雷鳴を捨てた聖騎士

一ノ瀬 レン

第1話 雷鳴

冒険者ギルド『白銀の翼』の昼下がり。

そこには、英雄の残り香など微塵も感じさせない一人の男の姿があった。


「……三、四、五。はぁ……。これだけかよ」


ジンは酒の染みついた木製テーブルの上で、銅貨を数えながらため息をつく。

今日の報酬は、街の外にある薬草の採取。

ほとんどモンスターが出ることもなく、失敗の可能性は極めて低い低ランクの依頼だった。かつては《雷鳴の聖騎士》と慕われ、恐れられた男が今や低ランクの依頼を受け、冒険者の真似事をしている。


「文句言わないでよ、ジン。低ランクの依頼なんてどれも似たようなもんよ」


ギルドの看板娘が呆れたように腰に手を当てる。ジンは残った安酒を一気に喉に流し込んだ。


「まぁ、ランク上げを頑張りますよっと」


Fランク冒険者であるジンが高報酬の依頼を受けるには最低でもCランクは必要となる。そこに到達するのは早くて五年。十年以上かかる冒険者だって大勢いる。


「今日はこの辺で帰ろうかな」


その時。

ギルドの重厚な扉が、音を立てて開いた。


陽光を背負って現れたのは、この薄汚れた建物とは場違いなほど美しい「美少年」だった。

白銀の縁取りがなされた青いマント羽織り、腰には家紋入りの細身の剣が刺さっている。泥と埃に塗れた冒険者たちの中で浮いているほどだった。


いつも騒がしい酒場が一瞬にして沈黙が続く。

美少年は真っ直ぐに受付に歩み寄り、凛とした声で話し始める。


「ジン・カミシロ卿を探してる。どこにいるか知らないか?」


ジンは思わず、持っていたグラスで顔を隠す。

カミシロ。フルネームで呼ばれたのは何年振りだろうか。

受付嬢と一瞬目が合う。

ジンは思いっきり首を横に振っていたが、意図的なのかそれとも、理解してなかったのか分からないがもうすでに美少年に対して……。


「あちらに座っておられる方です」


その言葉を聞きすぐにジンの方へ歩き出す。

ジンの目の前で止まり、


「……祖父。エドワード・ブラッドレイより命を受け、参上いたしました。あなた様の弟子に!」


「…‥人違いさ。俺には家名などない」


ジンはため息をつきながら懐からタバコとライターを取り出し、タバコに火をつける。


「こ、こちらを!」


彼はバッグから一枚の封筒を取り出す。

封筒には獅子の紋章が描かれている。

この国の住人なら、見ただけで腰を抜かしてしまうだろう現国王陛下直筆の親書である。


(あのクソジジイ……。陛下まで抱き込みやがったか)


親書にはたった一言、『君の休暇もそろそろ帰ってきてみてはどうだろうか』とだけ記されていた。


「俺は魔法も使えない落ちこぼれだ。期待はずれだったな、帰りな」


ジンはポケットに親書をしまうと、席を立つ。

その瞬間、ギルドの扉が再び乱暴に開く。


「━━見つけたぞ!落ちこぼれ。逃げられると思ったか!」


武装した追手たちが流れ込んでくる。

彼は震えながらも剣を抜こうとするが、ジンはその肩を無造作に叩いた。


「はぁ……めんどくさいけど、ここで面倒ごとを起こされるよりはマシか」


ジンはため息をつきながら腰にかけてある鈍といっても遜色ないほどの剣をゆっくりと引き抜く。

その指先で、本人にしか見えないほどの小さな火花が、パチリと爆ぜた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る