百年もガマンしていた、本当の気持ち。

 

「つまんない……つまんないですわ! だれか! だれでもいいんですの! わたくしと遊んでください!」


叱られてもいい。怖がられてもいい。

 ただ、誰かに「ここにいるよ」って見つけてほしかった。

 祈るような叫びが、夜の空に溶けていきます。

『――ふふっ。こんなに厳重な封印の中に、どんな恐ろしい魔物がいるのかと思ったら』


​ 不意に、すぐ後ろから鈴が鳴るような優しい声がしました。

​ 少女は心臓が「きゅん」となって、あわてて振り向きました。

 

 窓枠に、ひとりの女の人が腰掛けていました。

 銀色のみじかい髪が月光に透き通り、大きな帽子が夜風に揺れています。

 

 その人は、決して壊れるはずのない「封印」を、まるで薄いカーテンをくぐるみたいに軽やかに通り抜けて、お部屋の中にいました。

「……あら。とっても可愛い、小さなお嬢様じゃない」


​ 若い大魔女は、お花がほころぶような、柔らかな微笑みを浮かべました。

 

「あなたがこのお城の主さん? ずいぶんと寂しいところに閉じ込められちゃったわね。外はもう、すっかり季節が変わってしまったけれど……あなたはここで、ずっと待っていたのかしら?」


​ 彼女はひらりと窓から飛び降りて、少女の方へゆっくりと歩いてきます。

 触れるものすべてを壊してしまうはずの少女の魔力を、「あらあら、元気ね」とでも言うように、ふんわりと優しく受け流しながら。

「……な、な……っ!」


​ 少女は驚きで、目を丸くしました。

 

 何百年ぶりでしょう。

 自分を見ても逃げ出さず、それどころか、愛しげに近づいてくる人間に出会ったのは。

「そんなに怖がらなくて大丈夫よ。あなたをいじめに来たわけじゃないもの。……ねぇ、お嬢様。いつまで、ここで独りぼっちで『お留守番』をしているつもり?」


​ 魔女は少女の目の前で腰を落とし、視線を合わせると、そっと優しく微笑みかけました。

 

「もしよかったら、私と一緒に外の空気を吸いに行かない? 美味しいトマトジュースが飲める、素敵な場所を知っているの」

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