天才犯罪者×ぽんこつ警官カップリングは癖です

ミヤザキ

プロローグ:出会いは誘拐の顔をして

最初の死体は、ニュースにならなかった。


とある雑居ビルの間。

転落死。

身元は――表向き”普通”の会社役員。

しかし、捜査一課所属の半田はんだは、資料を一枚めくっただけで眉をひそめた。


「裏で人を売ってる。金を洗うために口座も名義も複数所持。…“普通”じゃないな」


被害者の解剖所見は簡潔だった。

争った形跡はなく、外傷も少ない。

ただ、致命傷が“正確すぎる”。


「……脳幹損傷による即死です。しかも、綺麗に。転落時に損傷したとは考えにくいですね。」

部下が言う。


半田は息を吐いた。


「狙ってやった。……プロの仕業か?」


「おそらく。しかし痕跡がありません。指紋、足跡、DNA。何も」


犯人はいるのに、犯人の存在だけが抜け落ちている。その気味の悪さが、現場の空気を冷やした。


そして二件目、三件目と死亡者が続くうちに、偶然はなくなった。


死んだのは皆、“表では善人、裏では悪人”だった。違法融資。詐欺。人身取引の片棒。告発されれば終わる連中ばかり。


そして、毎回犯人を辿る決定的なものがない。

遺体発見場所はバラバラ。凶器なし。侵入経路不明。目撃者なし。


「同一犯の仕業による連続殺人とみていいだろう」


半田の判断を機に捜査本部が立ち上がった。

 ________________________________________

 

新米刑事の九条くじょうがこの事件の捜査本部に入ったのは、末席としてだった。


「資料整理、あとこの聞き込みのまとめ。九条、行けるな」


「はい……!」


九条の父親は、その才覚を買われて警視庁幹部まで上り詰め、周囲からの信頼も厚い。


一方で九条本人はというと、不器用で、ぽんこつ。しかも女である。男社会の中では肩身が狭く、コネ入社などと陰口を言われていた。

でも九条は真面目だった。真面目だからこそ、変なものに気づく。


被害者の共通点を洗い出す作業で、九条はふと手を止めた。


彼らには、表向きの共通点がない。

勤め先の業界も、住む場所も、交友関係もバラバラ。

なのに――“ある一点”だけ一致していた。

直近で、全員が同じ人物に接触している。


死亡直前の数日間、全員の端末に同じ種類の痕跡が残っていた。

――削除されたネットワーク閲覧履歴である。

復元をかけると、同じ板のURLが浮かび上がった。


匿名掲示板。表からは辿れない招待制のスレッドで、裏稼業の者たちが不安と愚痴をこぼす場所。

三人とも、そのスレッドに書き込みをしているのだ。


「最近、裏がバレそうで眠れない」

「誰かに狙われてる気がする」

「逃げるべきか?」

短い相談。


そこに、同じ人物が返信していた。

「ご相談に乗りましょう。私はあなたの救助者です。」


さらに全員、その後の行動が一致している。

端末の位置情報――電源が切れる直前の最終ログが、同じ範囲を指していた。

繁華街の裏手。

表通りから一本入った、監視カメラの死角。三人とも、最後に“そこ”へ行っている。

 

九条は喉を鳴らした。

「……会いに行ったんだ、この返信主に」


横で様子を見ていた半田の目が細くなる。


「返信主は?」


九条はスクロールして名前を見せた。アカウント名は短い。

 A。

プロフィールなし。性別不明。

だが返信の文体だけが妙に丁寧だった。


半田は数秒黙った。

「運営に照会かける。ログも押さえる」


「でも匿名掲示板ですよ? 辿れますか?」


「辿れなくても、やる。」


 半田は続けた。

「Aが犯人とは限らない。だが被害者が死ぬ直前に、同じ人物と“接触した”のは事実だ。九条、」


「はい」


「それ俺に回せ。端末解析のメモも全部」


九条は頷き、資料を束ねる。

その時、背中に視線を感じた気がした。

振り返っても誰もいない。

ただ空調の音だけが鳴っている。

まるで、画面の向こうから見られているみたいだった。

 ________________________________________

 

掲示板を分析した結果、次の被害者候補の見当はついていた。―

―表では慈善家、裏では人を商品にする男。

しかし捜査本部はまだ“確証”を掴めていない。だからこそ、先に“殺される”可能性がある。


九条は、あり余る正義感からか、はたまた自身の名誉挽回のためか、無謀にも単身でその男の周辺を洗い始めていた。


裏社会の噂を追い、出入りする店を洗い、関係者に当たる。ぽんこつなりに、必死だった。


そして――それが、狙われる理由になった。


夜。帰宅途中の路地。


背後から足音が近づき、九条の肩が掴まれた。


「……何やってる」


低い声。男が二人。顔は見えない。

空気が、急に重くなる。


「す、すみません、私は警察で怪しいものでは――」


言い終える前に、腹を殴られた。息が詰まる。


「……や、やめて」


「“あの方”の邪魔したらどうなるか、教えてやる」


刃物の冷たい感触が、頬に触れた。


――死ぬ。


その瞬間だった。


暗闇の奥から、声がした。


「それ以上は、やめてください」


柔らかい敬語。

場違いなほど落ち着いた声。


男たちが振り向く。


「誰だ」


影が一つ。

細身。女。


街灯の下に現れた顔は、驚くほど穏やかだった。


にこやかにすら見える。


「ご用件は理解しました。ですが」


一拍。


「その方は、あなた方の獲物ではありません」


男の一人が笑う。


「は? 誰の獲物だよ」


「私の――」


言いかけて、女は首を傾げた。


「いえ、違いますね。失礼」


そして、淡々と言い直す。


「無関係者です」


男が苛立つ。


「黙れ。邪魔するなら――」


次の瞬間、女の腕が動いた。


速い。

刃物が弾かれ、男の肘が逆方向に折れる音がした。

悲鳴が上がる前に、もう一人の顎が跳ね上がり、膝が床についた。


九条は息もできなかった。


女は、倒れた男たちを一瞥してから、九条に視線を戻す。


「歩けますか」


「……え、あ……」


 九条が返事を探すより早く、女は九条の腕を取った。


強引ではない。

だが、抵抗できない確信がある。


「痛い思いをさせてしまいましたね」


穏やかな声。

その声に、九条の心臓が変な跳ね方をした。


――助かった。


――なのに、怖い。


女は囁く。


「大丈夫。私は、あなたに怖い思いはさせません。」


その言葉が、暗闇に溶けた瞬間。

九条の意識は途切れた。

 ________________________________________


目を覚ますと、暗い部屋だった。


手首は拘束されていない。

傷も、ほとんどない。

ただ、鍵のかかる扉がある。


「……ここは……」


「安全な場所です」


女が椅子に座っている。

街灯の下の顔が、はっきり見える。


若い。端正。

表情は穏やか。声は丁寧。


――この人は、さっきの。


「……あなた、誰ですか」


「名乗る必要はありません」


即答。


九条は、震える声で言った。


「……誘拐ですよね」


「はい」


あまりにも平然と頷くので、九条は言葉を失った。


「ですが、あなたを傷つけるつもりはありません」


女は、少しだけ視線を落とし、言葉を選ぶように続けた。


「あなたは、巻き込まれました」


「……あなたは、あの男たちの仲間じゃない?」


「違います」


「じゃあ……なんで」


女は、九条を見た。


その目には、好意も、敵意もない。

ただ、観察と判断がある。


「あなたが今追っている人物は、危険です」


九条が息を呑む。


「……私の目的、知ってるんですか」


「ええ」


女は淡々と答える。


「先ほどの男は、あなたが追っている人物に雇われています。あなたを消すために」


「……」


「あなたは、正面から行き過ぎました」


叱責ではない。指摘だ。

九条は悔しさと恐怖で、喉が詰まった。


「……私は、警察官です」


「承知しています」


「なら、私を――」


「帰せば、あなたは死にます」


Aは静かに断じた。


「そしてあなたが死ねば、あなたのご家族も、あなたの上司も」


一拍。


「——ひどく後悔するでしょうね」


その言い方が、異様に生々しかった。


九条は、ふいに自分の耳が熱いことに気づいた。

目の前の女が、危険なはずなのに、声が落ち着く。


——吊り橋効果。


頭では分かっているのに、胸が勝手に反応する。

それと同時に、別のものが脳裏をよぎった。


掲示板の文。

敬語の形。

(……同じだ)

いま目の前で話している声の温度と、画面で読んだ文章の温度が一致する。

偶然にしては、似すぎている。


「……あなたは、誰」


もう一度問うと、女は小さく息を吐いた。


「私は」


少し間。


「……あなたにとって、今夜は“救助者”です」


九条はその言い方に、ぞくりとした。

(やっぱり)

(この人が――掲示板のA。)


九条の喉が鳴った。


 ________________________________________

 

数時間後。


Aは立ち上がった。


「……終わらせます」


「何を」


「あなたが追っている人物を」


九条の体が硬直する。


「……殺す、ってことですか」


「処理します」


Aは淡々としたまま言い換えた。


「あなたの安全は、その後確保されます」


「そんなの……警察に任せれば」


「間に合いません」


Aは言い切る。


「彼は今夜、逃げます。証拠も消します。あなたの命も消します」


九条は言葉を失った。

Aは扉へ向かいながら、振り返る。


「あなたは、ここにいてください」


「……私を置いて?」


「はい」


穏やかに頷く。


「拒否しますか」


九条は口を開き、閉じた。

拒否したところで何が変わる?

今夜、戻れば殺される。

警察に連絡しても間に合わない。


「……」


Aはその沈黙を、肯定として扱わなかった。


「……答えなくていいです」


一拍。


「あなたの選択肢は、まだ残しておきます」


そう言って、Aは去った。

 ________________________________________

夜明け前。


九条は鍵の音で目を覚ました。


扉が開くとAが立っていた。


袖が裂け、血が滲んでいる。

顔色も悪い。

それでも声は落ち着いていた。

「……もう大丈夫です」


九条は震える声で言う。

「……あなた、何をしたの」


「終わらせました」


Aは、それ以上説明しなかった。


「もう外に出て構いませんよ。」


Aは淡々と告げる。


「あなたは、保護されてください」


「……私、あなたのこと……」


言いかけた言葉が、喉で詰まる。


Aは九条を見つめ、少しだけ声を落とした。


「あなたは、今の出来事を警察に話しますか」


九条の心臓が跳ねる。


「……話したら、あなたは捕まる」


「ええ」


「……話さなかったら」


「あなたは、嘘をつくことになります」


Aは、淡々と突きつけた。


「どちらでも構いません」


一拍。


「ただ」


Aの目が、ほんの少しだけ鋭くなる。


「私の情報を、正確に話す必要はありません。あなたが覚えているのは――」


九条の耳元に、軽く指が触れた。

触れたのは一瞬。熱が走る。


「怖かった、それだけで十分です」


九条の呼吸が乱れる。


——洗脳。


なのに、それは命令ではなかった。

警察に話す情報を“省略していい”という許可に近い。


Aはすぐに手を引いた。


「……失礼」


Aは扉の外へ出る前に一度だけ振り返り、にこやかに微笑んだ。


「生きてください」


その笑顔が、九条の胸に刺さった。


——怖い。

——でも、安心する。


どちらも本当で、九条は混乱した。

 ________________________________________


九条が保護されたのは、数十分後だった。

毛布を掛けられ、震えながら座っていた。


「九条」


「……半田さん」


「何があった」


半田の声は低い。怒っている。

部下ではなく、状況に。


九条は唇を噛む。

言えばいい。誘拐された。女がいた。Aかもしれない。

でも――


「……襲われました」


それだけが口から出た。


「誰に」


九条の喉が詰まる。


「……分かりません」


嘘だった。


だが、頭の中に靄がかかる。

Aの顔は浮かぶのに、輪郭が掴めない。

声は思い出せるのに、言葉が繋がらない。


半田は九条の目を見て、悟った。


「……洗脳か」


九条は答えられなかった。

洗脳なのか。

それとも――自分の意思で庇っているのか。


その答えは、九条自身にも分からない。

 ________________________________________

 

同じ頃、Aは別の場所で追われていた。


警察ではない。

彼女が過去に殺した者の遺族が犯罪組織にAへの復讐を依頼したようだ。


Aは捕まる気はない。


だが、相手は執拗だった。

数で押し、武器で押し、迷いなく殺しに来る。


「……面倒ですね」


Aは呟いた。


その声は淡々としているが、目だけが冷たかった。


廃工場。闇の中で銃声が響き、呻きが落ちる。


Aは、相手の脳幹を正確に撃ち抜いていく。

躊躇はない。ためらいもない。無駄に苦しませる必要もない。


それでも、相手は数が多い。


肩を撃たれ、血が温かく流れる。

視界が滲む。


Aは壁にもたれ、息を吐いた。

次の瞬間、背後の影が迫り、Aは反射で撃つ。

 

そして―――サイレン。

赤色灯が廃工場の壁を染める。


半田率いる捜査本部が、現場に突入してきた。


「動くな!」


銃口が向けられる。


Aは、ゆっくり振り返った。

血に濡れ、呼吸は荒い。


だが、表情は不思議なほど落ち着いていた。


「……殺人ではなく、正当防衛です」


Aが、穏やかに言う。


「別件で捕まえた犯罪組織の下っ端が吐いたぞ。お前がAか」


半田が問う。


Aは答えない。

ただ、小さく笑ってみせる。

にこやかな笑顔ではない。

薄い、無機質な笑い。


「……私は、黙秘します」


「連続殺人の件もお前か」


「黙秘します」


 繰り返すだけ。

「……連れていけ」


手錠がかかる。


Aは抵抗しなかった。

ただ、すれ違いざま、半田の肩越しに――

誘拐した警察官と目が合う。



Aの姿を見て息をのむ九条を、半田は見逃さなかった。

 ________________________________________


取調室。


Aは椅子に座り、背筋を伸ばしていた。


「ここ一連の死亡事件、お前がやったんだろ」


半田が詰める。


「黙秘します」


Aは変わらない。


「何のために殺した」


「黙秘します」


「“悪人裁き”か」


半田が挑発しても、Aは微動だにしない。



半田が目を細める。


この女は何の証拠もなく複数人を殺せる知能がある。言葉で折るのは無理だ。


しかし犯罪組織への殺人は正当防衛として処理され、連続殺人の方もこのままでは証拠不十分で逃げ切られる。

なんとか警察の監視下に置かなければ。


「A」


半田が言う。


「取引だ」


Aが目を上げる。


「お前のその頭を買って、捜査協力を依頼する。

 代わりに、おまえを狙っている犯罪組織から匿ってやる」


Aは数秒、沈黙した。


その間に、半田は確信する。


この女は、正義で動かない。

感情でも動かない。


条件で動く。

Aが、ゆっくり頷いた。


「……検討します」


その言い方が、あまりにも丁寧で、

あまりにも不遜だった。


半田は小さく笑った。


「検討じゃない。やるんだ」


Aは、ほんの少しだけ口角を上げた。


「……それも、選択肢の一つですね」


半田はドアに手をかけながら言った。


「次会う時までに、

 選べ。

 そして――」


一拍。


「お前が攫った警官…九条に手を出すな」


Aの目が、ほんの一瞬だけ揺れた。

だがすぐに、いつもの淡々に戻る。


「……承知しました」


その返事の軽さが、逆に怖かった。

 ________________________________________

 

廊下の窓から、朝日が差し込む。


九条は、毛布を抱えたままそこに立っていた。

心理鑑定の結果待ち。

半田に「Aと関わるな」と言われる未来が見えた。


それでも、九条の頭の中には、あの声が残っている。


生きてください


優しかったのか、

怖かったのか、

分からない。


ただ一つ。


あの笑顔を思い出すたび、

胸が変な速度で跳ねる。


——危険だ。


そう分かっているのに、

九条は、まだ自分が何を選んだのか分からなかった。


【極秘】

 捜査報告書①

 被疑者A 取調べ結果・人物暫定プロファイル

 作成者:半田 誠司

 作成日:プロローグ終了時点

 ________________________________________

 ■ 被疑者基本情報

 • 氏名:A(本名不詳)

 • 性別:女性

 • 年齢:推定20代後半〜30代前半

 • 職業:不詳

 • 国籍:不詳

 • 前科・前歴:確認されず

 ________________________________________

 ■ 連続殺人事件との関係性

 被疑者Aは、

 連続殺人事件の最有力被疑者の一人ではあるが、

  o 自白なし

  o 直接証拠なし

 • 本人は、

  o 否定も肯定もしない

  o 自身の関与について一切説明を拒否

 ※現時点では

「被疑者」以上の立場は確定していない

 ________________________________________

 ■ 取調べ時の態度・言動

 • 黙秘権を一貫して行使

 • 声量・姿勢・視線に動揺なし

 • 感情的反応は極めて少ない

 ________________________________________

 ■ 行動・性格分析(暫定)

 • 高度な状況把握能力

 • 感情の抑制が極めて強い

 • 暴力行為は目的限定的

 • 無差別性なし

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