第11話 髙山結美との別れ

 その夜――。

 夢の中で、結美は美結を膝枕していた。いつも以上に丁寧に念入りに、この時間を心に刻むように優しく触れる。

「ねえ、大事な話があるんだ。」

「珍しいね結美から話があるなんて。」

「…うん。」

 体を回転させ、お互いが向き合うようになる。結美は唇を震わせ、覚悟を決めて言う。

「実は、もう美結と会うのは今日で最後なんだ。」

 美結の目が点になる。

「そっか…。何となく、終わりが近づいているのは感じてた。」

 美結が結美の腰に手を回し、顔を隠すように引き寄せる。

「でも、嫌だよー。ずっとずっとずっと一緒にいたいよー。一緒にいてよー。」

 幼稚園児のようにワンワン泣きながら、必死にお願いする。

「そうだね。私も美結とずっと一緒にいたい。」

「なら、一緒にいてよー。離れたくないよー。」

「…うん。私との約束覚えてる?」

 美結はイヤイヤと横に振っていた首を縦に振る。

「『美結が本当に困ったときに助ける』って。でも、もう大丈夫。もう美結を傷つける人はいないから。」

「そんなことない。これからも結美に助けてほしいー。」

「それじゃあダメなんだよ。美結が自分で成長していくことを私が奪う訳にはいかないんだ。」

「だって、だって…。」

「もう美結も分かってるでしょ?これからは美結が自分の足で歩いて行かなくちゃいけないんだ。大丈夫。私は美結の一部なんだよ。だから美結の中でずっと見てるから。私が誇れるような美結になってほしい。」

「うん。でも、私知ってるんだよ。小川さんからのいじめから助けてくれたのも、柴崎君が協力的になったのも、武田先生が嫌味を言わなくなったのも全部全部結美がしてくれたんだよね?私はそんなにうまくできない。」

「上手くなくて良いんだよ。チャレンジして失敗して、それでも諦めないで、もう一回チャレンジして。少しずつ成功に近づいて行けばいいんだよ。大丈夫。美結は強い子。必ずできる。だって私が一番大事で、愛して、信じている美結なんだから。」

「私、知ってるんだよ。お母さんはもう帰って来ないんでしょ?」

「…うん。多分そろそろ遺骨が見つかるだろうから、美結は美結の正直に答えると良いよ。」

「小川さんは何か私のこと避けてる。」

「うん。あの子は私も苦手だね。」

「柴崎君は私の近くにいるけど、私を見てない。」

「そうだね。きっと私と話したいのかも。」

「武田先生は私に怯えてる?」

「うん。何かあったら少し強めに言うと良いよ。」

 美結と結美が答え合わせをしていく。所々、結美が冗談のようにアドバイスをする。

「…でも、私の約束をまだ果たしてない。『結美をここから解放する』って」

「――っ。」

 そう、美結との約束は双方向だった。片方だけで一方的に終わらせるのは不本意である。

「私は美結の体を使って、いろんな事をした。他人や世間には言えないような悪いこともした。でも、その中で触れたことのない物に触れ、嗅いだことのない香りを嗅いで、食べたことない物を食べた。短い時間だったけど解放してくれてたんだよ。だから――。」

「でも、私が結美から貰ったものに比べたら、全く足りてないっ。」

「そう思うなら、今度はAが目一杯幸せになって、私にも少し分けてあげたいって、こんなに幸せだよって知ってほしいって思った時には、また私を呼んでよ。その時、本当に私を解放して。」

「うん。絶対、絶対呼びに行くから。どんなに時間がかかっても、必ず幸せになるから。だから見てて。結美の分までちゃんとやるから。」

 美結が立ち上がり、涙を拭く。こちらを向き直り、満面の笑みを浮かべる。結美も立ち上がり、ギュッと強く、それは強く抱きしめる。

「これだけは覚えていて。私は髙山結美を愛してる。」

「うん。私も髙山結美を愛してる。」

 余りに強い愛情。恋愛を上回る見返りを求めない愛が確かにそこにはあった。

「だから、”さよなら”は言わない。」

「うん。」

「またね。」

「うん。またね。」

 二人とも笑顔で別れを告げ、お互いが後ろを向き、走り出す。お互いの頬に涙が伝う。

「ねえ、やっぱり―。」

 美結が振り返ると、もうそこには結美はいなかった。

「―そうか。じゃあ、私が髙山結美に、いや、髙山結美を超えていかなくちゃね。」

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2026年1月14日 20:00 毎日 20:00

結美がくれたもの~どん底の美結が起こす下剋上~ 葛西末武 @kasai-suetake

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