結晶の国より愛を込めて

片海 鏡

第1話 極北の魔女の国

 一年を通して分厚い雲が日光を遮り、晴れの日は指折り数える程度と伝えられる極北の大陸。その地に魔女の国〈ロズマキナ〉がある。


 身を割くほどの強風が吹き荒れ、凍り付いた大地。

 其の中で魔女達は力を合わせて生きることを決めた。

 長い年月をかけて強風を防ぐ為に高い城壁を建設し、魔法の力で編まれた透明な屋根を創造し、豪雪をもろともしない国を築き上げた。そして、童話の中の煌めき、砂糖細工のように甘く、舞踏会の様に華やかな世界が、箱庭の中で形成される。


 白の世界に色を齎す国には、唯一獣人であり男性が魔女たちの中で暮らしている。


「ねぇ、ネフィちゃん」


 王都〈クリアステル〉に建設された魔法騎士の屯所。石造りの荘厳な建物の中、渡り廊下を歩いていた其の人は、同僚の魔女に呼ばれ足を止める。


「どうした?」


 其の人は振り返ると、静かに問いかける。

 魔女の国で唯一の男であり獣人。〈結晶城の帝王〉ネフィリアードである。

 獣人は大柄で筋骨隆々と連想されやすいが、彼は人間に近い体格をしている。鍛え上げられながらも細く引き締まり、立ち居振る舞いは威厳と優雅さが滲み出ている。

 年齢は二十代半ばだろうか。氷河の青を内包する体毛に、人であれば髪、動物であれば鬣に該当する肩まで伸ばした烏の濡れ羽色の毛。狼系統の顔立ちをしており、黒曜石のように黒い瞳以外の白目の部分はあまり見えない。足は長く、身長は2mを超え、男性用に仕立てられた軍服には黒のペリースマントが付けられている。戦闘や業務がしやすいよう手には黒い革製の手袋をはめ、鞘に収まった水晶の様に透明で美しい魔法の杖を剣の様に携えている。


「今、緊急事態の報せが届いたの」


 彼の元へと駆け寄って来たのは、長く艶めくピンクブロンドの髪先を緩やかに巻いた魔女だ。

 年は20代半ばに見える。身長は180センチ近くあるだろうか。インカローズの様に赤く、美しく丸い瞳は長いまつ毛に彩られ、花の妖精の女王を連想させる大人びた中に可愛らしさを合わせ持つ顔立ちをしている。豊かな胸にしなやかな曲線の体には、黒のマントと軍服を身に纏い、その胸元には大きなレースのリボンが結ばれている。

 魔女の鍔の広い三角帽子には、大振りの白い薔薇とレース、赤やピンクの宝石が散りばめられている。

 名前をミランジュ。〈花園の嵐〉と呼ばれる魔女である。


「場所は?」


 王都の治安維持を担う〈黒翼の団〉の第一部隊隊長であるネフィリアードは、直ぐに移動を開始する。向かう先は玄関の大扉ではなく、3階の屋上だ。


「中央広場よ。今年の聖誕祭でツリーを担当する子達が、試作で大きなツリーを作ったのだけれど……気合いを入れすぎたせいでツリーが暴走しちゃって、1人が頂上の星の所に取り残されたらしいわ」


 折角頑張って作ったのに、とミランジュは薔薇色の唇からため息を溢した。

 この国の聖誕祭は、他の大陸では降誕祭や聖夜祭に等しい。

 極北の大陸では、冬の季節に晴れるのはこの一日だけだ。ただ単に晴れるだけでなく、魔女の国の築き上げた初代女王の誕生した日であり、季節の折り返しを報せる大切な日でもある。華やかな街並みの中で魔女達は祝い、次の春を夢見て星空を眺める大切な行事である。

 街には赤や緑、白、金の装飾が施され、夜明けまで温かく華やかな光が消える事はない。開催まであと1か月半に迫り、着々と準備が進められている。


「箒で降りられないのか?」


 階段へと辿り着いたネフィリアードはコルエに訊いた。

 魔女は箒に乗って空を移動できる。小さな子供や学生ならともかく、祭りの象徴となるツリーを担当する実力者なら、危険を察知すれば早々に箒に乗って降りそうなものだ。


「飾り達が踊っているんだ」


 3階屋上へと向かうと予期していたのだろう。2階の階段から2人を見下げながら、長身の魔女は言った。

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