第四話 お店のドアがノックされる。

 こんこん。


 お店のドアがノックされる。そうして引き戸をがらりと開けて入ってきたのは、白い服に黒いポンチョのカンさんだ。


「お待たせしました。今大丈夫ですか?」


 私は四人掛けの丸テーブルの、壁際に丸椅子を置いて座っていた。その隣に梓晴さん、さらにその隣に俊宇さんが並び、三人の向かいに堪さんが座る形になった。面接だろうか。似たようなものかもしれない。


「まずは遅くなったことをお詫びします。いや、意外に必要書類が多くてですね」


 先ほど広場であった時とは違い、堪さんは肩から斜めに鞄をかけていた。そこから、布袋に入った何かをさらに取り出す。かなり分厚い。


「おふたりにはこちらに目を通していただいて」

「あらあら」

「必要事項を埋められる範囲で埋めていただけたらと思います」

「埋められる範囲でいいのかね?」

「まあ、分からないことは、分かりませんから」


 おふたりは堪さんから書類を受取って、書類というからには書類なのだろう。目を通し始めた。その間に堪さんはにこにこと笑いながら、出されたお茶に口を付ける。


「さて茜さん」

「はい」

「多分まだ頭がぼんやりしていて、何もかもが向こう側で、よく分からないと思います。これからお話することは、いつでも聞きに来て下さって構いません」

「ありがとうございます」


 温かいご飯を頂いて、少し頭はすっきりしている。それでもまだまだぼんやりと、してしまうことが多かった。


 それを分かっているのに、教えてくれる、というのもありがたい。なんだろう。慣れている?


「順を追って説明した方がいいんでしょうが、気になっているだろうことから行きますね。

 あなたのような、ここではない場所からいらした来訪者は、それなりにいます。数十年から百年にひとりかふたりいらっしゃいますね。私がお会いするのは茜さんで三人目になります」

「結構来てるんですね」

「いらしてますねえ。なのでこちらから伺うことなども、割と体系化しているんですよ」


 そういうこともあるのだな、と、どこか他人事のようにぼんやりと考える。当事者のはずなのに。


 いや、その書類に記入するのは私じゃないから、当事者意識がないのだろうか。それともまだ、ぼんやりしてるせい?


「死んだときのことは覚えてますか?」

「私死んだんですか?!」

「あ、その反応だと多分亡くなられてないですね。亡くなってこちらにいらした方は、割と自分がどういった風に亡くなったかご存じなんですよ」

「車に、はねられたとか」

「私がお会いした方は、お子さんとお孫さんと曾孫さんに、総勢二十ふたりだったかな。囲まれて亡くなられた、と仰ってましたよ」


 大往生!!


 そんな方とか、来るんだ。


 堪さんは、他にも色々なパターンがあるから、興味があったらいらっしゃいと微笑まれた。どこに。


「ここから丁度、あっちの方にですね。街を挟んで反対側に、私の暮らす寺院があります。何かありましたら、そちらまでどうぞ」

「分かりました」


 ここからだと北東くらいの方角で、まあ誰に聞いてもどこにあるかはわかるから、と、堪さんに教わった。街の名所的な場所なのかな。


「私は、帰れるんでしょうか」

「どうでしょう。帰られた方も残られた方も往復された方もいらっしゃいますので」


 それはおいおい探っていきましょう。


 というのが、堪さんの返答であった。個体差がある、ということらしい。


「気になるのは、その辺ですかね。じゃあ、次に気になりそうな、ここがどこか、というお話をしましょうか。

 天帝様がおわす天界、そして茜さんが生活されていたであろう地上、ここは丁度その間にある場所になります。幽界ですとか、幽世ですとか、なんか色々な呼び名があるみたいですね。ここはその中の一つの街、です」

「ねえ堪さん。仙人様が暮らす場所も、別なんでしたっけ」

「そうですねぇ。天仙の方は天界にいらっしゃることもありますし、地仙の方は地上にいらっしゃいますし。私なんかもその、仙人になるための修業中の身といえば、そうかもしれませんしねえ」


 仙人。


 聞いたことがあるかもしれない。


 それは近隣の国のおとぎ話じゃなかったか。確か小学校の頃、図書室にそんなことが書かれた本が、置いてあった記憶がある。読んだかどうかはよく覚えていないけれど、少しは読んだんじゃないだろうか。知ってるって、事は。


「今お話しできるのは、その辺りですかねえ。あ、そうそう。他にも街がいくつかはありますが、昼でも夜でも、渡航しようとなさらないでください」

「危険なんですか?」

「ああいえ別にね、何か危ない生き物が徘徊している、とかではないんですよ。茜さんの髪の毛は黒いでしょう? 青い髪か緑の髪だったりすると、大丈夫だったりもするんですけれど」


 よく分からないなりに、堪さんの髪の毛をよく見ると、ほんのり緑がかっているようにも見える。緑の黒髪、という奴だ。漫画の表紙とかだと分かり易いけれど、こうしてみるとよく分からない。


「なんか、気持ちが悪くなる、らしいんですよ」


 街と街を繋ぐ馬車のようなものも走っているから、街同士を行き来している者もいる。手紙や小包なんかのやり取りももちろんある。


 ただ自分は、街の中だけにしておいた方が無難である、ということのようで。私だけじゃなくて、大半のひとがそう。梓晴さんと俊宇さんもそうだと言った。


 堪さんはそれから、書類を見ていた梓晴さんと俊宇さんからの質問にいくらか答えて、帰っていかれた。俊宇さんが夕飯を何か包むから持って行くといいと言い、堪さんが辞退し、梓晴さんが駄目押しし、堪さんが折れて、お土産を持ってほくほく顔で帰っていかれた。


 なんかそういうやり取りは、どこも変わらないんだなあ、なんて、お茶を飲みながら笑って眺めていた。

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