第30話 窓のヒビ 森山 昴

 じゃあ、今度は、職場のおばちゃんから聞いてきた話。

 そのおばちゃん、旅行好きで一人でほいほいどっか行っちゃう人なんです。テレビで芸能人が遊びに行ってるのを見て、春先のある日、急に北陸の方に二泊三日の旅行に一人で出かけて行ったんです。

 その時の土産話。

 芸能人みたいな高い旅館やホテルには泊まれないんで、公共の宿のめっちゃ安いとこに予約をとって行ったそうです。普段から、旅行の話になると公共の宿愛好家とか名乗ってますしね。

 それが駅からバスで二時間くらい行って、更に歩いて三十分くらいの、町営の宿で。もろ、山ん中。

 元々金土の一泊二日の予定だったけど、まだ新し目の山荘風の宿だったんで、彼女は得した気分でそこで二泊に変更することにしたんだそうです。

 まだ明るいうちに着いたんで夕食前に散歩に出て、森の中の小道を抜けて河原に行って。水が透明で魚がくっきり見えて、すごいきれいだったって言っていました。

 ただ、日が暮れてきたら、夕陽が河面に照りかえって、これが、真っ赤に見えたとか。

 その日の夕陽じたい、血みたいに赤い夕陽で、彼女は不吉な予感を感じたんだって。

 で、それは、やっぱし当たったんですよ。ここで話すくらいですからね。

 日が暮れる前に宿に戻って。そこで付近の地図を載せたパンフレットをみつけてよく読んでみたら、川の上流に滝があると書いてあった。

 付近の歴史も書いてあった。

 その川が戦国時代に国境(くにざかい)になっていて、戦いがあった。で、たくさんの雑兵なんかが死んで、地元では有名な武将も討たれて首をさらされたりして。あと、敵の手に落ちた城をかろうじて脱出したお姫さんが滝壺に身を投げたとか。そんなことが書いてあったらしいんです。

 その死体が宿の近くの河原のとこに流れついて、村人が手厚く葬った、と。

 ちょうど、川がカーブしてるとこだったみたいです。実際、河原の近くの土手には、よくわからない塚がたくさんあったって話でした。まあ、町のパンフレットに、幽霊が出るなんて話は当然、全然出てなかったそうなんですけど。

 幽霊が出る宿っつったら、行く気になります?

 害がないってわかってれば行くかも知れないけど、有害ってわかってたら、行かないですよねえ。

 座敷童が出るなら積極的に宣伝できるけど、うらめしや~って出てくるんなら、宣伝なんかするわけない。隠すに決まってる。

 彼女はとりあえず、おいしい夕食食べて、風呂入って、ちょっと宿の周りをうろついて星を眺めたりして、一人でのんびり過ごして、夜、まったり旅に満足してツインの洋室に一人で寝たんだそうです。

 真夜中・・・・・・。カチャンって音で、彼女は目を覚ました。

 カーテンからは月明かりと星明かり。その窓から、カチャンと小さな音がする。

 枕元においていた腕時計を見ると、午前二時。彼女は、部屋の中をぐるりと見回して見た。 別に、何もない。

 カチャン・・・・・・カチャンと音は続く。

 他の部屋から聞こえてくるんだろうと思って、彼女は窓から見える星をしばらく見て過ごすのもいいかな、とベッドに起きあがってぼんやりと窓を見ていることにした。

 ぼーっとしているうちに、なにやら違和感がじわじわとわき上がってきたんだと。これ、すぐ気づかないあたり、寝ぼけてたんでしょうねえ。

 寝る前に、ちゃんとカーテンを引いて、隙間をとじていたんですよ、彼女。

 で、カーテンが開いているのに気がついた。よく見ると、鍵はちゃんとかけてある。

 じゃあ、誰かが部屋に入ってきてカーテンだけ開けたのかなと考えても、当然部屋の鍵もかけて寝たし、洋服掛けはあるけど、クローゼットもないし押し入れもない。風呂もトイレも洗面所も共用。鏡台がかろうじてあるだけ。ベッドの下に隙間はあったけど、人の頭が通るサイズじゃないのは入室時に確認済み。そんなわけで、隠れる場所はない。

 カチャン、カチャンって音は続いている。

 これは、来たかなあと、寝ぼけたままのんきに思ったらしいですよ、彼女。

 なんの音か聞き分けようと努力して、どうも、窓ガラスに先のとがった硬いものをぶつけている音ではないかと推察した。

 しかも、その場所は彼女のいる部屋の窓。おそらくは左側。カーテンは右側が開いていて、音がするのは隠されている側の、外側だ。

 そう判断した彼女は、なんと、そのまま寝た。

 寝ちまったって言うんです。幽霊の出現かも知れないってのに!

 本人曰く、ずっと音しかしないし、眠れないほどうるさくないし、次の日もゆっくり過ごしたかったんで、寝不足で気分悪くいたくなかったので寝たって話でした。

 まあ、マイペースな人です。別に仕事は普通にこなすし職場で問題起こすわけじゃないし空気もちゃんと読めるんです。うん、ちょっとずれてるかもしれないけどね。

 翌朝、朝食の時間前に起き出した彼女は、朝日をいれようとカーテンを開けた。

 その時には、夕べのことはすっかり忘れていたんだそうです。

 で、開けてみたら、窓に、細かいヒビが入っていたんですって。

 模様ガラスみたいに、左側上部の窓だけ。

 よく見れば、先のとがったものでうがった浅い穴から半径1センチくらいのヒビが広がっている。 それが、1平方メートルほどの窓じゅうにある。

 ここで、彼女が思ったことってのが。

 このガラスは、自分が弁償しないといけないんだろうか? だそうですよ。

 とりあえず、彼女は朝食の前に、寝る前はなんともなかったのに、窓が外側から割れているとフロントに言いに行って、応対した若い兄ちゃんの顔がひきつったんで、これは初めてのことじゃないなと、彼女は安心した。自分で壊したんだろうって、弁償しろって言われる心配がなくなったから。

 それだけのことだったんで、彼女は近くの町営の日帰り入浴に行ったりして一日を過ごし、 窓が壊れたので他の部屋に移って、その晩もその宿に泊まった。

 すると、また、真夜中に音が聞こえて目が覚めた。

 起きると、カーテンが片側だけ開いている。当然、この晩も窓と戸の鍵をしっかりかけて、カーテンもしっかり閉めていた。なのに。

 カチャン、カチャンと、自分のいる部屋の窓から聞こえる。

 一度ならともかく、二度ともなると、わざとって疑いをかけられるかも知れない。

 彼女はそう思って、様子を見るためにベッドを出た。

 窓に寄ると、音は左側上部から聞こえる。前の晩と同じ。部屋は違うのに。

 やめさせたいけど、いくらちょっと感覚違う人とはいえ、幽霊を見たくはなかったんだそうで。で、彼女は、脇を見ようとはせずに、カーテンを引いた。ぴっちりと閉じた。

 すると、音がやんだんだそうです。一定間隔で続いていた音が。

 彼女は一分ほどじっと聞き耳を立てて待ったけど、音は確かにやんでいる。

 それで、彼女はベッドに戻った。

 掛け布団かぶってほっと一息ついたところに、かすかに音がした。

 彼女が窓を見ると、カーテンの隙間から、手が見えた。

 手首から先、両手。

 それが、ゆっくりとカーテンを広げていったんだそうです。さすがに、彼女も背筋に冷たいものを感じたって。

 さっきと同じだけ開けると、その手は引っ込んだ。右手は中からみて左のカーテンをただつかんでいて、左手が右のカーテンを手でよけるように開けていった。なのに、手の先以外は見えなかったんだそうです。体は透けてたか、二人いたのか、わかりませんけど。

 そんでもって、また、カチャン、カチャンと音が始まった。

 彼女は、あきらめて、そのまま寝ることにした。

 で、また、本当にちゃんと朝まで熟睡したって。

 翌朝見ると、前の日とそっくり同じに左側上部の窓一面、ヒビだらけだったんだそうです。

 フロントに言うと、前の日と違う人だったけど、やっぱり同じように顔を引きつらせていたんだそうです。

 それで、彼女は自分が見た手のことを話して、過去に同じようなことがなかったか聞いたんだけど、 そんなことはない、ここでそんなことがあったなんて話はしないで欲しいって、言われたんだそうです。職場で思いっきり話してましたけどね。宿名付きで。

 ちなみに、渡り廊下から部屋が見えたそうで、帰りがけに見たら、前日に泊まった部屋の割れた窓は、アルミだかなんだかの板を貼られていたそうです。左上だけね。

 まあ、これくらいなら、窓代を損する宿には有害だけど、宿泊客には害はないからいいんですかね。けど、普通寝不足になるんだろうから、やっぱ、有害かな?


 語り終えると、語り部は一本の蝋燭の火を消した。


『百物語が終わるまで』

https://kakuyomu.jp/works/822139841307342761

の作中話は800字程度に縮小させました。よろしければ本作もお読みいただけますと幸いです。

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