ゲームの世界に入ったら、NPCに執着されている件について。〜NPCの君には、惚れてはいけない〜
よりた 蕾
第1話 ようこそ、ヒカリの王国へ
冷たい風が撫でた。草原の青々とした香りがして私は目を覚ました。
……ここがゲームの世界?
目の前には一面の緑。どうやらここは、のどかな丘のようだ。
太陽の温かさを肌で感じるし、びゅんっと風の音も聞こえる。
まるで現実世界の自分とあまり変わりがない事に湖來乃(ここの)は驚いていた。
「……あれ、兄ちゃん、どこ?」
インしたら、同じ場所にいるばずって言われたのに、今丘にいるのは私だけだ。初心者と経験者では時差があるとか?
“緊急事態”
「えっ?!急に何?!」
目の前に液晶が現れて、けたたましく警報アラームが頭に響く。
“貴方にヘイトが集まっています。攻撃の準備をして下さい”
「ヘ、ヘイトって……!」
何もわからない。
ただ警報アラームがより私を慌てさせる。
『俺が守るから』っと言った兄は何処にもいない。
――ドドドドドドッ
地響きがして、イノシシのようなモンスターが私目掛けて突進してくる。
ちょっと待って。
無理。無理無理無理。
これはゲームだ。
頭ではわかっているのに、背中に流れる汗はどう考えても本物で、足が震えて動かない。
モンスターの雄叫びが、すぐ目の前で轟いた。
「きゃっ」
……もうダメだ。
湖來乃はギュッと目を閉じる事しか出来なかった。
「“ベルミスト”」
フワッと体が浮いて、耳元で低音の柔らかい声が聞こえる。
恐る恐る目を開けると、真っ黒のローブに白いアイマスク形の仮面をつけたプレーヤーが私を抱えていた。
「……え?」
今何が起きてるの?
「うわ、え、空飛んでる!?」
初めての出来事ばかりで、私の頭は追いつかない。
「うるさい、黙って。……落とすよ?」
「それは嫌!ごめんなさい」
落とされたくなくて、私はギュッと彼のローブを握る。
……フッ
今……笑った?フードを被ってるし仮面もしてるけど、口元が緩んだ気がした。それに……言葉とは違い、彼の腕はあたたかくて優しく感じたのは……気のせい?
そして、グイッと抱え直されてお姫様抱っこをされる。顔が近くなり、何かを確かめられた。
「あ、あの……」
ち、近すぎて恥ずかしすぎる。しかも、初対面の人にお姫様抱っこさせてしまって……。
「……君、まだチュートリアルも終わってないね」
彼は軽い足取りで緑の丘に着地した。
まるでちょっと高めのジャンプをしましたよって感じで。私はゆっくりと丘の上に下ろされる。
「……チュートリアル?よくわかんないけど、目が覚めたらここに……」
仮面とフードで彼がどんな表情をしているのか読めない……。もしかして、怒ってる……?
「一般公開はまだ先のはず……。バグか?」
彼は左手を顎に添えて少し考え込む。そして仕方ないと呟いた。
“緊急事態、再び貴方にヘイトが集まってます”
また同じように液晶画面が出てきて、警報アラームが頭に響く。
もう……なんなよこれ。また来るの?早くログアウトしてしまいたい。
――グオオオオオ
イノシシのモンスターが再び私目掛けて突進してくる。
「もー来ないでっ!!」
慌ててる私とは反対に、仮面の男は冷静に冷たい視線でイノシシのモンスターを見た。
「“グラネージュ”」
仮面の男がそう唱えると、緑の草原から氷の柱が突き上がり、モンスターの巨大を貫いた。
HPのゲージが一気に無くなっていく。ゼロになった瞬間、モンスターの体は光を放ちながら砕けていった。
「……終わった?」
……迫力がすごすぎる。足や腕から力が抜けた。助かったんだ。
ピコンピコンと頭の中で違う音が響く。
“レベルアップしました”
“アイテムも獲得しました”
「……へ?」
「よかったね、初心者さん。そのウィンドウ、タッチしてごらん」
隣に立つ仮面の男に言われるままタッチしてみる。
“超激レアアイテム《銀色の羽》を入手しました”
「銀色の、羽?」
「……え?」
仮面の男の動きが止まった。
……なにそれ。意味はよくわからないけど、仮面の男の反応を見る限り、とんでもないものらしい。
“銀色の羽は、フェニックスに返すことは出来ないけど、経験値無しに貴方のMPを無限に引き上げます”
……MPってマジックポイントだよね?
しかも……無限って……。
どうして?ただの初心者の私が?引いてはいけないものを、引いてしまった気がする。
むしろこのモンスターを倒したのは彼だ。私が貰うべきものじゃない。
“今から銀の羽を使用します――無事完了しました”
「え?わ、ちょっと待って!勝手に使用しないでよ!」
振り向くと仮面の男は消えていた。まるで初めからいなかったかのように。
「もー……なんなのよ……」
……せめて、お礼だけ言いたかったな。またどこかで会えるといいんだけど。
「ココノ〜、こんなとこに居たのか!」
「あ!お兄ちゃん!今までどこ、に……」
振り向くとロングヘアの私そっくりなお姉さんが走ってくる。
……お兄ちゃんだよね?
「ココノごめんな、一人にさせて。大丈夫だった?」
「お兄ちゃん、」
「あ、ダメ!」
お姉さんに口を塞がれてしまう。声はいつもより高く、動き方はいつもの兄で、私の顔が言うから変な感じだ。
「このゲーム内ではタマキちゃんって呼んでね?みんな女の子だと思ってるからさ」
……ゲームの世界では、こんな事も出来るのか。
「あっちに街があるから行くわよ?」
私はタマキちゃんの後に続いて街に向かうと……
「わあ……すごい。こんなになってるんだ」
石畳の道の先には絵本から出て来たようなお城。可愛い街並みは活気に溢れていた。
“ようこそ、ヒカリの王国へ”
ウィンドウが出て来て私を迎えてくれる。
初心者すぎる私には知らない世界だった。
――――
――
何故、私がこのゲームの世界に足を踏み入れたのか。
それは、ほんの数時間前の出来事だった。
週末の夕方。
高校帰りの電車に揺られながら、私はイヤホンを耳に押し込む。
「あ……レイ君だ」
スマホの画面いっぱいに映し出されたのは、今大人気のアイドルグループ《natural》。通称、ナチュ。
その中心で歌っているのが私の推し、レイ君だった。
キラキラした迷いのない笑顔。
王子様って、本当に存在するんだと思わせる人。
……はぁ。やっぱり、好き。
どうやら新作ゲームのCMらしい。
画面の中で、レイ君にそっくりなキャラクターが魔法の剣を振いモンスターを次々と倒していく。
ゲームには疎い。特にこういったRPGは……。でも、推しがやってるなら、話は別だ。
レイ君が操作しているだけで、全部楽しそうに見えてしまう。
『みんなで協力してモンスターを倒し、ヒカリの羽を見つけよう!
――“ヒカリの王国”』
「……ヒカリの、王国」
その言葉が、妙に胸に残った。
ゲームの世界で、もし、同じ場所に立てたら。
まあ、そんなこと、あるわけないんだけど。
――でも。……期待してしまう。
「……兄ちゃんなら、持ってるかも」
兄は筋金入りのゲーム好きだ。
人数合わせだと言われて、パズルもシューティングも付き合わされてきた。
RPGは未経験だけど教えてくれる人がいるなら……。
電車を降りながら、私はもう半分、決めていた。
――――
――
「ただいまー。兄ちゃんいる?」
「湖來乃、おかえり。環ならお友達と部屋よ。あ、これ持ってってくれる?」
母から差し出されたお盆には、麦茶のグラスが三つ。
……三つ?
「うん、わかった」
「あと、夕飯も一緒に食べるか聞いといてー」
「はーい」
私は廊下を進み、兄の部屋の前で立ち止まる。
――コンコン。
「兄ちゃん、お茶持ってきたよ」
「はーい。湖來乃、サンキュー」
扉が開いた瞬間――
「あれ?」
そこにいたのは、兄じゃなかった。
「原田先輩……?」
「お、久しぶり」
兄の大学の先輩。
よく家に来ては、二人でゲームをしている人だ。
その背後から、もう一人。
「あれ? 環ちゃん、こんな可愛い妹いたの?」
初めて見る、大人の男性。
柔らかい笑顔で、こちらを見ていた。
「佐伯さん。妹の湖來乃です」
兄の環がそう紹介する。
「湖來乃ちゃん、ゲームは好き?」
佐伯さんはそう言いながら、あるソフトを見せて来た。
「……それ」
彼の手にあるソフトにはっきりと書かれたタイトル。
《ヒカリの王国》
「レイ君の……ゲームですか?」
「知ってる?宣伝してるもんね」
佐伯さんは少しだけ照れたように笑う。
「実は俺、このゲーム作ってる会社――NEで働いてるんだ」
NE。
ゲーム業界で知らない人はいない、大手運営会社。
心臓が、どくんと跳ねた。
「環と原田には、今からテストプレイに入ってもらう予定でさ」
佐伯さんは少し間を置いて、私を見る。
「女の子のプレイヤー、まだ少なくて。
湖來乃ちゃんが入ってくれたら、正直、嬉しい」
一瞬だけ、迷う。
でも。
「……やります」
即答だった。
だって――
もしかしたら。
本当に、もしかしたら。
同じ世界で、同じ空の下で。
レイ君と、会えるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いたまま、私はゲームの世界へ足を踏み入れたのだった。
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