第16話 縁の下 相川芳生
小学生の頃に聞いた話なんだけどね。夏休み明けに、母親の実家に里帰りした友達から聞いた話です。
どこだったか東北の方の家で、昔ながらの地主って感じのとこで、家も平屋の藁葺き。座敷がたくさんあって、その座敷はふすまを外すと学校のプールくらい広かったそうです。
友達は夏休みの自由課題のために昆虫採集をしてまわったり、畑の手伝いをしたり、近くの川で泳いだりして過ごしたそうです。けど、八月半ば、ある日突然、今日からはもう川に行っちゃいけないって言われたんだそうです。
理由を聞いたら、お盆だから、って。
川で溺れ死んだ人たちも帰ってくるから、お盆の間に川で泳ぐと溺れるから危ないと。
父親も仕事が休みになってやって来て、車で山の中をドライブしたり近くの名所に行ったりといった違う楽しみもできたので、 彼は川には行かなかったそうです。けれど、夜、迎え火を焚くのを見ていた時、ふと、視線を感じて振り返った。
平屋の家の、縁の下。真っ暗なそこから、視線を感じたんだそうです。
田舎のことで、外灯もろくにない。目の前の火が強烈に明るく熱くて、ますます周囲は暗く見える。 それで、迎え火を焚く人々から離れることはしなかったそうです。
その話を聞いていた仲間の中には、俺なら絶対、すぐに縁の下にもぐって行くって言ったヤツもいたけどね。けどねえ、彼はそれを白い目で見ていましたよ。
ムキになったりもせずに。あの闇の中に入っていくなんてことは、誰にもできるはずがないって、後で言っていました。
翌日、彼は迎え火を焚いて土が黒くなった場所に行ったんだそうです。
真夏の昼間。自分の影が、昨夜の闇ほどに濃い時間です。しゃがみこんで、彼は縁の下を覗いてみました。
陽の射し込まないそこは昼間でも薄暗く、ちょっと奥になるともう何も見えない。けど、夕べよりは明るい。
彼は、周りに誰もいないことを確認してから、恐る恐る縁の下に入って行きました。
急に陽射しが遮られて、体半分は陽に焼かれて暑いのに、縁の下にもぐった頭が急速に冷えていく。急に暗いところに入ったせいで、目が闇に慣れずにちらちらと光が見えたそうです。
まるで人魂が飛び交っているように見えて、しばらく動けなかったらしいですね。
目が慣れてから、そろそろと全身、中に入って、ひんやりして気持ちよかったけど、なんか、不気味な感じがしたんだそうです。
縁の下は結構高さがあって、手をつかなくても腰をかがめて歩けたそうです。はじめのうちは表の陽の光りが見える範囲をうろうろして、茶の間で親が話をしているのをこっそり聞いたりしていたそうです。
けど、目的はもちろん、夕べ感じた視線の正体を探ることでした。何もないってことを確認したかったんですね。
それで、母親が何やら言って台所の方へ移動したのを察知して、彼もそちらへ、いよいよ、縁の下の奥へと進んだんだそうです。
陽に照らされている庭は振り返れば見える。それを確認しながら奥へともぐって行って、母親の足音を追って台所の下まで来た。床下収納庫に使っていたらしい、古い浴槽があったそうで、そこの中を母親が探って何か出しているらしいのが、そのすぐ外側にいてわかったそうです。
で、彼は、いたずらを思いついて、外からその浴槽を拳で叩いてみたんだそうです。母親が気付くかな、と。ちょっとしたいたずらに。途端に「ぎゃっ」て悲鳴が聞こえて、バタンって激しい音がした。
床下収納庫の蓋を、力任せに叩きつけたような音で、彼の方がびっくりして尻餅をついてしまったと言っていました。
ばたばたと駆け去って行く足音より、自分の心臓の音の方が大きく聞こえたそうです。
茶の間の方から大声が聞こえて、彼は怒られるかなと心配になった。今出て行ったら自分のしたことがばれてしまうと思って、しばらくそこにじっとしていることにしたんだそうです。
そのうち、上も静かになった。ずっと遠くから、蝉の鳴く声が聞こえて、それを聞くともなく聞いていたら、ズルッと、音が聞こえた。
耳を澄ますと、また聞こえた。
音は、床下収納庫の更に奥の方から聞こえた気がする。当初の目的を思い出し、彼は恐る恐る、古い浴槽をまわりこんでみた。
台所は建物の東の端の方にあって、その北側から更に東側に風呂やら水回りが張りだして建てられている。収納庫の辺りはまだ明るくかったけれど、回り込むと南の明かりが入らないし、張りだした建物があるので東側も暗い。北側は崖っぷちになっているので更に暗いし、西側は東西に横長の建物の東寄りにいるうえに何せ広いので、かなり暗い。そうは言っても真夏の雲一つない日だったので、真っ暗というほどでもない。
そのせいか、その西側に、木でできた柵が見えたんだそうです。
その柵は、最初に縁の下にもぐったときにも奥に見えていた。東の端にいくまでの間、ずっと東西に続いていた。だから、家の構造の一部だと思って特に気にしていなかったそうです。単に、北側にはあそこまでしか行けないな、犬とか動物が入り込んだりするのを遮るためかな、と子供ながらに考えていた。
柵の東の端がここなんだな、と、彼は柵があるところまで和室一部屋分くらい、西に進んでみた。
たどり着くと、ずらっと彼の腕がかろうじて通るかな、という幅で隙間を空けた柵がある。木枠に縦棒を何本も差し込んだものを、しっかりと地面と床の間にはめ込んであって、押しても引いても動かない。北側はうっすらと見える崖っぷちまでその柵は続いている。ずいぶん広く囲んであるな、と思ったそうです。『囲んである』と。
なんでこんなものがこんなところに・・・・・・と思ったところに、また、ズルッと音がした。すぐ目前で。
彼の目の前に、目があった。
それを、彼は見たそうです。確かに、視線が合ったそうです。
まん丸の、暗い、赤い目。
あとは、ただ闇ばかり。
それが、夕べの視線の正体だと、彼はわかったと言います。
ズルリと音がして、それが更に距離を縮めてきたけれど、彼は逃げることも声を上げることもできないほど驚いてしまっていたそうです。
そして、彼はその姿を見ました。
それは、六、七歳の女の子だったそうです。眉が見えるくらい前髪は短くて、耳は髪に隠れていた。 おかっぱ頭ってやつですね。
暗い色の着物を着ていて、両手で這うようにして彼に近づいて来たのだと、わかったそうです。
外見は、普通の女の子。
けれど、異様に赤い目と、その強烈な視線。
彼女が柵の間から手をのばしてきたのを見て、彼は、悲鳴を上げてその場を逃げ出したのだそうです。
縁の下から飛び出して、いたずらをしたことなど忘れて茶の間に飛び込んで、縁の下にお化けがいる、 と家族に訴えた。
そこでは、母親が同じように怯えた様子でいたのだそうです。
父親は見間違いだろうと言って、母親が怯えているのにも、そんなんだから、子供も怯えるんだと責めたそうです。
けれど、母親は、自分も子供の頃、縁の下でそれを見たんだと告白して、収納庫を叩く音でそれを思い出したのだと言ったそうです。
縁の下には、柵がある。家の下に、檻がある。そこに、座敷童子を閉じこめているんだ、と。幸運を呼ぶという座敷童子を、逃げ出さないように、足を折って閉じ込めてあるんだ、と。
母親の母親もその場にいたけれど、何も言わなかったそうです。いるともいないとも。何も。
座敷童子が閉じ込めたり足を折ったりできる存在だとは思えないんですけど、その家は その辺りでは大地主として栄えた家で、 村長さんがよく出る家なんだとか。その村の人が子供を産む時は、その家で産婆さんにとり上げてもらうと大物になるって説もあるんだそうです。
語り終えると、語り部は一本の蝋燭の火を消した。
『百物語が終わるまで』
https://kakuyomu.jp/works/822139841307342761
の作中話は800字程度に縮小させました。よろしければ本作もお読みいただけますと幸いです。
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