第10話 燃やして。

 結局通夜や葬式で私が憂太の家にいる時間は縮められた。ほぼ私は抜け殻だった。ずっと憂太がそばにいてくれて、私はずっと抜け殻だった。何があったのか記憶になくて、もう何も考えたくなかったし、考えられる余裕なんかなかった。


 頭の中が重くて暗くて、どんよりとした気分とどこかでざまあみろ思う最低な自分がいて、それに寒気がした。人がひとり死んでいるというのに、何がざまあみろ、なんだろうか。自分の妹なのに。デート中の交通事故と聞いて、尚更に高笑いしそうになった。彼氏も死んだらしい。


 ぬるりとした黒い感情が溢れて、絵を描きたくなった。部屋にはしり、画材を取り出す。黒い墨を取り出し、絵を描き出す。筆でどんどん絵を描いた、吐き出すように、感情を殴りつけた。喪服で、後ろに憂太がいるのを知りながら真顔で描いた。


 ドン、ドン! と言う筆と腕の紙や床にぶつかる鈍い音と、座り込んでいる辺な自分の態勢が無様で、ニヤニヤしてきた。そのうち息が上がってきて、喉が乾いてきた。


「水、あるから」

「憂太」

「落ち着いたか」


 憂太はいたって冷静だった。


 私は目を丸くして憂太を見た。憂太は嬉しそうだったからだ。「


「お前が、壊れるんじゃないかと思った」

「今の私は一体なんなの」

「いつものお前」

「描いてなきゃいつもじゃないの」

「他人にあたるよりはいい」

「そうかもだけど、私はそれ以外を知りたいの」


 これが、嫌なのに。


「別に、ありのままでもいいけどな」

「その言葉嫌い。元々素敵な人だけが言える言葉じゃん」

「俺に喧嘩売ってる? 今のお前が好きだって言ってるのに」


 悲しそうな表情で憂太は言った。なんか、泣きそうな感じだ。胃がキリキリしてきた。


「ごめん」


 憂太に悪気がないのはわかる。でも、私はそれがコンプレックスなんだ。どうしても受け入れないんだ。怖いんだ。人と違うって言う事実を受け入れるのが。


「謝って欲しいわけでもなくて」


 だって、憂太が悪いわけではないから。むしろ、優しくしてくれているのは理解しているから。鼻水が流れているのを感じて、自分が泣いているのを理解する。むしろ、泣くと言うレベルじゃない、号泣していた。服まで濡れている。


「俺はお前がお前を好きになって欲しい」

「無理だよ」

「どうか、自分を愛してほしい」

「愛し方がわからない」

「だから、まず俺が愛する、お前の望む愛し方かはわからないけど」


 憂太が、そう言って私を抱きしめた。喪服が鼻水だらけになるに決まってるけれど、憂太も泣いているのか頭の上が暖かなもので濡れていく。


「好きだ。好きだ。遙。お前が好きだ。離さない」

「わかったから、落ち着いて」


 憂太の挙動がおかしい。


「俺がこの手を離したら、どっかいくだろ」


 その声は、確かに怯えていた。私も震えていた。なんだか惨めなぐらい、ほっとしていた。


「行かないから、むしろ、行けないから」


 こんな憂太を私は置いていけない。無理だ。心配だし、私も寂しい。


 なんかもう、憂太がいない世界を想像できない。とっくに私は憂太に依存してしまっているのに、気づいてまった。支えられて、ようやく生きてきたのだと、自覚してきた。その憂太が、私を欲しがるのなら、結婚すべきだ。


 そんな時。


「おお! やっぱり描いてるな! 遙!」

「お父さん」


 ふと見ると、お父さんが気の狂ったような目つきで私と絵を見比べていた。なんか、査定するようなそんな目つきだった。


「遙! やっぱりお前が本当の天才だ! さすがおれの子だ」


 その時、憂太が墨を、父にぶっかけた。


「結婚相手の親に何するんだ、憂太くん!」


 激昂する父。いつもヒステリックで高圧的でわがままだけど、多分お酒を飲んでいる。


 アルコール臭いし、澪の死で現実を見られていない感じがする。喪服も臭いし、お風呂にも入らずタバコを吸っていたのだろう。そもそもがズボラで、他人にだけ期待して、自分は何もしない男だった。


「今更都合のいいこと言うな、遙は俺だけのもんだ。それに、結婚相手の親だろうが、関係ない。好きな女を追い詰めた親を、俺は尊敬はできない」

「は!? おれは遙の父親だぞ!?」

「だからなんだ!? つまりは血のつながった他人だろ!? それが他人の人生を決めつけていいってのか!?」

「そもそも遙に結婚の許可はもらえたのか?」


 不機嫌をむき出しにしてお父さんは言った。


「えっとそれは」


 動揺する憂太。お父さんはニヤリとする。


「やっぱり勝手に言ってるんだろう? 遙は芸術と心中するんだ」


 アハハハハハハとお父さんは高笑いをする。馬鹿みたいに、汚い歯を見せて、臭い口を開けて。ああ、気持ち悪い。私はピリピリした気持ちでじっとお父さんを見る。そして、決意する。


「いいよ。私優太と結婚する」


 私は思わず割って入って言った。決意だった。私は憂太について行こうと思った。もちろん、自分の足で歩いていくけれど。間違えても、導いてくれると思ったから、一緒に歩いていけると思ったのだ。きっと、大丈夫。


「憂太はきっと、私を天才だと思ってはいるけれど、私が絵や小説を書かなくても、愛してくれるけど、お父さん達は天才の私が欲しかったから、それ以上の澪ができた

らもういらなくなって、いなくなったら妥協して私が欲しくなったんでしょ? そんな期待には応えられない」


 そんなの、私じゃなく天才が欲しいだけだ。私じゃない。そして、私も、あるいい普通を見ていて、憂太や「普通」を見ていなかったのかもしれない、なんか、急に冷めた気持ちになった。


「私も普通にこだわってたけど、傍目から見たらこんなにみっともなかったんだね。馬鹿みたい。私は普通が好きだけど、普通にまだなりたいけど、なれなくても好きってってくれる人がいるから、なれたらいいな、って思うようにする事にするよ」

「遙!」


 憂太が私を見る。さっきから墨を持って突っ立ってたけど、このまま抱きついて……きた。憂太は私に抱きついてきた、結果私はあちこち真っ黒になる。


「やっと、絶対普通がいいって考えじゃなくなったんだな」

「なんか、お父さん眺めて、嫌になったのと憂太が必死で普通ぶってるのを見て、考えようにしてた事あるんだよね」


 お父さん、置いてけぼりになり無言でお風呂場の方向に消える。黒い点々が廊下に落ちている。私たちはガン無視で話を進める。


「一体何をだ?」


 キョトンとする憂太。私は笑う。


「憂太って、本気出せばもっとハイスペックなんじゃないかなって」

「俺にそうなって欲しいのなら、なるけど」


 ワクワクした表情で、憂太が微笑む。そのまま私にキスしようとするけれど、流石にあちこち黒いので拒否する。


「ちょっと見てみたいかも、ハイスペックな旦那さんって、カッコいいし」

「俺絶対本気出す」


 窓から虹が見えた。こんなひに、とは正直思う。澪は、天国へ行けただろうか。今になって、悲しい気持ちが湧いてきて、申し訳ない気持ちになる。あの子はあの子で、いいともろもあった。嫌いなだけじゃなかった。それでも、私には毒で刺激物で地雷だった。


「綺麗だねぇ、空」


 私はつぶやく。遠い、遠い場所でキラキラ輝いてる虹に触れることはできないけれど、ふたりの未来は、虹色かもしれない。


 END

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狂気という絵筆で描かれた君は、人生の消しゴムを探している。 花野 りり @hananoribo

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