第28話
「…………」
「…………」
「…………」
国王執務室に、三度、沈黙が落ちた。
カイ・ランバートの「『婚約者』として、拝命する」という、爆弾発言の余波である。
「(……こ、こ、こん、やく、しゃ……?)」
ナーナリアは、自分の手を握るカイの、その、いつもと変わらない無表情を、信じられないものを見るような目で見上げた。
(この人! 今、なんと言いましたの!?)
(わたくしと!? この、氷人形(パフェ泥棒)が!?)
「ふ……」
沈黙を破ったのは、国王アデルベルトだった。
「ふ、ふはは……! ぶはっ! ははははは!」
国王は、ついに、こらえきれず、腹を抱えて笑い出した。
王の威厳も、何も、あったものではない。
「面白い! 面白すぎるぞ! 貴様ら!」
「(わ、笑いごとではございませんわ!)」
「カイ! 貴様、正気か! グランツ侯爵家の、あの、熊殺し(父)と、シスコン(兄)を、敵に回す覚悟が、あるのだな!」
「承知の上」
カイは、ナーナリアの手を握る力を、わずかに強めた。
「(ひっ……!)」
ナーナリアは、心臓が、口から飛び出しそうだった。
「よかろう! 許可する!」
国王は、涙を拭きながら、手を(追い払うように)振った。
「もうよい! 二人とも、さっさと出ていけ! 俺は、疲れた!」
「(えええええ!?)」
「カイ! 貴様の辞令(北の砦)は、撤回だ! 代わりに、グランツ侯爵令嬢(こいつ)の、未来永劫の『監視役(という名の婿殿)』を、命じる!」
「御意」
「(……御意、ではございませんわよ! わたくしの意見は! わたくしの『いいえ』は!)」
「さあ! 行け! 行った!」
「待ってくだ……!」
ナーナリアが、抗議の声を上げる間もなく。
カイは、握ったナーナリアの手を、ぐい、と引き。
そのまま、国王に完璧な一礼をすると、彼女を(半ば、引きずるようにして)執務室から、連れ出してしまった。
バタン。
「…………」
後に残された国王は、一人、執務室で、再び、笑いの発作に襲われるのだった。
---
王宮の廊下。
「(……ずかずかずかずか)」
「(……ひ、引きずられておりますわ!)」
カイは、ナーナリアの手を掴んだまま、無言で、長い廊下を突き進む。
「あ、あの! カイ様! お放しなさいまし!」
「……」
「わたくし、まだ、何も、承知しておりませんわよ!」
「……」
「こん、婚約者だなんて! 冗談も、大概になさいまし!」
カイが、ピタリ、と足を止めた。
そして、ゆっくりと、振り返る。
その、氷の瞳が、まっすぐ、ナーナリアを捉えた。
「冗談、ではない」
「(う……!)」
「貴女が、望んだのだろう」
「わたくしは! 望んでおりません! 『人生の護衛』とは、そういう意味(パフェ仲間)では!」
「……俺は」
カイは、ナーナリアの言葉を遮った。
「俺は、北の砦より」
「…………」
「貴女の隣で、パフェの味を、監視する方が、よほど、重要任務(やりがいがある)だと、判断した」
「(……!)」
「(……それ、職務、関係ありますの!?)」
「だから、拝命した。『婚約者』として」
「(……この人、本気ですわ)」
ナーナリアは、カイの、あまりにも真剣な(無表情だが)瞳に、ついに、言葉を失った。
---
そして、数日後。
グランツ侯爵邸の、談話室。
そこは、王宮の執務室とは、また違う種類の、地獄と化していた。
「……で?」
父、グランツ侯爵(元騎士団長・熊殺し)が、地を這うような低い声で、正面に座るカイに、問いかけた。
「貴様は、俺の、娘(ナーナリア)を、どうすると、言った?」
「(((ゴクリ)))」
ナーナリアは、部屋の隅で、アマンダと、母と、一緒に、固唾をのんで見守っていた。
「ナーナリア様を」
カイは、侯爵の、凄まじい威圧(オーラ)を、真正面から受け止めながら、淡々と答えた。
「生涯、『護衛』させていただきたく」
「護衛、だと?」
「お言葉ですが、カイ・ランバート卿」
ついに、この男が、口を開いた。
兄、アレクシス(極度のシスコン)だ。
彼は、愛剣(実戦用)に、手をかけたまま、カイを、殺意の籠もった目で、睨みつけている。
「俺の、可愛い、可愛い妹は! 護衛など、必要ない!」
「(ガウ!)」
アレクシスの足元で、ケルベロス(地獄の番犬)が、カイに向かって、三つの頭で、唸り声を上げている。
「この、ケルベロスと! この俺が! 一生、守り抜くからだ!」
「お兄様! 黙っててくださいまし!」
ナーナリアが、悲鳴を上げる。
「(このままでは、わたくしの『婚約(仮)』が、お兄様のせいで、破談(物理)に!)」
「(……あれ? わたくし、今、破談になると、困ると……?)」
カイは、そんなアレクシス(と魔犬)の殺気を、柳に風と、受け流した。
「……アレクシス卿」
「なんだ!」
「貴方では、務まらん」
「(……は?)」
アレクシスの、こめかみが、ピクリと、引きつった。
「貴方は、ナーナリア様の、好物が、何か、知っているか」
「はあ!? 当たり前だ! 肉だ!」
「(違いますわ! お兄様! それは、ケルベロスの好物ですわ!)」
「貴方は、彼女が、どの店の、どのパフェを、制覇しようとしているか、把握しているか」
「ぱ、ぱふぇ……?」
「貴方は、彼女が、淹れた紅茶を『草の味』と、一蹴したことがあるか」
「(……?)」
「(な、なぜ、そこで、わたくしを貶めた(?)ことを、自慢げに……!)」
カイは、ゆっくりと、立ち上がった。
「……俺には、それが、すべて、わかる」
「…………」
「(な、なんて、ドヤ顔(無表情)ですの、この人……!)」
「……ふん」
沈黙を破ったのは、父、グランツ侯爵だった。
「カイ卿。一つ、聞く」
「なんでしょうか」
「……娘(こいつ)は、非常に、燃費が、悪い」
「(お父様!?)」
「毎日、パフェだ。タルトだ。新作ケーキだ。金が、いくらあっても、足りんぞ」
「……承知しております」
カイは、即答した。
「北の砦の、危険手当(ボーナス)が、なくなったのは、痛いが」
「(……やっぱり、それが目当てでしたのね!?)」
「俺の、ランバート辺境伯家からの、仕送り(給金)の、すべてを、彼女の『食費(パフェ代)』に、充てる覚悟です」
「(((おお……!)))」
母と、アマンダが、小さく、拍手をした。
「(……ぐ、ぬぬぬ……!)」
アレクシス兄様だけが、まだ、納得いかない顔で、震えている。
「(……よろしい。決まりですわ)」
ナーナリアは、意を決して、カイの隣に、立った。
「お父様! お兄様! よろしいでしょう!」
「な、ナーナリア!」
「わたくし! この人と、一緒でなければ!」
「(……!)」
「(……!)」
カイと、アレクシスが、同時に、ナーナリアの、次の一言を、待った。
「わたくしの淹れた、美味しい紅茶を! 誰にも、『草』と、言わせないまま、生きていくことに、なってしまいますの!」
「「(((…………は?)))」」
(※意味:この人(カイ)の味覚(草)を、わたくしが、矯正(教育)して差し上げなくては、いけないのです、の意)
(((……もう、わからん)))
父と、兄は、この、規格外の娘と、規格外の氷人形の「甘味(?)問答」に、ついに、思考を、放棄した。
---
そして、また、数日後。
王都の、いつものカフェ。
いつもの、テラス席。
「……ふう。ようやく、落ち着きましたわね」
ナーナリアは、目の前に、美しくそびえ立つ『秋の味覚・和栗のモンブランパフェ』を、うっとりと眺めていた。
「(……それにしても、わたくし、本当に、この氷人形と、婚約してしまいましたわ)」
チラリ、と、向かいの席を見る。
そこには、カイ・ランバートが、これまた、同じ『和栗のモンブランパフェ』を、無表情で、スプーンですくっている。
「……カイ様」
「なんだ」
「王都の噂、また、ひどいことになっておりますわよ」
「……」
「『氷の騎士、悪役令嬢の(胃袋に)陥落。辞令を破り捨て、パフェを選ぶ』ですって」
「……事実だ」
「なんですって!?」
ナーナリアは、ぷう、と、頬を膨らませた。
「わたくしに、陥落した、とは、思いませんの?」
「……(ピタッ)」
カイの、スプーンが、止まった。
彼は、ゆっくりと、顔を上げ、ナーナリアを、じっと、見つめた。
「……(もぐ)」
そして、口の中の栗を、ゆっくりと、飲み込むと。
「……そちらも、事実だ」
「(……!)」
ナーナリアは、不意打ちの、直球(?)に、顔が、カッと熱くなるのを感じた。
「(こ、この、氷人形! たまに、こういうことを、サラッと言いますのよ!)」
「ま、まあ、いいですわ!」
ナーナリアは、照れ隠しに、わざと、声を大きくした。
「悪役令嬢? 上等ですわ! わたくしは、これからも、わたくしの『自由』と『甘味』を、追求するだけですもの!」
「ああ」
「カイ様」
「……『様』は、もう、いらん」
「(……!)」
ナーナリアは、ニヤリと、意地悪く、笑った。
「……カイ」
「なんだ」
「はい。あーん」
ナーナリアは、自分のパフェの一番上にある、美しい『栗の甘露煮』を、スプーンですくい、カイの、口元に、突きつけた。
「(……!)」
カイの、氷の仮面に、明確な「動揺」が走る。
周囲の(このカップルを、生暖かく見守るのが日課になった)客たちの、視線が、一斉に集まる。
「……やめろ」
カイが、低い声で、威嚇する。
「人前だ。恥ずかしい」
「あらあら」
ナーナリアは、楽しそうだ。
「わたくしの『婚約者』として、初めての、お願い、ですのに」
「…………」
「それとも、北の砦(マズい草)の方が、よろしかったかしら?」
「(……くっ!)」
カイは、観念したように、ナーナリアを(強く)睨みつけた後。
目にもとまらぬ速さで、その、スプーンの上の栗を、ぱくり、と食べた。
「(……!)」
「ふふふ。素直で、よろしいですわ」
ナーナリアが、満足そうに、笑う。
「(……甘い)」
カイは、栗の甘さか、それとも、目の前で、意地悪く笑う彼女のせいか。
わからない、熱が、顔に集まるのを感じながら。
ほんの、ほんの、わずか。
誰も(ナーナリアすら)気づかないほど、小さく。
その、口元を、緩ませた。
(……悪くない)
(この『職務』も、悪くない)
氷の騎士と、元悪役令嬢の、甘くて、少し(かなり)騒がしい毎日は、まだ、始まったばかり。
悪役令嬢「婚約破棄?待ってました!」 パリパリかぷちーの @cappuccino-pary
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