その古物店、時々禍い、概ね平穏。

雪裏

〈序〉古物店『蒼月』

「返品――ですか?」


 薄闇に、柔らかくも涼やかな声が溶けてゆく。


 三間四方にやや満たない木造の店内に、所狭しと並べられた古めかしい物品。骨董品や掛軸、織物に彫刻、日常的な調度品に至るまで、種々雑多な品々が無秩序を形成している。

 格子窓から射し込む弱々しい光では、物量が生み出す影に太刀打ちが出来ないのだろう。折り重なる陰影の隙間を、重く甘い香が埋めていた。


 その一番奥、取り巻く混沌にいかりを据えるかのごとく置かれたカウチソファに、声の主がしなだれかかるように座っていた。


 少女と呼んでも差し支えのないはずの姿かたちをしたそれは、およそその愛らしく整った容姿には似つかわしくない老猾さをにじませた瞳で、眼前の『客』を見据えている。


「当たり前でしょう! こんなものを売りつけるなんて、一体どういうつもり!?」


 少女の発した言葉に、嘲笑の色が交っていることを感じ取ったのだろう。『先日この店で古物を購入した』と主張する、大きなリュックを背負ったバックパッカー風の女性客は、少女へ向かって差し出した白木の箱を苛立たしげに開けてみせた。


 現れたのは、深紅の布に包まれた一本の万年筆。一見新品かと見紛うほどに磨き上げられた漆黒の胴軸が、つるりとした光沢を放っている。

 行儀よく鎮座したそれを一瞥いちべつした少女は、形の良い桜色の唇をわずかに歪めた。


「――ああ。それは間違いなく、当店で取り扱っていた品物ですね」

「そのとおりよ。三日前、確かにこの店で、あなたから購入したの。覚えているでしょう?」

「ええ。あなた様はいたくお気に召したようでしたね。一目惚れしたと」

「だったら早く返品させて。私には、もう時間が無いの!」


 ひどく愉しげに笑う少女に、焦燥を滲ませながら女性客が詰め寄る。まるで、『一刻も早くこの商品を手放したい』とでも言うかのように。


「――申し訳ございませんが、ご購入後のいかなるトラブルも、当店は責任を負いかねます」

「……え?」


 使い古された定型文を紡ぐには不相応な、侮蔑と愉悦をたっぷりと含んだ少女の言葉。咄嗟に二の句が継げず、女性客は呆けたような声を上げた。


「当古物店が扱う品物の中には、人智を超えた不可思議な力を宿しているモノがございます。あなた様がお買い上げになったそれも、幸運にも――いえ、不幸にも、でしょうか? ともかく、そういったモノだったのでしょう」

「……何言ってるの、あんた……」


 まるで花が咲きこぼれるかのような可憐な笑みを浮かべながら、少女が音も無く立ち上がる。


「しかし、すべては自己責任。たとえ、どんなわざわいが所有者へ降りかかろうとも――『それ』を欲したのは、あなた様自身なのですから」


 女性客はその身を小刻みに震わせながら、手のひらに乗ったままの木の箱をぎゅっ、と強く握りしめる。


「もしよろしければ、訊かせてもらえませんか?」


 丈の長いスカートの裾から覗くフリルを揺らめかせ、つい、とその小柄な体躯たいくを女性客へとわずかに半歩分近づけた。


「――私が創りあげた『禍宿物カドモノ』で、あなた様がどのような災厄に遭われたのか――」


 言葉を失う女性の見開いた瞳を覗き込みながら、少女は囁くように問いかけ――




「――いや何のハナシしてんの!!? この万年筆! 使用保証してくれたから買ったのにインク漏れまくって使えたもんじゃないんだけど!?」


「……えッ!!?」


 ぴしり、という音が聞こえそうなほどに、少女の笑みが分かりやすく固まった。


「もー最悪!! 何なのよこの店! やっぱりお土産を買うなら観光地の大型店にすれば良かった! せっかくの旅行が台無しだわ!」

「…………あ……あの……」

「何ッ!?」

「ヒェッ!! スミマセンッ!!」


 長々と意味不明な独り語りを聞かされ、堪忍袋の緒が切れたらしい。爆発した女性客の憤りに気圧され、少女はすくみあがって情けない声を上げた。

 縮こまった姿勢のまま、小動物のようにふるふると震えながら、


「あっ……あの……っ、返品の理由って、インクが漏れるっていう……だけ……?」

「何よ、他にも心当たりがあるの?」


 後ろ暗いことがあるなら全部吐け、とでも言うかのようにジロリと睨みつける女性客に、少女は慌ててぶんぶんとかぶりを振り、


「め、めっそうも無いです! ですが、その……ちょ、ちょっとお聞きしたんですけど……」

「何」

「そ……そのぅ……万年筆それを買った後に、何か……悪いことが起こったり……とかは……」

「無いわよ」

「……病気になったり……」

「無い」

「……身近な人たちに、不幸が襲ったり……なんてことも……」


 一瞬の沈黙の後、すう、と大きく息を吸う音がして。




「――無いっつってんでしょーが! いいからとっとと返品させて! 新幹線の時間が迫ってるんだから!!」


「ひえええ!! たっ……大変申し訳ございませんでしたお客様ああっ!!」




 ――路地裏にひっそりとたたずむ古物店『蒼月あおつき』の店内に、今にも泣きだしそうな少女の惨めな声が響いた。


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