初めて、知ってしまったから。

碧月叶雨

第1話なんで俺が恋リアに。


「のん様、恋愛リアリティショーに出る気はないですかい?」

「⋯へ?」

 自分の手帳に来月の予定を書き込んでいた俺はマネージャーからの聞きなれない言葉を聞いて思わず間抜けな声を出してしまった。


 …まさか俺が恋愛リアリティショーに出演するなんて夢にも思わなかった。


俺は速水暖はやみのん

 普通の公立高校に通う二年生だ。

俺が普通の人とは違うところと言ったら、まぁ自分で言うのもあれだけど顔が良いことと、芸能活動をしてるってところかな。

 

 中学三年生の秋頃。

 俺はTikTokで大バズりした。というのも中学のサッカー部のメンツが悪ノリで俺が踊っている動画をTikTokに上げたところなんと30万回再生越えの大バズり。

 それから俺はちょくちょくTikTokにサッカーの様子やダンス動画をあげるようになった。気づけばフォロワーもどんどん増えてきて、ファンからはいつの間にか、ダンスもできるサッカーイケメンとして"のん様"なんて呼ばれるようになっていた。


 そして高校一年の夏にある芸能事務所からウチに入らないかと誘われた。その事務所は結構大手のところのようで調べてみると有名なインフルエンサーやモデルがたくさん出てきた。

 こんな機会もう一生ないと思ったし、元々芸能界にはちょっと興味があったから俺はその事務所に入ることを決意した。


 それからというもの、芸能活動を本格的にやりたいと思った俺はサッカー部を辞め、芸能活動に専念することを決めた。芸能活動をするにあたり、こんなところでヘマをしたくないと思った俺はそれまで割と作っていた彼女をからっきし作らなくなった。


 だから恋愛と縁がなくなってしまった俺に恋愛リアリティショーの誘いが来た時はさすがに趣味の悪いマネージャーの冗談だと思ってしまった。

 

「佐々木さん。それ…ガチっすか?」

 

 俺が疑いの目を受けながら俺のマネージャー──佐々木さんを見ると、彼は真っ黒のサングラスからこっちを見つめながらニカっと笑った。

 

「なんと…ガチっす…」

「……俺別にあなたに心配されるほど恋に飢えてはないと思うんですけどねー。むしろ俺は佐々木さんの方が心配っすけど?」

「えひどぉい。おじさん気にしてるのにぃ」

 

 佐々木さんはサングラス越しに目を当ててうえーんと泣いたふりをしている。まったく。いい歳のおっさんが何してんだか。

 

「…とまぁ冗談は置いといて。この話ガチだから」

 

 急に嘘泣きをやめて佐々木さんは椅子に足組をして座りながら、サングラス越しに俺を真っ直ぐに見つめて言った。もうすぐ一年ぐらいの付き合いになる俺にはわかる。今のこの人の表情はガチのやつだ。思わず俺も姿勢を正して椅子に座り直した。

 いつもはふざけてばっかだけど仕事の話になると急に真面目になるんだよねこの人。

 

「え…まじで恋愛リアリティショーから連絡来てんの…?」

「そうだよ。しかもYouTubeで人気の恋愛リアリティショー番組『1週間後またここで。』からのお誘いですよ。のんちゃん知ってる?」

「いや、知ってるも何も『週ここ』なんて超有名番組じゃん」


 YouTubeで有名な恋愛リアリティショー番組。

『1週間後またここで。~放課後、君に会いに行く~』

 略して『週ここ』

 この番組は今が旬の中高生を集めて週に一回放課後に秘密の学校に集まって恋愛や青春をするというコンセプトだ。若い男女の甘酸っぱい恋を身近で感じられる為、若者だけでなく親世代にも大人気の番組で、その人気は放送される度にYouTubeの週間再生回数ランキングの上位にランクインするほどだ。


 そんな大人気番組から俺に誘いが来た…?

芸能界に本格的に入ってからそこそこ知名度は上がってきているとは思っていたが、まさか『週ここ』に見つかるほどだったとは。

 自分がここまで知られるようになってきていることに俺は嬉しくなった。


「どーする?俺的には絶対受けた方がいいオファーだと思うんだけど」

「…いやまぁこんな機会滅多にないし俺も受けた方がいいとは思うんだけど…」

「思うんだけど?」

 何が嫌なのかと首を傾げて佐々木さんは大きな真っ黒いサングラスの奥から俺をじーっと見つめた。

「いや…俺さ、芸能界入ってから彼女まじで作ってないんよ。だから女の子との接し方があんま分かんないって言うか…」

「え。のんちゃんガチで彼女作ってないんだ!えらいねぇー」

 謎に佐々木さんが嬉しそうに声を弾ませて聞いてくる。

「うんまぁね。芸能界入ってからも高校で告白されたことは何回かあったけど今忙しいからって言って全部断ったし。まぁ中学の頃は割と彼女いたんだけどさ、」


 佐々木さんはふぅんと言いながらピクっと眉毛を動かしていたが、俺は構わずに続けた。

 

「実はそれ全部向こうから告白してくれたやつでさ。別に嫌いな子なんていなかったし俺に告白してくれた子達みんな可愛かったから断る理由なんてないしなーって思って告白される度に付き合ってはいたんだけど、まぁ上手くはいかなくてさ。今思うと俺から好きになったことってなかったなって思うんだよね。だからちゃんと好きな子自分で見つけられるかなーってちょっと心配になっちゃってさ」


 俺はいつだって付き合った子達に別れ話をされる側だった。

 

「暖君ってほんとに私の事好きなの?」

 

別れ話を切り出す子達はみんな口を揃えて俺にこう言った。どうやら俺は本気で彼女達を好きなようには見えなかったらしい。

 そんなつもりはまじでなかったけど、俺は正直”好き”という感情にいまいちピンと来たことがない。


「どう思う?佐々木さん」

「……チッ」


 佐々木さんは急に大きく舌打ちをして、バッと椅子から飛び上がったかと思うと、仕事用のパソコンに何やらカタカタカタッと文字を打ち始めた。


「え…ちょ…なに急に…なにしてんの…」


 急に何をしているんだこの人は。俺は結構真面目に相談しているのに…


「ウンウン、そうだよね!彼女で困ったことなんて一度も無くて、むしろ女の子の方から寄ってくる天下ののん様でも、恋愛リアリティショーに出るのは緊張するよねー!女の子達にモテモテになって自分を賭けた争いとか起こっちゃったら嫌だもんねー!!」

「はぁ!?俺そんなこと言ってねーだろ!話聞いてた?!てか俺そんなこと思ってねーし!」

「はいはい。のん様は顕著で素敵デスネー」


 ダメだ。今この人に何を言っても響かない。

 多分俺は佐々木さんの何かしらの地雷を踏んでしまったっぽい。

 

「佐々木さんどーしたんだよ急に。とりあえず1回落ち着こうぜ?な?」


 俺は佐々木さんをなだめようと彼の隣の椅子に座った。すると佐々木さんは手を止めてこっちを見てにこりと笑った。

「のんちゃん…お前は素敵な悩みを持っているな」

「お、おう…」

 

「でもな!」

 カタカタカタ

 

 また佐々木さんは高速タイピングを始めた。

 

「お前の贅沢な悩みで悩めるほど!」


 カタカタカタカタカ


「この世界甘くねぇんだわ!!」


 カタカタカタカタカタ


「まじで芸能界!!」


 カタカタカタカタカタカタ


「舐めんじゃ!!」


 カタカタカタカタカタカタカタ


「ねぇ!!!」


 ダンッ


 事務所全体に熱を帯びたような渾身のEnterキーの音が響いた。

 

 佐々木さんはスッキリしたようでふぃーっとペットボトルの水をがぶ飲みしている。


「あの…佐々木さん…何してたの…?」


 俺は佐々木さんのボサボサの黒髪の頭を見上げながら恐る恐る尋ねた。佐々木さんは俺の方を振り返っていつものニカッという笑顔を浮かべた。


「もちろんそんなの決まってるじゃないですか。『週ここ』にお返事書いてたんですよ。ぜひ出演させていただきたく存じますってね!」

 は……?

「はァ!?おっさん何勝手に出演OKしてんだよ!俺まだやるって言ってないよね!?」

 勝手に出演OKのメールを送った佐々木さんにさすがに俺も大声を出してしまった。

 何勝手に決めているんだよ!俺はまだやりますなんて一言も言っていなかったのに。

 

「いーや!心配とか言ってたけど、正直のんちゃんやらない選択肢なんて"ほとんど"なかったでしょ?顔見りゃ分かるもん。なら早く返信しといた方がいいじゃん」

「う………まぁこんなチャンスないし受けようとは思ってたけど…」

「ほらね。俺は知ってたよ」

 まるで自分の気持ちを見透かされたようでちょっと恥ずかしくなった。妙なところで鋭いんだこの人は。

 実を言うと俺は少しこの番組に出るのが怖かった。この恋リアに出たことで俺の世界が変わってしまうような気もしたから。だから佐々木さんが強引に引き受けてくれて少しだけ安心してしまったのも事実だった。もしかしたら勝手なようには見えるけど、本当は俺の気持ちを最初から分かってて、返信してくれたのかもしれない。


「…それに余裕でいられるのも今のうちだからな。お前は恋リアに出ても無双できるとか思ってるかもだけど恋リアに出るやつなんて超絶イケメンばっかなんだよ。好きになった子イケメンに取られて悔しい思いでもしとけ!」

「やっぱただの私怨じゃねーか!」


 さっきちょっとでも佐々木さんすごいなとか思った自分を殴りたい。

 あんのサングラスジジイ覚えとけよマジで。ここまで来たらもうやるっきゃないな。ぜってぇ『週ここ』でいいとこ見せてあの人に悔しい顔させてやる。


 こうして俺はマネージャーの"おかげ"で恋愛リアリティショーに出ることが決定したのだった。

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