第3話 旋律者
凛とした少女
鳶色の瞳を納めた涼しげな切れ長の目と高い鼻梁が、細い顎からシャープ曲線を描いてなる輪郭に計算し尽くされたかのように配置されている。
鴉の濡れ羽色に輝く長髪は赤のリボンでさっと若武者のように結い上げ、月光に白く艶やかに浮かび上がるうなじを晒す。
まだ幼さを残す肢体だが、桜色のスカートスーツを隙無く着こなす姿は、若武者の清冽さを感じさせる。
誰もが一瞬魂を惹かれる神々しさに呆然としたが、先程と雰囲気があまりに違うがよく見れば先程平影に狙われていた少女なのに気が付いた。
「馬鹿な、まだいたのか。さっさと逃げたまえ」
俺が眉を顰め命令すると、少女はもっと心外そうに絵師が一筆で描いたかの美しい眉を顰めて言い返してきた。
「それは私の台詞だ。折角誘き寄せたのに邪魔をしたのはそっちでしょ。なかなか珍しい武器だっけど、ネタが尽きたら前座はさっさと退場してくれないかしら」
「こっこの俺が前座だと」
俺の一世一代の晴れ舞台を前座などと呼ばれ思わず俺呼びしてしまったが、少女はもはや俺を相手にしてなかった。
鬼を見据え、己の名を響かせる。
「嚇弦の舞姫、桜参ります」
桜はゆっくりと左手を水平に翳し、その職人が作り上げたかの精緻で細い五本の指先からは月光に煌めく鋼線が垂れていた。
「乙女、起楽章」
桜が腕を振り上げターンをすれば、月光を跳ね返す鋼線は流線を描いて空に流れ、煌めく運河となった。
桜はそっと煌めく運河に右手の指を添えて弾き、琴のより澄んだ音が紡がれた。
桜は止まらず舞を舞い、鋼線いや弦を空に這わせ続けると、美しき音を次々と紡ぎ合わせ、旋律を編み上げていく。
月が煌々と輝き
川面が黄金に染まる夜の川辺
枝垂れ桜のあなみちを歩いていく
楚々と照らされ桜が舞い踊る
天のいたずらか一陣の風が桜の帷を開け
あの人に出会った
好きな人に出会い胸が熱くなる、でも伝えられない。そんな乙女の想いが旋律となって奏でられていく。
淡い銀光に照らされ煌めく弦に彩られ舞う姿は月の天女、深夜の公園はあまりに美しく幻想的な天女の舞台となった。
魂が吸い込まれ無心となる。
「美しい」
思わず言葉が溢れてしまった。
桜の舞に先程鬼の正体を見たときよりも胸が高鳴ってしょうがない。
心臓が破裂しそうだ。
こんなこと初めてだ。
この胸の高鳴り、まさか。
俺は胸の鼓動を押さえるように手を当てる。
落ち着け
落ち着くんだ
俺はクールな男。この状況を冷静に分析出来るはず。
深呼吸をし冷静に思考する。
そして思い至る。
これぞ、真理に出会えた事を告げる鐘の音に違いない。
そうだそうでなければこの俺がこんなに胸が高鳴り顔が熱くなるはずがない。
「旋律士がなんでこんなところに。だが前衛がいない今なら」
真理に出会えた祝福でいきそうになっていたが、鬼の呟きを聞き逃さなかった。
見開いていた目を細めた鬼に襲い掛かる前触れを察する。是もなくこの美しい真理を邪魔させないと思い。思った時には鬼の前に立ち塞がっていた。
計算も策略もない、気付いたら動いてしまった自分に驚く暇すらない。
「邪魔だ」
鬼の怒声に我に返ったときには、鬼の五月蠅そうに払った手が迫ってきた。轟音唸る一撃を紙一重で掻い潜り風圧だけでサングラスが吹っ飛ばされた。
「死んでたまるかっ」
俺は必死の思いで鬼の脇腹を蹴り飛ばし、その反動で地に転がり離脱した。
俺が稼いだのは僅か数秒にも満たない、だがこの数秒が勝負を分けた。
「想い」
桜は舞の終わりを、朗々と告げた。
神の調べを奏でれば、それはこの世を統べる律と共鳴し、超常の力を呼び覚ます。
桜の指から垂れる弦が、乙女の秘めた想いを表すように仄かに赤く輝きだした。
「しまった」
あの鬼が口をあんぐりと開き、逃げ腰になるのを見逃さなかった。
俺はそしてこれから起きる事態に目を爛々と輝かせ桜を凝視する。
「終わりです」
桜が左手を振り払った。先程までの優雅な動きが嘘のように、弦は高速の鞭となって放たれ朱色の弧を描いて鬼に襲いかかる。
鬼は咄嗟に腕で防御したのだが、その腕ごとキュウリのようにスライスされてしまった。
「嘘だろ」
目を何度も瞬かせ目の前の光景を見直す。
あれはスピードやその硬度で輪切りにしたんじゃない。信じられないがあの弦はレーザーブレードより遙かに高い高熱で鬼の体を焼き切ったのだ。その証拠にバラバラにされた鬼の体は、地面に落下するやフライパン上のバターのように解けて蒸発していく。
ユガミは桜の手によりあっさりと、その痕跡すら残さず消えてなくなっていくが俺の鬼への興味はそれより早く無くなっていた。
桜、彼女こそ長年探し求めていた真理。
「おい、大丈夫か」
桜は仕方なさそうな感じがありありと浮かぶ顔で、様子を伺う為に地面に転がる俺の傍に寄ってきて冷たく見下ろしてくる。
もう桜しか目に入らない。
俺は突風より早く起きあがると、桜に反応する間すら与えずその手を潰すほどに握り締めた。
捕まった自分が信じられないといった風に桜は切れ長の目を見開いて俺を見て来た。俺も桜の澄んだ瞳を見つめ返すと桜は魔眼に魅入られたかのように息を呑んで固まった。
俺は真剣に告白する。
「俺のものになれ」
公園に肉を抉る音が響き俺は頬骨が砕けたかと思われる勢いで吹っ飛ばされた。
「巫山戯るな変態」
桜は顔を真っ赤にして叫んだ。だが俺もこのくらいでは諦めない、地面でぴくぴく痙攣しながらも必死の思いで声を絞り出した。
「じゃあ、せめてお友達から」
「お断りだ」
桜は止めとばかりに俺を一発踏み付けると、そのまま一度として振り返らずに去っていった。
「きつい女だ。だが真理への探究は過酷なほどに燃え上がる」
痙攣が収まると俺は取り敢えず起きあがり、先程鬼に吹っ飛ばされたサングラスを拾った。
幸いにも無事だったのでそのまま掛けると、コートからスマフォを取りだし開いた。開かれた液晶には、ここら近辺のマップと紅く点滅する光点が描かれている。
「感度はいいようだな」
先程、桜に吹っ飛ばされた時に抜け目なく発信器を桜のスーツの裾に取り付けておいたのだ。
俺は、ゆっくりと獲物を追いつめる虎のように歩き出すのであった。
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