第4話 あったかい、ってそれだけで
社長室は、いつもより少しだけ賑やかだった。
明るい髪にサングラス、派手なシャツに無精髭の社長が、ソファにどっかりと腰を下ろしている。
ローテーブルの上にはノートパソコンが置かれ、画面はメンバー側に向けられていた。
メンバーは向かいのソファにぎゅうぎゅうに詰め込まれている。
全員座りきれないので、ユイとヒカルは後ろに立っていた。
座っている三人。
中央にヨシノ。
上質で控えめな私服、背筋を伸ばして静かに微笑んでいる。
左にミウ。
ピンクの髪に地雷系コーデ、チョーカーが首元で光る。
ヨシノに体を寄せて、楽しげに目を輝かせている。
右にレオナ。
大きめのジャージにキャップ、黒いマスクで口元を隠したまま。
膝の上に紙袋を置いて、爪先でテープをカリカリと引っかいている。
走ってきたのか、金髪は一つに結ばれている。
立っている二人。
ミウの後ろにユイ。
清楚な私服で、少し落ち着かない様子で指を絡めている。
レオナの後ろにヒカル。
メンズ寄りの私服で王子様然とした立ち方だが、指先で襟足をいじっている。
社長が、にやりと笑った。
「ネット、祭りだぞ」
ノートパソコンがくるりと回される。
画面に、ずらりとスレッド一覧。
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【フロデレ】Flor de Leónについて語るスレ57
【あざと可愛い】ミウちゃんマジ地雷www
【これが】ミウヨシについて語るスレ29【公式】
【迫りくる】ユイちゃん大丈夫?【シスコン姉】
【顔の良い女×顔の良い女】レオヨシについて語るスレ17
【家庭的】ヒカルくんマジ王子www
【ドルオタ】ヨシノ様について語るスレ2【お嬢様】
【謎の】レオナとお姉さんについて語ろうぜ3【お隣さん】
【速報】無口無表情系金髪アイドル戌井レオナの修行僧部屋www
【推しの】レオナが読んでる本が知りたい【愛読書】
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「うわ、立ってる立ってる!」
ミウが目を細めて笑う。完全に楽しんでいる。
「え、え……これ……」
ユイは自分のスレッドタイトルを直視できず、視線を泳がせた。
「……家庭的」
ヒカルがぽつりと呟く。それ以上言葉が続かない。
「みなさま、楽しそうで何よりですわ」
ヨシノは穏やかに微笑むだけ。
レオナは画面を一瞥もせず、膝の上の紙袋と格闘中だった。
カリ、カリ。
テープが剥がれない。
もう一度、同じところを爪でなぞる。
カリ。
――バリッ。
乾いた音が響く。
紙袋が破れた。
ヒカルがびくっと肩を揺らす。
ヨシノがほんの少し口元を緩める。
レオナは気にせず、マスクを顎まで下ろす。
破れた袋から大判焼きを取り出し、小さく呟いた。
「……いただきます」
もぐ。
ミウが自分のスマホを掲げた。
「ねえねえ、掲示板だけじゃなくて、こっちもすごいんだよ」
画面にはファンアート、妄想SS、考察スレへのリンク。
「仕事早すぎ!」
ユイが小さく息を呑む。
ヒカルも覗き込む。
ミウは一枚のイラストを拡大して、レオナに向けた。
「お隣のお姉さんイメージだって。似てるー?」
レオナは一瞬だけ視線を落とす。
「……こんなんじゃない」
即答。
「えー? じゃあ何が違うの?」
レオナは数瞬考えた後、一言。
「……黒い」
「は?」
「黒い?」
「性格?」
「腹黒系?」
勝手に解釈が飛ぶ。
レオナはそれ以上何も言わない。
ヨシノだけが、くすっと小さく笑った。
「想像力が豊かですわね」
パン、と社長が手を叩く。
「はいはい、そこまで」
サングラスの奥は見えないが、口元は笑っている。
「まあ要は、注目されてるってことだ。いい意味でも悪い意味でもな」
肩をすくめて。
「適当に気をつけとけよ。解散!」
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昼下がりの部屋は、静かだった。
咲姫は敷布団にうつ伏せになり、肘をついてスマホを見ている。
画面との距離が近い。
「……なにこれ」
独り言。
画面には、“お隣のお姉さん”イメージのファンアート。
「私、こんな美人じゃないし……」
指でスクロール。
「こんなお洒落な髪の色じゃないし、輪郭シャープすぎるし、目もキラキラしすぎ……」
次に開いたのは妄想SS。
「……え」
一行目で眉が寄る。
「しないし」
二行目で吐き捨てた。
「こんなこと言わないし」
スクロールが速くなる。
「展開早すぎるし、感情の溜めがないし、視点ブレてるし……」
完全にプロの目線。
「……これは、ない」
言い切った直後、スレッド名が目に入る。
【推しの】レオナが読んでる本が知りたい【愛読書】
「……え?」
タップ。
背表紙の写真、装丁の色、候補作家一覧。
「……あー……」
指が止まる。
「……やだ……」
スマホを放り投げ、布団を引き寄せる。
もぞ。
もぞもぞ。
カタツムリのように丸まる。
――布団つむり、完成。
「……もうホント無理……」
――しばらくして。
「……咲姫?」
聞き慣れた声。
「…………」
無視。
布団つむりは沈黙を選ぶ。
「咲姫」
「…………」
――静かになる。
(……帰った?)
恐る恐る、布団を少しめくる。
顔を出した瞬間。
緑色の目が、すぐそこに。
「きゃああああああああ!!」
反射的に叫ぶ。
緑色の目――レオナは、耳を押さえつつ、少し距離を取った。
「うるさい!」
バァンッ!
勢いよく襖が開く。
咲姫の母親が仁王立ち。
「何事!? ご近所迷惑でしょ!」
「ご、ごめん……!」
言い終わる前に、母の視線が布団へ。
「あ、ちょうどいいわ――干すから」
ばさっ。
布団、強奪。
「ちょっとお母さん!」
「空気も入れ替えときなさい」
ぱたん。
母、退場。
――静寂。
咲姫は腕を抱えてしゃがみ込む。
「……最悪……」
その時。
背後からぬくもり。
――ぎゅっ。
「れ、レオちゃっ!?」
振り向く間もなく、背中にひっつく、小柄な体。
迷いなく詰められた、距離。
「さむい?」
あまりにも素朴な問い。
咲姫は言葉を失う。
「……ち、違っ」
言いかけたところで、レオナが続ける。
「布団、なくなったから」
それだけ。
理由はそれだけ。
背中に額が軽く当たる。
体温が、じんわり伝わる。
鼓動が伝わりそうな、密着。
「ちょ、ちょっと……近い……!」
抗議は弱々しい。
レオナは、離れない。
「……あったかい」
満足そうに呟いて、さらに体重を預けてくる。
次の瞬間。
「……くぅ」
咲姫は、ぴたりと動きを止めた。
「……寝た!?」
走って、食って、寝て。
小さな獣のような生き物である。
背中から腹に回された腕が、無意識にきゅっと締まる。
あったかい。
混乱する頭でも、それだけははっきり分かる。
「……もう」
言葉が、それ以上出てこない。
だってこの温度は、引き剥がせない。
だから、ただ――
そのまま。
ふたりの時間は、
何事もなかったかのように、
穏やかに、続いていく。
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