第六話 夢を見た。

 夢を見た。


 何かよく分からない夢を見て、私は目を覚ました。


 うっすら目を開けると視界に入るのは、見慣れない襖。淡いクリーム色で、その上に、あれは何だろう。何か足元の部分に花が描かれているのだと思う。その手前に白い箪笥があって、濃い茶色のローテーブルがあって、クッションもあって。昨日よりは幾分すっきりしている頭が、この場所がどこかを教えてくれる。


 梓晴ヂーチンさんと俊宇ジュンユーさんの、料理屋さんの二階。昔、娘の美恵メイフェンさんが使っていた部屋。昨日、わざわざ、使っていいよと言いに来てくれた部屋。私を家に招いてくださった梓晴さんも、その旦那さんの俊宇さんも、それから娘さんの美恵さんも、皆さんとても優しい。とても暖かい。


 目が覚めたらなんとなく、昨日よりは頭がすっきりとしているのが分かる。昨日よりすっきりしているというか、昨日がどれほどぼんやりしていたのかが分かるというか。渦中にいる時は分からないけれど、振り返ると霧が晴れているのが分かる、そういう感じ。


 起き上がって、伸びをして。着替えて軽く身だしなみを整えて、階下に降りる。今日のワンピースはオレンジ色。袖は肘までで、裾に飾りリボンがついている。髪の毛は昨日と同じようにハーフアップで、緑色のエクステのついたポニーテールリングをひっかける。


「あらおはよう」

「おはようさん」

「おはようございます」


 おふたりはすでに起きて、梓晴さんは軽くお店部分の掃除を、俊宇さんは仕込みを行っているようだった。


「うちはね、朝ご飯はやってないんですよ」


 そういうのはあっち方の通りに屋台村みたいなのがあって、そこを皆さん利用されているんだという。


多分茜チエンが思ってるほど店出てないぞ」

「そっちには屋台村っていう、楽しそうなのがあるのねえ」


 屋台村も色々行ったり見たり聞いたりした話だと、本当に屋台が村みたいに沢山ある場所から、その、屋台通り、とすら言い難い場所もあるので、と、テーブルを梓晴さんと一緒に拭きながら、口ごもってしまった。こっちは、どうなんだろう。今度行ってみたいな。


 お店の丸テーブルで、三人で朝ご飯を食べる。大きめのどんぶりみたいな器になみなみと注がれているのは、昨日頂いた豆乳スープをさらに煮詰めたものだという。豆乳はちょっと、おぼろ豆腐みたいになっていた。とても美味しい。


 それに揚げパンを入れたりお酢をさらに追加したりして食べる。まろやかでとても美味しかった。


昨日堪カンさんから渡されていた書類なんですけど」

「ああ、あれか。ほとんどは書類の説明だったな」

「どんな書類でね、どこに何を書いてね、どこに提出するかをとても丁寧に書いてくださっていてねえ」

「あれはたぶん、あれだ。来訪者は滅多に来ないって言っただろ? でも全然来ない訳じゃないから、細かく書いておかないと、役所の方でもわかりづらいんだろうな」


 やっぱりこっちにもお役所はあるんだ。いやまあひとが生きているのであれば、規律は必要だろうから、あるんだろうけれど。まあ書類よりも書類の説明の方が多くなるのは、ありがちなんだろうな。


「まずは、俺たちの情報だろ」

「茜ちゃんを預かるわけですからね。私たちの情報もちゃんと手続きしないといけませんから」

「どこに住むとか、家の場所もそうだけど、個室があるかとかも記載があったな」


 住処の場所をちゃんと提示しておくのはとても大事であると思う。何かあった時に、連絡が取れないのは、とても良くない。というより、所在不明になると、色々困る気がする。


「そういえば私の住んでいたところでも、引越しの時はあちこちに手続き必要でしたけど。個室までは」

「いや別に個室じゃなくても問題はないと思うが、ほら、他人だからな」

「あなた!」

「だって嫌だろう、うら若いお嬢さんだぞ」


 なんかちょっと、話が脱線している気がする。


 私だけじゃなくて、以前の来訪者の方々を預かった方々も、まあ何と言うか、同じ部屋で過ごすのは多少気まずいのはあったのかもしれない。気まずいというよりは、なんかあったのかもしれないな、と思ってしまう。


 ルールが制定されている、ということは、制定する必要があった、ということだから。


「後は、そうだな。昨日ほら、美恵に見せてたから知ってると思うけど、茜にかかった分は申請すれば役所から金が貰えるって話があってな、それについてとか」

「ああ、あれは説明沢山ありましたねえ」

「私にかかる費用というと、どこからどこまでなんでしょう」


 生活だってしばらくは自分じゃどうにもできない。自立するためには、事前準備がどうしたって必要になる。そのために今日は午後から色々と買い物に連れていってもらうことになっている。後は、今食べているご飯だってそうだ。


「しばらくの間は端から端までだな。といっても上限があるし、飯代だって、朝昼晩と合わせて一日いくらと見積もって何日分、って形で申請くださいって書いてあったな」

「私たちだけが贅沢をして、来訪者の方に食べさせない、っていうのはよろしくないですからねえ」

「あ、妥当なお値段だったんですね」

「うちは料理屋だからな。まあ、ちょっとな」


 店頭で個別にちょっとずつ購入するより、契約して大量に仕入れる方が安く上がる、というあたりなのだろう。にやり、と、俊宇さんが笑う。まあその辺りは妥当なお話で、特定のお仕事をされているならお金は支払いませんよ、とか、やる訳にはいかないだろう。


 福祉っていうのは、そういう物のはずだ。これが福祉なのかどうかは、ちょっと自信がないけれど。


「その分、プロの料理人のご飯を頂いているわけですから」

「お、そこを分かってくれるか。お代わりいるか?」

「ありがとうございます。足りてます」


 多少の役得はあってもいいだろうと思う部分と、自分でお支払いをしないで美味しいご飯が食べられるという部分が、潔癖なひとなら憤慨するのだろうけれど。生憎私はそこまでキレイ好きではないので、ラッキーだと思うのみである。ありがとう、先人たち。

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