第6話 死んだはずの妹が異世界で魔法少女やってる件について

「待たせたな。さっきの礼だ、遠慮せず食ってくれ」


 コトン、と小さな音を響かせながら俺の目の前に皿が置かれる。

 カレーが盛られたその皿から立ち昇る食欲を刺激するいい香りを嗅いだ瞬間、昨日から何も食べていない俺の腹の虫の音が鳴った。


「ははっ。兄ちゃん、腹減ってたのか? おかわりもあるから、満足するまで食ってくれや」


「すいません。なんか、お世話になっちゃって……」


「いいってことよ。こっちこそ、手を貸してくれて助かったぜ」


 そう俺に言ってくれているのは、先ほどの事件現場で親子連れを助けようとしていた初老の男性だ。

 ブライトたちによって魔人が倒され、後処理にやって来た警察と救急隊に怪我をした親子連れを預けた俺は、この男性に近くの喫茶店へと連れて来られた。


 カウンターの中に入ってカレーを用意してくれたところを見るに、ここは彼の店なのだろう。

 喫茶店特有の濃厚なルーと具だくさんのごろごろ野菜が特徴的なカレーを頬張る俺へと、彼が自己紹介をしてくる。


「自己紹介が遅れたな。俺は立花宗治たちばな そうじ、この喫茶店のマスターをやってるナイスミドルだ。さっきは買い出しのために出かけたら魔人の暴走に巻き込まれちまって、もう生きた心地がしなかったぜ」


 少し茶目っ気のある自己紹介をした立花さんは、俺の顔を見つめながら話を続ける。


「兄ちゃん、見ない顔だな。それになんつーか、雰囲気が違う。この辺の人間じゃあないだろ?」


「ええ、まあ……」


『まさか異世界からやって来ましたなんて言えないもんな。どうするよ、相棒?』


 相棒って言うな、と心の中でアモンに叱責しつつ、俺はどう立花さんに返答するか考える。

 馬鹿正直に話しても信じてもらえないだろうし、魔人の被害に遭ったばかりの人に俺も魔人ですなんて言えるわけがない俺が迷っている様子を見て、何かを察したのか、立花さんは真剣な顔で聞いてきた。


「もしかして兄ちゃん、何か訳ありか? 悪い人間には見えないが……」


「……そんなことないですよ。俺は悪人です」


「ははっ! 自分から悪人だって告白する奴がいるかよ。でもそうか、なんか事情があんのか」


 自分用に淹れたコーヒーを一口すすった後、しばし考え込んだ立花さんは俺を見ると、予想外のことを言ってきた。


「よし、これも何かの縁だ。兄ちゃんさえ良ければ、ここに住まねえか? 家賃は時々この店を手伝ってもらうってことでどうよ?」


「えっ? い、いいんですか? 素性のわからない俺に、そんなことしちゃって……?」


「後ろめたいことがある人間なら、警察が来た段階でさっさと逃げてるはずだ。だが、兄ちゃんはあの親子連れが救急車で運ばれるまで付き添ってた。わけありだが犯罪に手を染めたことはねえ、そうだろ?」


 あっているとは言えないが、間違っているとも言い切れない微妙なラインの質問に俺は答えを詰まらせる。

 ただ、行く場所のない俺にとっては立花さんのご厚意は嬉しいし助かるわけで、素直にお世話になることにした。


「……ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきたいと思います」


「ああ、よろしくな。事情に関してもお前さんが話したくなったら話してくれればいいから、そんな気を遣うなよ」


 深々と頭を下げて感謝を伝えれば、立花さんは笑みを浮かべながらそう言ってくれた。

 異世界に来て早々、いい人に出会えて良かった……と俺が喜ぶ中、不意に店の扉が開く音が響く。


「おっとすまねえ。今日は臨時休業……って、お前らか」


 店に入ってきた客の顔を見た立花さんがどこか嬉しそうに言う。

 彼に続いて店の入り口を見た俺は……そこに立つ人間の顔を見て、固まってしまった。


「マスター、大丈夫!? 魔人が暴れてる現場に居合わせたって聞いたけど、怪我はない!?」


「御覧の通り、ピンピンしてるよ」


「良かった……!」


 大声で叫ぶ長髪の女の子と、元気そうな立花さんの姿を見て安堵するショートボブの女の子。

 立花さんの顔見知りらしい二人組の片方……ショートボブの女の子から、俺は目を離せないでいる。


『あの子がどうかしたのか、相棒?』


「……妹だ」


『は?』


「妹の風花そっくりなんだよ、あの子は……!」


 多少、違う部分もあるが、あれは間違いなく妹の風花だ。

 生き写しといっても過言ではない彼女の姿に呆然とするしかない俺であったが、そんな俺の存在に気付いたであろう長髪の少女が警戒の眼差しを向けながら口を開く。


「誰、こいつ? お店は閉めてるのに、どうしてカレーを食べさせてるわけ?」


「ああ、新しいバイトだ。今日から住み込みで働いてもらうことになった」


「バイトぉ? この人がぁ?」


「ちょっとほむらちゃん、止めようよ。失礼だって」


、あんたもわかってるでしょ? このご時世、こういう奴が魔人になったりするのよ。警戒しても損はないわ」


「っっ……!?」


 ほむらと呼ばれた少女の口から飛び出した風花という名前に俺は思わず息を飲む。

 じゃあやっぱりこの子は……と徐々に確信を強める中、その少女は親友をフォローするように俺へと言った。


「あの、ごめんなさい。ほむらちゃん、ちょっと過敏になってるみたいで……」


「ああ、いや……あんな事件があった直後なわけだし、気持ちはわかるから……」


「ありがとうございます。お兄さん、優しい人ですね」


 ……奇妙な感覚だった。死んだはずの妹が俺の目の前にいて、あの頃と何ら変わりない笑顔を俺に見せてくれている。

 ふわりと微笑む妹の姿に懐かしさを感じる中、改めて風花は自己紹介をしてきた。


「私、亜門風花っていいます。こっちは赤阪火蓮あかさか かれんちゃん。この店の近くにある学校に通ってるんです」


「二人とも常連客だからな、これから顔を合わせる機会も多くなるだろうよ。ほむらは見ての通りのじゃじゃ馬だが、悪い奴じゃあねえから慣れてくれや」


「うっさいわね……! 誰がじゃじゃ馬よ」


 問題児じみた火蓮が、立花さんからの評価に不満気な反応を見せる。

 そうした後、こちらを向いた彼女は俺に対して怒りの矛先を変えながらこう言ってきた。


「んで? こっちは自己紹介したのに、そっちは名前も教えないわけ?」


「あ、ああ……悪い……」


 突然の妹との再会に困惑し、平常心を保てなくなっていた俺は、火蓮からの言葉を受けて動揺する心を鎮めにかかった。

 そうした後、名前を告げようとしたのだが……そこでアモンから待ったがかかる。


『相棒、正直に名前を言うのは止めた方がいいんじゃねえか? この場にが二人と一匹いるとか、不自然でしかねえだろ?』


 確かにここで俺が亜門怜仁という本名を明かせば、偶然にも同じ苗字の人間がいることを訝しがられるかもしれない。

 特に火蓮は俺を警戒しているようだし、苗字は変えた方が無難かと考えた俺は、アモンが宿る腕輪を見つめた後、口を開いた。


「怜仁……大神怜仁だ」


「大神さん、ですね。これからよろしくお願いします!」


 偽名を名乗ることに多少の罪悪感はあったが、仕方がないと割り切る。

 風花は笑顔で応えてくれたが、火蓮の方は未だに俺への警戒の眼差しを止めずにいた。


「あんた、なんか怪しくない? さっきからどうして風花のことをじろじろ見てるのよ?」


「えっ? いや、それは……」


「ちょっと火蓮ちゃん! 流石に失礼過ぎるって!」


「風花は黙ってて! どうなのよ? あんた、変なこと考えてるんじゃないでしょうね!?」


 俺との距離を詰め、不審な態度の理由を問い質してくる火蓮。

 少し考えた後、俺は気になっていたことを確かめるついでの言い訳を口にした。


「……立花さんが事件に巻き込まれたことをどこで知ったんだろうな、と思って」


「え……?」


「魔人が事件を起こしてから、まだそんなに時間は経ってない。それなのに、どうして立花さんが事件に巻き込まれたってこの子たちは知ってるんだろうなって、不思議に思ったんだ」


「……言われてみりゃあそうだな。お前たち、どこで俺が現場に居合わせたって知ったんだ?」


「え、ええっと……」


「それ、は……」


 俺と立花さんに問い詰められた途端、風花だけでなく先ほどまであんなに勢いがあった火蓮までしどろもどろな態度を見せ始めた。

 明らかに動揺している彼女たちの様子に抱いていたもう一つの疑念を確信へと変える中、狼狽していた二人が言う。


「ね、ネットニュースで見たのよ! 魔人が暴れたら、すぐに報道されるでしょ!?」


「そ、そうそう! 写真にマスターっぽい人が写ってたから、もしかしてと思って……!」


「ふ~ん、そうなのか。まあ、今は何でもSNSとかで拡散される時代だしな」


 立花さんは二人の言葉に納得していたが、あれは多分嘘だ。

 この二人はあの時、現場にいた。だから立花さんが事件に巻き込まれたことを知っていたのだ。


 そして、彼が無事かどうかを確認する前に現場から立ち去ることになってしまったから、急いでこの店に立花さんの安否を確かめに来た。

 つまり、この二人の正体は……魔人と戦っていた二人組の魔法少女、ブライトフレアとブライトウイング。

 俺がブライトウインドの姿を見た時、風花の姿が重なって見えたのは、幻でも何でもなかった。

 直感的に……俺は、妹の存在を感知していたんだ。


(確固たる証拠があるわけじゃない。だが、間違いない……)


 妹は、正義の魔法少女として魔人と戦っている。

 そして俺は、複雑な事情の果てに魔人としての力を得てしまった。


『なんか厄介なことになっちまったな、相棒』


 頭の中で響いたアモンの言葉に、俺は同意することしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る