第9話 生霊 羽生晴花
十歳ほどの女の子が、お母さんに連れられてやってきました。
初め、お会いした座敷に現れたその女の子は、お母さんにしっかりとしがみついて辺りをきょろきょろと見回していました。怯えていたのです。私から見ればその部屋には特に問題はありませんでしたけれど、念のため室内を見回して問題ないことを確認して、再び女の子を見ると、その子の頭の上に、女の顔が見えました。
顔だけです。なのに、生々しい。
肌のつやは失われ、狂気に憑かれた眼で女の子を見下ろしていました。
けれど、それはただの残像でした。
霊的な力は何も感じられませんでした。それは、女の子が動いた拍子にすぐに消えてしまいました。
詳しいお話を聞いて、事情はわかりました。
女の生霊が一時的に強い力を持ち、その子の命を狙っていたのです。
女の子のお名前は、
最初の騒ぎは、智香ちゃんがお友達と長縄跳びで遊んでいるときに起きました。
通りかかったクラスメイト達が仲間に入ってきて、長縄跳びを持ったまま鬼ごっこのような状況になりました。
二人の縄跳び係が鬼になって縄跳びを引っ掛けて捕まえては、手首や体に縄跳びを絡め、引き回しながら次の子を捕まえる。
智香ちゃんも引っ掛けられて捕まってしまいました。首に引っ掛かったのです。
鬼はわざわざそれを一巻きして、再び次の子を捕まえようと彼女を引き回しだしました。
彼女のほかにも捕まっている子達がいましたが、はしゃぎながら鬼と一緒になって追っかけていました。
智香ちゃんは首に絡まった縄跳びに困惑し、手を間に挟んで首が締まらないようにしながらも一緒に走りました。けれどやがて、鬼が別々の標的を追いだし、縄跳びがピンと張られてしまいました。
首に手の指ごと縄跳びが食い込みました。それでも、鬼ははしゃぎながら紐を引き合い、前後で捕まった仲間もそれに加勢していたそうです。
智香ちゃんは、何故、だれも首を絞められているこの状況に気づいてくれないのだろうかと、ぼんやり思ったそうです。痛みや苦しさで意識が遠のき出したその時、彼女は目の前に女の顔を見たのだそうです。じっとみつめる、肌つやの悪い女の顔を。
私が見たのと同じ、白髪が混じった肩までの髪を振り乱した顔。
その顔が、彼女と視線があうと、笑ったそうです。にんやりと。
智香ちゃんは、失神してしまいました。
智香ちゃんが転び、首でぶら下がるような格好になってようやく、逃げていた子が大声をあげて止めてくれたのだそうです。
幸い、すぐに意識を取り戻したそうです。失神したこともあり、智香ちゃんは一時、女の顔のことは忘れていました。
夢のようにぼんやりとしか思い出せなかったのです。
その、半月後のことです。
町のお祭りで、智香ちゃんも子供みこしを担ぎました。
子供みこしは、子供だけではバランスが危ういので四隅に縄が絡げてあり、それを大人がつかんで補助するようになっていました。
大人達のおみこしが威勢良く出発し、彼女達もその後に続きました。そうして、下り坂の、小さな祠の前を通りかかった時のことです。
ふいに、つかまれていた縄が強く前に引かれました。その勢いで、前の子が押されるように速足になり、それに引きずられるようにして後の方の子が走り出しました。
どうしたことか、重いおみこしをしょって、みんなで下り坂を駆け下り出してしまったのです。
大人達は慌てて縄を引いて止めようとしましたが、下り坂とおみこしの重みでなかなか勢いは止まりません。そうこうする内に、道がカーブしているところまで来てしまいました。ちょうど、大人みこしがカーブのところまできていました。
このままでは、前を行く大人達のおみこしに衝突してしまう。お母さんがお父さんに聞いた話では、縄を引いていた大人たちもかなり焦ったそうです。でも、ぎりぎり停まりそうなくらいまでスピードは落とせていた。
カーブで、外側の前の縄が緩みました。智香ちゃんの目の前に、それがあったのです。
あっと思った時、背中を突き飛ばされ、縄に首をぶつけました。太い縄でした。それが一周して強く引かれたらどうなるか。その瞬間、半月前のことを思い出したそうです。
彼女はぞっとして、慌てて身を引こうとしました。すると、目の前にまた、あの女の顔が現れたのです。
その直後、智香ちゃんはぐいと体を引っ張られ、縄から離れることができました。縄をつかんでいた大人の一人が気づいてくれたのです。
大人みこしはぎりぎりかわせたものの、子供みこしはバランスを崩し、ガードレールにぶつかり止まりました。
ガードレールとおみこしの間にはさまれたり転んだりした子供もいましたが、ほぼ停まりかけていたので、みんなごく軽い怪我で済みました。
そうして、智香ちゃんは駆けつけたお母さんに泣きながら事の一部始終を告げ、ツテを頼って私のところに来たというわけです。
女は、思いつめ過ぎて本体から離脱してしまった、生霊でした。
おそらく、体や精神の状態がたまたま離脱に向いた状態になっていただけで、本人にも自覚はなかっただろうと思います。
どんなに思いつめても、生霊となってとり憑くなどということはそうそうできるものではありません。
それだけのことをしでかすだけでも、相当頑張ったほうです。私が智香ちゃんの上に見たのは、ほんの数秒、頭だけの残滓。もう、そんなことをしでかすほどのパワーは残っていませんでした。
ご家族に関係のある実在の女性だと思いますが、もう出ないでしょうと説明して、お二人を帰しました。
後日、お母さんからお電話をいただきました。智香ちゃんが偶然、女の写真をみつけたのです。
それは、お父さんの前の配偶者の方でした。智香ちゃんがお腹にいるとわかって、子供がいなかった前妻と別れたのだそうです。慰謝料もしっかり支払いました、とおっしゃっていましたが。お金では想いが断ち切れなかったのでしょうね。
語り終えると、語り部は一本の蝋燭の火を消した。
『百物語が終わるまで』
https://kakuyomu.jp/works/822139841307342761
の作中話は800字程度に縮小させました。よろしければ本作もお読みいただけますと幸いです。
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