第7話 土台
車のトランクを開けた瞬間、俺は少しだけ後悔した。
「……少な」
中に入っていたのは、大工道具と呼ぶには心もとない一式だった。
金槌。
ノコギリ。
水平器(使い方不明)。
メジャー。
あとは「いつか使うかも」と思って買った謎の金具たち。
だが文句は言えない。
これは俺が選び、俺が積み込み、俺が「これでいける」と判断した装備だ。
ゾンビ対策以前に…
「この世は自己責任社会だ!なぁそうだろ!」
シーン…
伐採して切り出した木材を地面に並べる。
改めて見ると、全部サイズが違う。
「……まあ、自然だからな、空が屋根で大地が寝床だ。」
自分に言い聞かせる。
大工の世界に“誤差”という概念があるのかは知らないが、
自然にはある。
俺は自然派だ、オーガニックだ、うん。
ちなみに今日からな。
加工を始める。
と言っても、見様見真似だ。
だが問題が一つある。
元ネタがない。
NEW Tubeで見た気はする。
テレビで誰かがやっていた気もする。
だが、どれも断片的だ。
だって興味ないから。
「あ、そっか、スマホで…」
電波はバリゼロ。
「うおー!そうだった!いや、想定内だ、うん。
動揺なんかしていないさ、軽率なメディアに流されずにせいせいするぜ」
「よし、思い出そう、まずは、ここをこうして……」
独り言だけは一人前だが、手は止まる。
ノコギリを引く時、びょいん!ってなって木が変な形になる。
「……ゾンビ来たら、こんな工作で防げるのか?」
無理だな、と思った。
だが今はゾンビより住処だ。
土台は水平が大事だと思う。
傾いていたらラーメン喰うの大変だ。
水平器を置いてみる。
「見せてもらおうか、水平器の性能とやらを。」
「は?泡浮いてんじゃん、なんだこれ」
「あ、気泡が真ん中に来たら水平か?」
「地面が悪いのか?木が悪いのか?俺が悪いのか?」
たぶん全部だ。
石を噛ませ、木をずらし、また水平器を見る。
少し良くなる。
調子に乗って反対側の床を見ると、そっちは悪化している。
「……くそっ!踊らされてるじゃねーか!」
俺が一か所を直すたび、別の場所が裏切る。
釘を打つ。
最初は外す。
次は曲がる。
三本目で、ようやく入る。
「よし……これぞ人間!」
達成感が低すぎる。
昼頃には腕がパンパンになった。
ゾンビと戦ってもいないのに、すでに満身創痍だ。
休憩中、完成図を想像する。
高床式で、頑丈で、ゾンビが来ても安心。
現実を見る。
地面に並んだ木材は、キャンプの焚き木用にしか見えない。
「……これ、本当に家になる?」
一瞬だけ、車で帰る選択肢が頭をよぎった。
だが帰る場所はもうない。
だってゾンビで溢れかえる世界が来るからだ。
午後、再開。
今度は勢いで行くことにした。
細かいことは気にしない。
ゾンビは寸法なんて見ないし、建物の完成度なんて気にしない。
ガンガン釘を打つ。
少し歪んでいるが、立っている。
それでいい。
夕方。
ついに形になった。
六畳分の、
歪んでいるが、
確かに「土台っぽい」と言っていい何か。
俺は一歩乗ってみた。
ギシッと音がする。
「……ゾンビだったら、ここで気付けるな
ゾンビ床と名付けよう」
自分に都合よく解釈する。
こうして俺は、元ネタなし、知識なし、気合と勘と
少しの勢いだけで、人生初の土台を完成させた。
完璧ではない。
美しくもない。
だが、確かにここにある。
ゾンビは今日も来なかった。
だが、もし来ても、少なくとも俺は「やった感」だけは持って死ねる。
だって趣味無し、彼女無し、推しなし、もと社畜で独り暮らしの俺が、
自分で建てたんだ、最高じゃないか。
社畜時代に味わえなかった気持ちがここにはあった。
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