第5話 揺蕩う光


 当日。ばーちゃんの足元を懐中電灯で照らしながら、しっかり腕を組んで歩いた。


 途中までは一定間隔で存在していた電灯も、未舗装路に変わってからは申し訳程度に現れる有様だ。正直、新月の日が此処まで暗いとは。


 木々の合間を縫うように歩きながら、時折リュックの肩紐をかけ直す。厚めのひざ掛けを数枚、ブルーシートに救急キット、予備電池に三人分の温かいお茶とおむすびを入れたら満杯になってしまった。



「ばーちゃん、疲れてない? 大丈夫?」

「お昼寝したから大丈夫さあ」



 その何処か弾んだような声に、ふっと肩が軽くなる。海が近付くにつれ、木々ばかりだった視界が徐々に開き始めた。頭上には溢れんばかりの星が輝き、これもある意味新月のおかげだな、と感嘆する。


 なんとか約束のフェンスまで辿り着くと、少し先の灯台からは仄かな明かりが漏れ出ていた。予想よりも長い距離を歩きはしたが、ばーちゃんの方が遥かに元気なまである。


 俺は塔守に『着いた』と一言送ると、光量の弱い照射灯が一本。灯台に近い場所に線を落とすのが見えた。



「ナナセくん、お待たせ」



 灯台が本来の役目を開始してすぐ、小さく揺れる明かりとともに声がかかる。口に懐中電灯を咥えながらフェンスを開錠する姿は、まるで某怪盗のようだ。



「こっちこそ、遅くなってごめん」

「全然。僕も手間取ってたから丁度良かった。お日乃さんも。夜遅いのにありがとうございます」

「こちらこそ、誘うてくれてありがとねえ」



 三人で其々挨拶を交わしながら敷地内に足を踏み入れると、まず海の近さに驚いた。流石、海抜零メートル。


 照射灯で部分的に明るいとはいえ、殆どが漆黒の世界だ。何処に何があるかくらいは分かるが、海は星が落ちても飲み込まれそうな程黒い。



「よく明かりつける許可おりたな」

「塔守家って一応専門業者だからさ、今日はメンテナンスって名目でね」



 苦笑しながら灯台を見上げると、続けて「まあ、もうしないよ。真摯に仕事してる人達に失礼だから」と呟いた。それを聞きながらリュックの中からブルーシートを取り出すと、一先ず危なくない場所に広げていく。


 目の前の海からは、波がぱちゃん、と何度もぶつかる音が響いた。台風が来れば、この灯台は頭から波をかぶるのだろう。


 ひざ掛けを敷いてその上にばーちゃんを座らせると、体が冷えないよう残りのひざ掛けで包みこんだ。



「ナナセもこっちゃおいで。ほら、アキラちゃんも」



 ばーちゃんがぽんぽんと膝を叩くと、俺らは互いに顔を見合わせながらその両隣に座った。余った膝掛けが肩にかかる。


 塔守曰く、照射灯の明かりは稼働当時よりもずっと手前に向けているらしい。レンズの等級が元々一番小さい上に劣化が激しく、角度を変えないと光が海に届かなかったそうだ。


 確かに控えめな明かりがほんのりと海を照らしている。温かく静かで、その空気感は妙に心地良い。



「はい、二人ともお茶。ばーちゃん特製おむすびもあるけど、とりあえずお茶は熱いから気をつけて」

「あっ……、ありがとう」

「ありがとねえ」



 湯気をふわりと空に舞わせながら、注いだお茶を渡していく。「熱っ」と呟かれた声に自然と口角の上がりを感じた。



「そういえば此処ら辺って、隣町の灯台と違って船は見えないんだな」

「ああ……、ちょうど航路から外されてるんだ。何ていうのかな。元々船を通さないようにするのが、この灯台の役目だったんだけど」



 さらりと言われた言葉に幾許いくばくかの疑問が生じる。普通灯台というのは、漁に行った者が帰ってこられるようにとか、船の安全を守る為にあるんじゃないのか?


 そんな此方の疑問を察してか、波と潮の匂いに混ぜるよう塔守は答えた。



「船を通さない為っていうのは、船の安全の為でもあったんだよ。特に当時はね」

「岩場が多いわけじゃないだろ?」

「クジラが多いんだ。衝突事故もあったんだろうけど、クジラが海面を跳ねた波で転覆することが多かったらしいよ」



 ふうん、と納得したところで、ばーちゃんが「ナナセ、ナナセ」と焦ったように呼んできた。その上擦った声に一瞬驚いてしまったが、視線の先。海面に青白く発光する何かが跳ねているのに気がついた。


 照射灯がほんのりと照らす光を中心に、数多の青い光が揺蕩っている。消えたり、光ったり。一瞬星が降ってきたのかと思った。



「星、降りそうで良かった」

「え?」



 塔守の安心した口調に思わず顔を向けると、暗い海の奥からサアァ、っと何かが迫り上がるような音がした。



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