短編:両思いという名の勘違い

柊梨

第1話

「――マジで?」


 それは、いつもの放課後だった。

 外には吹奏楽部の練習演奏が響いている。


「うん、大マジ。おれ、蒼の事――好きだわ」


 教室の脇のベランダで親友がそう呟く。

 後ろには、最近イケてきたはるきが、誰かを待つかのようにスマホをいじっていた。



 ……って、そんな場面描写じゃなくて! 問題はこいつの恋心だよ!


「え、蒼って隣のクラスの?」

「うん、眞田蒼」

「うわぁー、まじか~」


 頭を抱える。


 なぜなら、蒼には彼氏がいるからだ。


 ちらっ、と親友をみる。中庭に吹奏楽部の演奏に合わせて踊っているダンス部に視線が行っていた。

 そういや蒼もダンス部だなって思いながら、その事実を言おうか悩む。


 いや、言えない。


 言ったら傷つく。

 だって考えてみて? 今さっき恋心を自覚したやつに向かって、「もうあの人には付き合ってる人がいまーす」なんて言ってみろ。せっかくできた希望が打ち砕かれるじゃん。

 少なくとも、友達である(いやそれ以上の)俺からは言えない。


「え、っと。その、蒼のどこがいいんだ?」

「んー? なんだろう。かっこいいところ、かな」

「まぁ、確かに。わからなくはない」

「それに、たくましい」

「ごめん。それはちょっとよくわからない」



 にやけるように、下を向く。偶然にも休憩中だった想われ人がこちらを向いていた。


 げっ。


 そう思ったつかの間、


「おーい! げんきー?」


 果敢にも、自分から話しかけに行った。

 しかも、手を振って。


「げんきだよー!」


 返答が返ってきた。

 ああ、あかん。何をしてくれてるんだ。

 勘違いしちゃうじゃないか。


「そ、そうだ。お前今日部活じゃないのかっ?」

「いいや? 今日定休日よ」


 話題を変えようと部活の話をするが、失敗。

 どうしたものかと思案していると、その親友は、


「――下に行こうぜ」

「なんだって?」

「だから、下に行って話しかけに行こうぜって」


 だめだって。

 下には彼氏のバスケ部がいま活動してるから変に行ったら勘違いされちゃうって。


 だが、やる気になった親友は俺の手を取って廊下を進み始めた。



 すると、どこからともなく、一人の女性が飛び出してきた。


「うわっ?!」

「ごごご、ごめんなさい!」


 ぶつかりそうになって緊急回避する。

 学校一可愛いと噂される牧野詩音さんだ。

 最近、彼氏がいるとも噂されている。


「なにしてんだよ。ほら、行くぞっ!」

「あ、ああ。ごめん」


 詩音さんへの会釈はそこそこに、階段を駆け下り始めた。



 しっかし、可愛いな。詩音さん。


「変なこと考えずに、ちゃんと歩いて?」


 お前こそちゃんと考えて?


ーーーーーーー


 下駄箱につくと、そこには香水の匂いが充満していた。

 香水ってつければつけるほど嫌な匂いになるって聞いたが、本当らしい。


「――えーっと、どこにいるんかなー?」

「さっきのベンチじゃね?」


 女子から変な者以外の目線で見られると、ちょっと気分が良くなるのは男子共通だ。

 かく言う俺もすこしだけ、気分が上昇している。


 靴を履いて、中庭に出ると――いた。

 親友の恋相手。そして、叶わぬ恋相手。



 ちょうど自分の出る役は終わったのか、ベンチで一人、スマホをポチポチ。

 そして、そこにボスンと座る親友。


 大胆すぎやしないか。

 そう思っても口には出さなかった。



 はぁ、とあきらめて俺は周囲を見張る役に勝手に就任した。

 彼氏がもしこちらに来たら、強制撤収するために。


「――ったく、なんで情報収集すらしないのかね」

「……なんて?」

「ん? いや、だから、好きな人に彼氏がいないか調べないのかなって」

「んまあ、確かに。調べないのは致命的だよね」


 …………。


「えっと。誰すか」


 俺の独り言を謎の女子が傍聴していた。

 服装からしてダンス部だろうが。


「私、1年6組の沢村由香っていいます。君は?」

「1年8組の大野凛久だけど……」

「へぇ、りくって言うんだ! なんて漢字?」


 子犬のように、小刻みにジャンプを披露しながら、聞いてきた。

 この人は部活は大丈夫なのだろうか。


「……えっと、りんとするの凛と、ひさしいの久で凛久」

「おおー、結構いい名前じゃない?」

「そう? ……ありがとう」


 古典的な黒髪をショートカットにした結構かわいい子だった。

 その艶から最近縮毛矯正をかけたのだろうと推測できる。


「……で、さっきの独り言は、あそこの二人に向けて言ったのかな?」


 「そうだよ」と言いかけて、少し考える。

 ここで言ったら、親友に迷惑をかけるのではないか。



 彼氏がいるのにアタックをかけた空気を読まない最低男、みたいに。

 それを毎日浴びせられる姿は見たくはないので、口をつぐむ。



 当の親友はなぜか会話がうまくいっているようだった。

 どんな会話をしているんだろうか。

 ちくしょー、俺もこんな役職につかずに会話に参加していればよかった。


「だいじょぶだいじょぶ。私、ぜっったい言わないから」


 言わない俺にしびれを切らしたのか、周りのダンス部数人を連れてきた。



「みんなー? 私って、みんなの秘密言ってないよねー?」


 少しの沈黙の後、


「うん!」

「確かに言わないね」

「由香ちゃん口固いよ?」


 同調圧力をかけられているように、口々に「言わない」と言い出した。

 大丈夫かな、これ。


 「みんなありがとー」と部員を帰した後、


「で、どっち?」

「んー、まぁそうだな。二人に向けて言ったよ」

「おおー。……でも、蒼ちゃん彼氏いるよね?」

「そう、だね」

「知ってるのに、教えてあげないの?」

「うん。教えて、心に傷を負わせたくないからね」

「やさしいじゃん」


 納得の顔で頷く。

 すると、沢村は肩を叩き、ひそひそ声で、


「もしかしたら、蒼ちゃんおっけーしちゃうかもよ?」

「……なんで?」

「なんかね。最近彼氏と上手く行ってないらしいの。で、新しい出会いを求めてるんだってー」

「なにそれ。たらしじゃん」


 まさかの不仲説がここに提唱されてしまった。

 これはさらに期待が増幅されてしまう。



 目線の先には、連絡先交換しているのだと思わせるように片方のスマホをもう片方がカメラで読み取っていた。

 すると、沢村はにっこにこした顔で、


「実は、私。蒼ちゃんと同じ中学なんだよね」

「ほう」

「そこで、提案なんだけど、私たちも連絡先交換しない?」


 話の脈絡はどこに置いてきたんだ。

 と、訝しむ顔をすると、スマホを取り出し、某メッセージアプリを起動させていた。


「だから、なんか不安なことがあったら、相談して? ってこと」

「……それは、あいつに言えばいいんじゃないか? わざわざ俺を通さなくても良くないか?」


 多分、至極真っ当な反論だっただろう。多分、世の恋を応援する人9割5分が支持してくれそうな意見だ。


「んー。それだと意味ないじゃん。それに、蒼ちゃんに彼氏がいるってことを知らないといけないじゃん」


 たしかに、この意見も一理ある。

 真実を知らない本人からの相談を受けたとて、前提を知らなければ相談のしようもない。

 ね?、とドヤ顔をかましながら二次元コードを見せてきた。


 ……ハイハイ。しょうがないな、やってやりますよ。

 これが、同調圧力かー、などと思いながら同じアプリを起動させ、読み取り画面まで移動した。


 ピロン、と交換完了の音を両方のスマホから音がする。


「……ふふっ、凛久氏ってなによー。ウケる」

「そっちこそ、ゆかっちってなんだよ」


 お互いにそのニックネームに笑い合っていると、


「おーい、由香に蒼ー! 出番だぞー!」



 先輩らしき人が手を振りながら呼んでいた。


「二人とも、なーに男といちゃらぶしてやがんだー! 私もまぜろっー!」

「先輩ダメです。あっちは触っちゃいけない空間です」



 駆け出そうとして、周囲の一年生に止められる。

 むがーっ!、と暴れ始めた。


 ……ダンス部大丈夫か?


「じゃ、じゃあ、私行くね? えっと、相談いつでも受けるからねー!」



 そう言って、蒼の方に走り出し、会話中の二人に割って入って先輩の元に駆けて言った。



 置いてけぼりになった俺はやれやれという感じで親友に近づく。


「……どうだった? やけに楽しそうだったが」

「………だ」

「なんだって?」

「最高だ! ワハハ、こんなうれしい気持ち受験に合格して以来かもしれない!」

「そ、それはよかった」


 ガッツポーズをする親友は目がハートマークになっているのではないかと錯覚するほど浮かれていた。


 すると、突然シュン、と静かになり、


「お前、彼女いたの?!」


 喚き始めた。

 ……情緒不安定か。


「いや、あれは偶然話しかけられただけだけど」

「そんなわけないだろ! やけに楽しそうに女子の方してたぞ!」

「違うって、あの子と、蒼が同じ中学だーっていうから、それで盛り上がってたんだって」

「あ、そうなの」


 納得した顔をする。

 なんて軽い奴なんだ、と改めて思った。


ーーーーーーー


 その日の夜。

 俺はさっそく沢村に連絡を入れてみた。


 要件は、蒼は親友に好意を抱いているかにした。

 友達感情で恋愛を進めていくと確実に失敗する。

 ゆえに、少しでもその気があるのかいましがた確かめたくなったのだ。


「おっ、もう既読が付いた」



 やはり、世のJKは既読が早い。

 スマホばかり触っているからだろうか。


『話したらけっこー楽しかったって言ってた!』

「……結構ってなんだよ、結構て」


 あいまいな言葉を使われると正直分からなくなってしまう。


 曖昧な言葉にはそれぞれプラスとマイナスの意味も持つからだ。



 世のポジティブ男性はその言葉をプラスの意味で捉えるのだろう。

 だが、そうでない人も確かに存在するのだ。

 親友のように。

 その言葉に一喜一憂して、その言葉が想像通りだった時、初めて恋愛の楽しさを味わえるというものだ。

 想像通りではなかった場合……まあ、ご想像にお任せしよう。


『でもー、あいつと話すぐらいなら、今の彼氏のほうがいいかなーって(笑)」




 終わったな親友よ。

 メッセージにはご丁寧に苦笑いマークの絵文字が添えられていた。



 今回はどうやら、マイナスの方のニュアンスだったようだ。

 

 頭をひねる。

 どうしたものか、と考えて思いついたことをメッセージに打ち込む。


『俺がなにか働きかけてみたらどうかな?』


 秒速で既読が付いた。

 宿題しろよ。


 本音はもちろん見えないはずなのでメッセージを打ち込んでいるインジケーターだけが表示される。


『いいと思う!』

「いいと思うか……」


『なんなら、私も一緒にやろーか?(笑)』

『本当?』

『うん、一緒に二人の恋成就させようぜ!』


 三人集まれば文殊の知恵、と言うが今回は二人だけで文殊の知恵を達成することになった。


「さて、どう働きかけるかな……。」


 そんなことを考えながら、俺は就寝した。




 あくる日。

 俺は沢村に言われるがままに朝早くから学校に登校していた。


「ふぁ~あ~ぁ」



 どこか気の抜けたあくびをする。まだ誰もいない学校だから出来る事だ。

 下駄箱のロッカーの扉を閉め、上履きを履く。


「よっ、と」



 すのこにつま先を叩きつけてしっかりと履く。これも誰もいないから出来る事だ。



 教室に到着すると、本来なら俺の席である窓際の最前列に座る一人の少女がいた。


「……机に座るなって」

「えー? いいじゃん。誰もいないんだからー」

「そこは俺の席であって、お前の指定席じゃないんだぞ」


 てへへ、と言ってぱっ、と素早く机から降りる。


 どかっ、とカバンをおろし、席に座る。

 そして、誰もクラスメイトが登校してきていないことを窓越しから確認していると、


「んでー、なにする?」



 すごく、間の抜けた質問。


「まー、とりあえず、二人を意図的に二人きりにさせるところからじゃない? 偶然連絡先は交換してたらしいし」

「いや違う違う」


 

 どこぞの芸人のように手を振る。

 ……このために朝早く登校させられたんじゃないのか?


 と、疑問符を浮かべると、


「だから、これから、ナ・二・する? ってこと」

「何ってなんだよ……二人の恋を成就する会議じゃないの?」

「そうじゃなくて……」

「そうじゃないってどういみ…………っ!?」



 振り向くと、制服のシャツをおよそ第4ボタンまで外した沢村がいた。

 なにかにやにやしながらこちらに近づいて来る。


 第4ボタンというと男性なら腹筋が見え始める位置で、女性になると胸部があるから腹筋から少し上のところが第4ボタンに相当する。

 そして、腹筋の上にあるのは何か。

 胸である。


 つまり、彼女は男子が憧れる最終装甲に包まれるを見せつけているのだ。



「やーっぱり、凛久氏女性耐性ないんだー。フフッ」

「まーじでなにしてんだ。オマエ」

「いやーん。つめたくしないでー?」



 男子と言うのはチラリこそ正義、全見せは帰って萎えるという名言をどこかで聞いた記憶がある。

 今の沢村は完璧にその条件に合っていた。


 制服着ていると見えないけど結構着痩せするタイプなんだな。沢村って。

 いや、そうじゃなくて!



 某有名ブランドの衣類を装着している沢村はいたずらっぽい目を投げかけて、


「ほらほらー、凛久氏が何かしないと、私、全部ボタン外しちゃうよ~?」

「何かって……何したらいいんだよ?」

「んー、そうだね……」


 舌をちらっと見せて、ちょっと煽情的に煽って、



「愛の告白してくれたら、これやめてあげる」



 何を言ってるんだ。

 脳内の思考する細胞がハテナで埋め尽くされた。

 あいのこくはく?

 なんで俺が好きでもない人に、言わなければならないのか。


 仮に好きだったとしてもこんな状況で言いたくはない。



 渋っていると、沢村の視線が段々と下に行くのを確認できた。

 男子が嫌がるとこ知ってるな……。


 いくら好意のない女性と言っても、には反応をしてしまうわけで……。

 そして、見られてしまえばそれはセクハラに該当してしまうかもしれないわけで、


 背水の陣であることに気が付いた。


「ね? 一回でもいいから言ってみて? それで満足するから……」

「……いやだといったら?」

「凛久くん……こんなに大き……」

「好きです」


 言わせてなるものかと食い気味に宣言する。



 しっかりと聞き届いた沢村は、うんうんと頷きながら、


「よくできました…………私も好きです」

「…………?」


 ……は?


「言葉通りだよ。私も好きです」


 ボタンを留めながら、てへっ、と言った。




 ――のちに判明したことだが、

 この一連の騒動は全て沢村の仕込んだシナリオだったらしい。


 そして、好きになった理由はいつも親友の裏方に回っていて、的確な助けをしている俺の性格が沢村――もとい、由香のタイプにカチッっとはまったかららしい。


 親友の説得から、蒼への協力まで。

 何ならダンス部も巻き込んだ大騒動に発展していたようだ。


 なんと、まあ。とんでもない策士だ。

 まんまと引っかかった俺もとんでもない馬鹿だったと言えるだろう。

 だが、結果的に俺は由香のことが結構気に入ってしまった。聞こえは悪いが。

 どうしようもないところとか、ちょっとおふざけな性格とか。

 多分性に合うってやつなのだろう。



 だが、結果として、親友――もとい竹本亮は眞田蒼と付き合うことになったらしい。


 やはり、バスケ部の彼氏とは馬が合わなくなってきたらしい。

 でも、双方気持ちのいい別れ方で別れることができたようだ。

 万時解決のハッピーエンドだ。

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短編:両思いという名の勘違い 柊梨 @Shuri110957

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