第3話:双子の勇者

 昼下がりのオフィス街を一台の車が走っていた。白いハイエース、どことなく、工事業者の作業車を思わせるその白い車はスーツ姿の男性三人、小太り、ひょろなが、眼鏡の男はもらった地図に従って、ビルの駐車場に向けて走っていく。


 風を切りながらビルの合間を走る。そうしている内に一軒のビルに到着した。


 ビルの側面、大きく口を開けた地下駐車場に車は入っていく。


 薄暗い地下。来客以外には使われていないのか、妙に駐車場は空いていた。


「でかくねぇ?」


「でかい。」


「前の会社より明らかにデカい。SBみたい。」


「ね、げに恐ろしきは家族のコネよ、世の中はいつでも不平等ですわ。」


 ぞろぞろと車から降りる。車の時計は、待ち合わせの十分前を指している――ちょうどいい時間だ、今日も占い師様の予言に外れ無し。


「ネクタイ曲がってねぇ?」


「……OK、こっちは?」


「ダイジョブです。行きますか。」


 年甲斐――まあ言っても二十代半ばだが――もなくウキウキした気持ちでエレベーターに乗る。


 たどり着いた一階には、ここの社員だろうが行き来している。大きな会社なだけあって、彼らが着ている物よりも明らかに高いスーツを着ているその姿は毅然としたものだ。


「肩で風切って歩いてらっしゃる。」


「あからさまにエリート。」


「俺らカネなしブルーカラーの場違いさよ。」


「――どうせ、先輩方も買えるようになるんですから気にしなければいいのでは?」


 そんな一言に、彼らの視線が後ろに向けて振られた。


 そこにいたのは珍しくスーツ姿の少女――いや、白雲ゆかりだった。


 歳相応かもしれないが、小さな背丈のせいで妙にアンバランスに見えるそれにも、三人の男は気にした様子なく応じる。


「お、お疲れ様で。」


「お疲れ様です。ジャストに来ますね。」


「狙ったからな。」


「五分前行動とかご存じでない?」


 そう訊ねる後輩の少女に、眼鏡の男が悪びれもせずに答える。


「僕らはあれですよ、常々主役は遅れちゃって来るという言葉と共に生きてますので。」


「遅れちゃっているのは問題なのでは?僕はいぶかしんだ。」


「そのなんか、顔文字になりそうな顔やめろ、腹立つから。」


 などとじゃれあう三人に、ゆかりの顔がほころぶ。


 まったく、学生の時から変わらない人たちだ。


 くすくすと笑う彼女に、小太りの男――扇雄介が訊ねた。


「で、そこのお嬢さんが例の?」


 ゆかりの後ろを追う少女に目が移る。見覚えのあるブレザーを着た二人の高校生だ。近場の進学校の生徒らしい。


「む、ええ、そうです、この子が先輩方とチームを組むうちの新人にして私の従妹の黒土灯と御影――世にも珍しい双子かつ『未遂者』の勇者です。」


「あ、ども、黒土灯です。お姉ちゃんからお話は伺とります。」


「えっと、黒土御影です、お姉ちゃん共々お願いしますっ。」


 片や泰然と、方やかすかに緊張のにじむ面持ちで二人の少女が告げる。


 なるほど、確かに勇者だ。


 灯と呼ばれた関西弁の少女――住んでいるところは同じはずだが、なぜ双方で話し方が違うのだろう?――は赤の、そして御影と呼ばれた方は月明かりのように白い髪をショートにして風になびかせて、二人ともゆかりと同じように背の低い姿で頭を下げている。


 方や自信満々に、方や自信なさげに顔をゆがめる二人の少女は、しかし、まったく同じ顔立ちをして、その双方が美しかった。


「……そっか、そういうことだったんだなぁ。」


「……なんですその妙に慈しみに満ちた目は?」


「いや、その……」


 哀れみに満ちた声が、小太りの男から放たれる――明らかなからかいの表情と共に。


「君の体型は、遺伝だったんだなぁと。」


「おう、なんだ小太りヒーロー、人の体に異議があるなら聞いてやろうじゃないか。」


「異議はないです、哀れみがあります。」


「なんだぁ、てめぇ……?」


 突如じゃれあいだした二人をよそに細身の男と眼鏡の男が楚々と頭を下げる。


「あ、初めまして、七星 一也(ななほしかずや)です、慣性残響の精霊で、『インパルス・バングル』こと正義の味方二号になります、以後よろしく。」


「あ、天塚 新(あまつかあらた)です、使用精霊は光圧の精霊。『ルモス・ベセル』こと正義の味方三号です。以後お見知りおきを。」


「あ、ども、黒土灯です。えっと、一応勇者やっとるもんです。あの、一応聞いておきたいんやけど――」


 瞬間、空気が凍った。


「『うちらの』お姉ちゃんとどんな関係なん?」


「『私達の』お姉ちゃんとどんな関係なんですか?」


 ――殺気。


 肌が泡立ち、唇が引きつる、舌が絡まり、皮膚が痙攣する。


 心臓とみぞおちに冬の北極海の物よりも冷たい冷水を流し込まれたように冷える――心臓の弱い者ならこの場で生命を投げ出してしまうような、殺意。


 腰が、かすかに沈む、足は肩幅、呼吸は充実、肩を少し開き、腰を軽く曲げる。


 傍らの小太り男とがり勉眼鏡に視線を送る……向こうも気勢は十分らしい。


 最低限の確認を終えて、七星と天塚は――


「ん、いや、どんなって言われても、普通に先輩後輩だけど。」


「特殊な関係ってこともありませんけどね、付き合いは小学生からなので長いですけど。」


 ――まるで、何の恐怖も感じていないかのように、至極当たり前だと言わんばかりに、気にも留めていないかのように、返事をした。


「――ね、腐れ縁よな。」


「まあ、そんな感じですね。」


 いつのまにやら、二人のもとに合流したらしい、ゆかりと雄介も加わって告げられた一言に、二人は面食らったように黙った。


「……あれ、思ったよりやる感じやろか?一人ぐらい心臓止めたろ思たんやけど……?」


「……かも、じゃなきゃびっくりするぐらい鈍感とか……?」


 そういってひそひそと語り合う二人の少女に、かすかに苦笑する――別に大したことではない、本気の殺意であることも、ことも、察しがついたに過ぎない。


 そのうえで、彼らが構えたのは――無自覚に殺しをするのなら止めるべきだと思ったのだ。


 彼女達からすれば、自分達だけを狙った攻撃のつもりだろうが、勇者というのは往々にしてやり過ぎるきらいがある。これほどまでの殺気をばらまけばそうと認識せずとも、隊長に不和が出る人間が必ず出る。


 扇が対処はしたが……これ以上強めるのなら、対処が必要だ。


 そんな二人を見つつ、三人の男たちは思う――なるほど、どうやら本当に勇者らしいな――と。


 彼女が勇者だったのを思い出す。圧倒的強者、生きた戦略兵器、人類の最大戦力、そう呼ばれる怪物。


 彼女たちに共通するある種の性質。


 勇者とは、どこかタガが外れた存在なのだ。


 ゆっくりと半身に開いて、膝を抜いていた構えを戻す――この距離で、変身無し、勇者相手に勝ち目があるわけがないが……それでも、三人は双子に対して、交戦の構えを取った。


 たとえ相手が何であれ、民間人が逃げる時間一つ稼げない人間はヒーローとは言わないし、彼らには『秘策』がある、構えを取る理由という物があるのだ。


 その姿を見て、ゆかりが雄介に尋ねる。


「……完成、したんですか?」


 彼らの『研究』と『研鑽』が実を結んでいるのか?


 そんな、疑念の一言に、三人は意味ありげに笑って見せた。

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