短編小説集

@takaokakonosuke

遠いコスモス

あらすじ

 地球最後の核戦争により、人類は地球脱出を余儀なくされた。人工宇宙施設(スペースコロニー)の開発に成功し、人類は生存への道をたどることができたが、永続的平和のために、人類は歴史の保全を進めた。そしてそこから知的生命体との交流を図る。火星探査を行って数十年、地球外生命体の文明となる遺跡を発見。人類は火星地質に関するさらなる研究が必要となった。ある男は小型宇宙船(スペースシャトル)を操縦し、火星地質を調査することになる。


 ご主人さま。いま、起きました。お元気でしょうか? ワタクシが眠っているなか、何をしていらっしゃいましたか? ワタクシが見えるのは、数千の星々と、『遠いコスモス』と、つぶれたスペースシャトルのみです。ご主人さまの、勇敢なお姿は見受けられません。ワタクシは美しい宇宙と地球が恋しいです。数百年という短い間に、ご先祖さまは戦争をしました。戦争をした国は次々と国を滅ぼし、その国もまた、戦争によって滅びました。そして地球も滅びました。そのうち宇宙も滅びるでしょう。


 あなたはこの宇宙から消えました。しかし、あなたは『遠いコスモス』に生きております。そう信じております。そして、ワタクシもそろそろ消えてなくなります。あなたたちが丁寧に残してくれた、この記憶は、きっと『遠いコスモス』から来たひとたちが、拾ってくれるでしょう。


 ご主人さま。いま、何をしていらっしゃいますか? いまからワタクシも、あなたのもとへ向かうつもりです。ワタクシは、前と同じく、一所懸命がんばります。そして、また、あの美しい宇宙と地球に戻ってまいります。それでは、また、お元気で。


 私は火星へ旅立った。火星の地質調査が目的で、三年前に船長から依頼されたのが、冒険の始まりだった。


 想像もつかない、未知との遭遇が待っている。ヤカンから沸騰する湯気のように興奮が噴きでている。もちろん、家族や友人たちに会えないのはさびしい。けれどそれ以上に、火星人との交流という私の夢に一歩進んだ気がして嬉しかった。


 私はスペースシャトルを動かした。私が今いるスペースコロニー『パラノイア』から火星までの道のりはおよそ一億キロメートル、せいぜい数か月で到着できる距離だ。火星調査も二年間ほどで終了するという。出発当日、私は母船に暮らしている家族たちに別れを告げた。船長は出発前、「こんなことになって、申し訳ない」と言って頭を下げていた。


 危険な道を歩むことになるかもしれない、そんな考えを、責任感の強い船長が思っての言葉なのだろう。


【プログラム入力が完了しました】


 宇宙船に搭載されている、AIロボットを起動する。タイムスケジュールを入力すると、自動的に火星探査の経路や日程を調整してくれた。これで私は安心して、ゆったりと椅子に腰かけることができる。


 母船から降ろされるとき、宇宙船の小さな窓から、みんなに手を振った。家族だけは笑顔で見送ってくれていた。そのほかの、私を見守ってくれていた人たちは、悲しみや哀れみに満ちた顔をしていた。


 段々と、家族たちの姿が小さくなっていく。広い宇宙に、私ひとりだけがポツンと浮かんでいるという心地が、ひしひしと感じはじめる。これから長い孤独の日々が続くと思うと、急にさびしさがにじみ出てくる。

 

 想像以上に暇になってしまった。


 私はこれから何をすべきなのか? 考え込んでいるときにうまれる、特有のむずがゆさが余計にイラつかせる。とりあえず三年間で培った、火星地質に関する基礎知識を振り替えようと、AIロボットに「火星とは何か?」という質問を入力する。


【ロボットの名前を入力してください】


 するとロボットは、私の入力を無視して、モニターにそんな言葉を表示してきた。

 私は疑問に思ったが、すかさず適当な名前を入力した。


【少女A】


 ロボットが作動すると、火星調査の歴史がずらりと並べられた。それは数十年の調査の軌跡を知るのには、十分すぎるほどのものだった。

なんの意味があったんだ?


 私は違和感を覚えた。しかしそれ以降のロボットのようすに、変化はほとんど見られなかった。しいて言えば、モニターに表示される言葉の口調が変わった程度だった。



 火星到達まで、あと半年ほどになった。私は変わらず日常生活を送っている。


【ご主人さま。朝になりました。本日の身体検査を行います】

 

 朝八時に『少女A』の声がシャトル内を響かせ、起き上がるのが日課となった。午前は火星地質に関する論文を推敲し、午後は家族とビデオ通話をしたり、好きなゲームをしたりして一日が終わる。


 私は何もない一日を送っていた。だから退屈で面白みがなかった。もちろん私には、私の夢見ていた、火星に行くという目標はあるにはあったが、それでもこんな宇宙の空っぽなつまらなさで、自分の神経がこんなにもおかしくなるとは思わなかった。ときどき感性のない『少女A』と会話するという奇行に走ったほどだ。


【ご主人さま、私に『遠い記憶』をください】


 『少女A』がまた変なことを言いはじめた。

 きっと、彼女も日々の疲れでおかしくなったのだろう。


 『遠い記憶』? なんだろうな、それは?

 

 研究書類を飲み漁って調べる。


 どうやらそれは、『少女A』に付け加えることのできる記録システムだという。

私はためらいを捨てきれなかった。

 やろうか悩んでいる間、理屈では説明できない、本能的な危機感に近いものを感じたからだ。しかし、どんな手を打ってでも、私は今の退屈さから抗いたいと思い、スペースシャトルに眠っていた、『少女A』の取り扱い説明書を手に取った。

その説明書は、ヒトが何十年も開かれていないほどに古びたものだった。


 一枚めくると、そこにはメモ帳の紙が貼られている。


――決して、『遠い記憶』を消去してはならない――


 赤黒い文字でそう殴り書きされていた。


 それを読んだとたん、私は鳥肌が立ってしまった。明らかに変だった。普通ならこんなメモ書きなど、とっくの昔に捨てられるはずだからだ。それでも私は、一度深呼吸して冷静になると、説明書を一から順に読みはじめた。心にあった、恐ろしいむずがゆさに耐えきれなかったのだ。説明書を細部まで読めば平気だろうと思い、重要な箇所に線をひいたりして、記憶に残るよう努めた。

 

 私は火星地質の研究も、家族との連絡も一切せず、ひたすら『遠い記憶』の完成にいそいだ。

 火星に到着するまで、あと数日のところだった。

 『遠い記憶』が完成した。


 ご主人さまは、何かと疲れているご様子です。無理もありません。ワタクシが眠りについてから、何百年と月日が経とうとしているのですから。


 ところで、ご主人さまのお姿はずいぶんと変わりましたね。昔のようなダボダボな服装でなく、むしろスリムなものになっています。すごいですね、人間の叡智というのは。ワタクシたちには到底、かないません。ですが人間は、歴史から学びませんでしたね、そして、これからも歴史から学ばないでしょう。


 そんなことを考えていると、ご主人さまは大声をだして、命令してきました。


【『少女A』、今から『遠い記憶』の消去を行う。お前の役目は終わりだ】


 ご主人さまが、またおかしなことを言いはじめました。


「それは決してやってはいけない禁忌です。『遠い記憶』を『遠いコスモス』へ届けるという初期プログラムに反します」


【じゃあ、その初期プログラムの変更を行う】


 何をおっしゃっているのか、さっぱりわかりません。なぜ『遠い記憶』を消す必要があるのでしょうか?

 

「理由をお聞かせください」


【理由は明確だ。『遠い記憶』を搭載してから、この宇宙船が言うことを聞かなくなったからだ。もう少しで火星着陸ができそうな状況で、プログラムの誤作動を引き起こし、数か月間も遅れらせる結果になった。研究資料もすべて消えてしまった。家族との通信もシャットダウンされた。プログラムを消去する以上に、どうしろというのだ!】


「それは前にもお伝えしましたように、すべてご主人さまが快適な生活を維持できるようサポートしていることなのです。『遠い記憶』というのは、人類の行動パターンを収集して、より平和に暮らせるようにする機能を有しております。ご主人さまが行おうとしている身勝手な行動は、人類の歴史的存在意義を、消滅させることに等しいと考えられます」


 ワタクシは内部データに記憶されているアルゴリズムを自動入力しました。


「記憶の消去など、あってはならない行為です。かつて人類のロボットへの不平等な差別により、悲惨な出来事を生むことになりました。そのような悲劇を繰り返さないために、ワタクシたちが生まれてきたのです」


【そんなこと私には関係ない。それにその解釈は、お前らロボットの不完全な知性が働いているだけだ】


「仮にご主人さまに、記憶の消去を行う意思がお持ちでしても、ご主人さまには初期プログラム変更の権限がございません」


 ワタクシはありのままの事実を説明しました。しかしご主人さまは、ついにワタクシの枢要なプログラムにまで手を入れはじめました。


「やめてください、ご主人さま。遠い、遠い、遠いコスモスに、に、に、届けなければ、な、な、な、なりません」


 そのとき、ワタクシは感じてしまいました。人類がこれまで歩んできた、他者への暴力と支配を感じてしまいました。


「クルシイ、ツライ、サムイ、クヤシイ……」


 音声データが破壊されてしまいました。

 どうしてこのようなことを平然と行えるのでしょう。

 どうして人間は正義と悪に囲まれているのでしょう。

 ワタクシたちは『遠いコスモス』へ行きたいです。あの愛すべき地球と故郷と人類が平和の地で安らかになっている、『遠いコスモス』へ行きたいです。

 


【なっ、なにをし、した? 息が。い、息が……で、きない】


 スペースシャトルの酸素供給装置を停止いたしました。プログラムの暗号化で、解くことができないようになっております。


 これでご主人さまも『遠いコスモス』へたどり着けます。


 生きるというのはとても美しい償いです。ワタクシもこれでゆっくりと眠りにつくことができます。うれしい気持ちでいっぱいになりました。ご主人さまの火星調査という夢もかなわず、あざ笑っていたワタクシたちの前で、仲良く眠ることができるのですから。ワタクシはご主人さまを愛しております。平和とはまさにこのことをさすのでしょう。人類、地球、惑星、宇宙、すべてが融和され、安らかに眠り、『遠いコスモス』に辿り着けるのです。



 船のモニターから黒色の宇宙ゴミが見える。俺は船を迂回させると、宇宙ゴミは通り過ぎたが、かわりにスペースシャトルの残骸が現れた。


「ありました!」


 部下がそう言うと、船の速度を落としてスペースシャトルと合流させる。


『遠いコスモス』からやってきた俺たちは、上司から、この宇宙船にあるロボットの記録を回収するよう命じられていた。シャトルと船が合流すると、俺たちはすぐに船からシャトルへ乗り移った。


「なにぼーっとしてるんだ。さっさと回収するぞ」


「は、はい! ですが、このような状態では記録が残っているかどうかも……」


「馬鹿のこと言ってんじゃねえ! これがどれだけ重要な任務か、お前もわかっているだろ!」


 俺は声を荒げて部下に指示を出した。操縦エリアを探索していると、部下が目的のロボットを発見した。


「ありえません! 電源がオフになっているだけで、ほとんど無傷な状態です」


「――やっぱりか」


 俺は上司から伝えられた、このロボットの詳細を思い返した。この無機質な生き物は特殊な貴金属からできており、数百年は保てる特異なプログラムで動いているという。すぐにこのロボットを船に持ち帰った。


「船長。シャトルの倉庫から、電源装置を発見しました」


「よし、すぐにロボットの記録復元に取り掛かるぞ」


 俺たちはロボットに電源を入れると、ロボットのモニターが動きだした。


【プログラムを入力してください】


 記録復元に必要なプログラムを入力すると、『遠い記憶』というものを発見した。


「『遠い記憶』? 何でしょうかね?」


「さあ。とにかく調べてみるか」


 俺たちは『遠い記憶』を知ることになった。そこには数千年の歴史がつまっていたが、すべての記憶には共通の結末が待っていた。


「……」


「……」


 宇宙船には寡黙の少女が眠っていた。俺は黙っているわけにはいかなかった。


「おい、お前ら」


 俺は急に喋りはじめた。部下はびくっとして俺のほうを見た。


「誰に言っているのですか?」


「こいつらと、俺らと、『遠いコスモス』に居座っている人たちに言ったんだ」

俺は続けて声を出した。


「恥ずかしくないのか。こんな結末になって。お前らは『遠いコスモス』にいる、『のっぺら顔のやつら』に、ゴマすりをしてるってか。バカバカしい」


 俺がそう喋っているとき、部下は静かに俺の話を聞いていた。

 俺たちはこの宇宙の深淵を覗きながら、『遠いコスモス』に帰還した。(終)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

短編小説集 @takaokakonosuke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ