百物語置き場です。

藤田一十三

第一巡 悪い霊

第1話 ホームの女 神谷冬季(かみやふゆき)

 職場の先輩が、友人から聞いた話です。

 彼は、丈夫なのが唯一のとりえだと豪語している男で、小中学校とも皆勤賞、高校も絶対確実と言われていたそうで。それが高三の冬、年が明けてまもなく自由登校という頃に、高熱を出した。

 本人曰く、勉強のし過ぎで頭がショートしたんだ、と。彼は学校を早退しました。

 早退も小中高、通して初めてのことだったそうで、彼は熱でぼーっとしながらも、いつも朝夕閉まってる店が開いてるのを初めて見たりとか、楽しみながら一人で駅に向かったんだそうです。

 駅舎に着いて、時刻表を見ると十五分後に電車が来る。田舎の方なんで、通勤時間帯でも一時間に一、二本、昼間だと一本あるかないかなのだそうで、運が良かった方ですね。

 彼もラッキーだなと、ストーブにあたって電車を待ちました。

 ああ、昔は、冬は駅舎の入り口の戸を閉めてストーブを焚いていたんだそうですよ。今もあるかもしれませんね。誰も客はいなかったけど、彼が入って行ったら駅員さんがストーブに火を入れてくれたんだそうです。

 それで、電車が来る二分くらい前に改札を通って。改札を通ったらそこが上りホーム。下りはそこから跨線橋を渡るようになっている。彼はいつものように六両編成の二両目に乗ろうと、跨線橋を渡って、下りホームの先頭の方に向かって歩いて行ったんだそうです。

 いつもの場所に立って、彼はいつものようにもう電車が来るかなあとホームの縁に立って、電車が来る方をのぞいて見た。急なカーブがあってすぐホームなので、近くに来ると一時的に跨線橋で電車が見えなくなるんですが、何せ周りが田んぼなので、その前に見えるんだそうです。

 そうしてみたら、目の隅に何か奇妙なモノが見えた気がして、彼は下を見た。

 驚いたことに、人の背中が見えた。ホームの下のえぐれたところにもぐりこんで、身を縮めている人がいたんです。

 彼は慌てて声を掛けました。ちらりと見ると、電車の姿が遠くにもう見えていました。

 視線を戻すと、女の子が彼を見上げていました。同じ高校の制服だと、コートからはみ出したスカートでわかったそうです。

 彼女は寝起きのようにぼんやりしていて、彼はうっかりホームから落っこちて誰にも気づかれずこれまで気絶していたんだろうと考えました。彼と同じく風邪を引いて熱で朦朧として落っこちてしまったんだろうと。

 きょとんと見上げている様子に、普段のんびり屋の彼もさすがに「電車来るぞ、早く上がれ馬鹿!」と怒鳴りつけてしまったそうです。

 慌ててしゃがんで手を伸ばすと、近づいていた電車が警笛を鳴らしました。女の子もびくりと電車を振り返って、ようやく恐怖の表情を浮かべて彼の手に飛びついてきました。すでに電車はホームに進入していたそうです。

 引っ張りあげ終えた時、電車はすぐ近くに停車しました。四両編成の停車位置で。

 昼間は、電車の編成は四両だったんですね。

 通勤時間帯には六両や八両もあったんだそうですけど、それが、編成が長いほど前の方に停まる。通勤時間帯の各駅停車は六両編成なので、彼は六両のつもりで前の方にいたんです。

 幸い、四両だったから手前で停まったものの、八両編成や快速や特急とかの通過電車だったら、間に合わなかったでしょうね。

 運転手さんが窓を開けて大丈夫か、とかちょっと言われただけで済んで、二人はそのまま電車に乗り込み、定時で電車は動き出した。

 そうして、彼は彼女から落ちた状況を聞くことになったんだそうです。

 彼の予想通り、彼女も風邪で早退して帰るところだった。ただ、彼とは違って時刻表を確認せずにホームに出た。すると、誰もいないホームで、かすかに女の人の声が聞こえたんだそうです。

 よく聞けば「助けてください」とか「誰かすみません」とか言っている。それで、彼女は声を頼りにホームの先の方へ進み、あの位置でその下から聞こえると気づいた。

 熱のせいで下をのぞきこむ姿勢をとるのが危なそうだったので、ホームに誰もいないことを確認してからホームの縁にひざをついて、声を掛けながら下を覗き込んで見たんだそうです。

 すると、そこに大人の女性が倒れていたんだそうです。「大丈夫ですか?」と声を掛けると、苦しげに手を伸ばしてきたので、彼女は手を差し伸べた。まあ、普通、届くわけないんですが。

 ですが、手を上げるのもやっとに見えた女性が、跳ねるように起き上がって彼女の手首をつかんで。驚いて見れば、手首をつかむ手は、血まみれだった。その直前までは確かに、どこにも血など見えなかったのに。少なくとも、目に見える怪我は見えなかったんだそうです。

 力なく倒れていたはずの女性は、今や彼女の手首を強くいましめ、真っ赤な血に染まった目で彼女を睨み上げていた。頭は頭頂部がなく、そこには血の池ができていて顔面も血だらけだったそうです。体の方がどうだったかは、見る余裕がなかったそうで。

ぐいと手を強く引かれ、彼女はホームへと自分の体が落ちていくのを自覚し、女の頭の血の池が目前に迫ってくるのを見ながら気を失ってしまい、彼に声を掛けられるまでずっと気絶していたということでした。

 その辺りでは、高い建物はないんだそうですよ。高校が五階建てでそれが一番高い建物だったそうです。

 一年の女の子をホームに引き落とした女性は、おそらく、前年に駅で電車に飛び込んだ自殺者だろうと、その話を聞いた学生の間では言われていたそうです。その後も何度か転落事故がありましたが、幸い、どれも大事には至らず済んだそうですよ。

 みんな、転落している女性を助けようとして、引き落とされたと証言していたんだそうです。


 語り終えると、語り部は一本の蝋燭の火を消した。


『百物語が終わるまで』

https://kakuyomu.jp/works/822139841307342761

の作中話は800字程度に縮小させました。よろしければ本作もお読みいただけますと幸いです。

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