第1部 第3話 外れ値

彼女は大学在学中に就活というものしなかった。三年生になった途端開催される某人材会社による就活セミナーや、就活イベントなど、一切体験したことがない。一度大学構内で某人材会社の人を見たときは、後ろめたさがあるような気持ちに駆り立てられ、道を変えて遠ざけるくらい忌避していた。


皆一様に、女子であれば黒い髪のローポニーに、べったりと重たい黒絵の具で塗られたようなスーツと合皮のバッグ、誰からの指示もないのに履くストッキングと少しヒールのあるパンプス。

男子であれば髪を短くしてでこっぱちを出し、ぬらぬらとゴキブリのように光るシューズを履いて、最もみたいな顔をしてネクタイをキツく締める。このネクタイは通常青色系統に統一されている。


そうして、これまた皆一様に「在学中に力を入れたこと、将来のキャリアビジョン」などのストーリーを創造し、面接官の前で能書きを垂れる。

大量にコピー&ペーストされたようなこんな人間たちが、ずらずらと列をなして歩く姿を想像しただけでも虫唾が走る。反吐が出そうだった。


だが無論、彼女はこれらの自己中心的な嫌悪感により就活をしなかったわけではない。

厳密に言えば「できなかった」のである。


 彼女は大学二年生からうつ病と全般性不安障害というものを発症していたのだ。


周りの誰もが手を付けられないほどのイラつき、いつも何かに追われている様な焦燥感、二十四時間襲ってくる理由なく途方もない不安、出来損ないの自分に向ける自責の念、いつやってくるかわからないパニック発作への恐怖。

これらすべてと、寝ている時間以外はずっと闘っていた。


学費こそ奨学金ですべてをまかなっていたが、医療費なんてものは親に頂戴することもできず、学校提携のメンタルクリニックに通うと決意をした。

しかし、いくらバイトを頑張ったって治療費をまかないきることができず、通院もあえなく中断された。

カウンセリングと投薬を含めると一度に一万弱は持っていかれるという、なんとも世知辛い料金体系である。

適切な治療も受けられず前述のような酷い状態では、まず立っていることることもままならないので、就活なんてもってのほかだった。


周りのみんながコピペ人間になっていく中で、彼女はオリジナルのまま外れ値のように浮いていった。


唯一の親友だと思っていたあの子も、病気の陽香のことなんか気にしていられなくなり、ひたすらにPCを広げてエントリーシートとにらめっこをしていた。


そうして陽香は、大学卒業——新卒入社という安全でぶっといレールからそそくさと退散することになったのだ。

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救え、汝は陽とならん 塚田香月 @kazuki_t

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