第4話 補講の後で
私を見つめる田中くんが期待する答えはわかる。
でも、みんなが言うDDiが飯田先生の幸せを願うものであれば、答えは決まっている。
「田中くんの言いたいこともわかるし、2人が結ばれたら素敵だと思う。だけど、現実的なラインは下げざるを得ないと思う。」
私は、喋りながら、私の中の心の形が、大きく膨らんだり、しぼんだり、丸くなったり、ギザギザになったりするのを感じながら、何とか最後まで言い切った。
「藤原もかよ。四条が本当にいい奴なら伝わるよ。やる前から、自分の価値を決めて、勝手に引く必要なんかない。」
立ち上がった田中くんは、興奮が収まらないようだった。
「落ち着けよ田中。いい奴同士ならわかるとか、そんな子供じみたことないってわかるだろ。」
「そうよ、もう少し現実的な着地点を…。」
山田さんが最後まで言い終わる前に、田中くんは席を立った。
「もういいよ、俺は俺で動く。別に手伝ってくれなんて言ってない。」
田中くんは、そう言うと自分の荷物をひっ掴んで、お店を出て行こうとした。
「お前少し変だぞ。何でそんな興奮してんだ。」
私も田中くんを引き止めようとしたけれど、硬直した私の体は微動だにしなかった。動き出そうとする田中くん、止めようとする佐藤くんと山田さん、そのどちらでもなく、端境で行き先を決められない私には、そのどちらもが遠かった。
田中くんは2人の言葉を振り切り、そのまま店を出て行ってしまった。
「どうしたんだよ、あいつ。何する気なんだ?」
椅子から立ち上がり、田中くんを目で追いながら、佐藤くんはつぶやいた。
「あいつ、多分、諦められたんだよ。」
急な山田さんの言葉に、佐藤くんも私も、山田さんを見た。
「あいつ中受してて、結局、親が納得できるところに入れなくて諦められたんだと思う、多分。」
佐藤くんの顔に戸惑いの色が浮かぶ。
「なんでお前がそんなこと知ってるんだ?田中と同中か?」
「いや、全然別。だけど中受の塾で2、3度見かけたことがあったから、塾は一緒だったと思う。」
山田さんは田中くんが去った席を見つめながら、手元でストローの袋を丸めていた。
「中受っていうとさ、関西だと、灘や四天王寺を目指すイメージがあると思うけど、中受してる奴の中にも、賢くない奴はきちんといるんだよ。」
私たちは何と言っていいのかわからず、山田さんの話を黙って聞いていた。
「中受に限らないけどさぁ、教育熱心な親ほど、納得するラインに届かなかった子供に対して、その思いが反転して諦めるんだよ。あいつが公立中学に行ったのは、そういうことだと思う。」
「お前もか?」
佐藤くんは山田さんを見つめた。
山田さんは、顔を少し下に向けて自分の足元を見つめ、右足を少しだけ前後に動かした。靴と床の間で、わずかにジャリジャリする音が聞こえる。
「多分さ、あいつ、四条のとこに行ってるよ。それで馬鹿みたいに真正面から話をしてると思う。止めなきゃな。」
山田さんが鞄を持って立ち上がると、私たちも慌てて荷物を持って、あとを追いかけた。
学校に戻って校門を抜け、渡り廊下の先の1階の職員室前の廊下で、田中くんを探していた私たちは、そこで四条先生に出会った。
何か言わなければいけないと思いながら、何から話したらいいのか戸惑う私たちに、四条先生は、ちょっと困った顔をした。
そして、田中くんが来たこと、突然の話で驚いたこと、その話をしっかりと受け止めたこと、それに対して誠実に応えること、その誠実な応えを私たちにもわかるようにすること、そして何より、私たちが目の前の再追試に向け努力すべきことを丁寧に説明してくれた。
私たちは、四条先生の大人な対応に、これ以上、何も言うことがなく、誰も一言も発せずに、それぞれ帰宅の途に着いた。
次の日の放課後、私がDDクラスに着くと、既にみんなそれぞれ着席していた。田中くんは頬杖をつき、口に手を当て窓の外を見続け、佐藤君も山田さんも、誰も目を合わせない。私が音を立てないように席に座った時、教室の前の扉が開き、飯田先生が入ってきた。いや、入ってきたのは飯田先生だけではなかった。四条先生も一緒だった。バラバラだったみんなの視線が四条先生に集まる。
教壇に飯田先生が立ち、その横に四条先生がまっすぐと立つと、2人は私たちを見渡した。
「補講前に1つだけ。そうは見えないかもしれないが、私はお前らが心配してくれたことに感謝している。お前たちが背中を押してくれたから、きちんとしようと思う。」
そこまで一気に言うと、飯田先生は大きく息を吸い込んで、吐き出した。
「いや、アカンて飯田ちゃん。そんな飯田アタックは通じへんて!!」
そう言って立ち上がったのは山田さんだった。
そんな山田さんを四条先生は右手をそっと制して、話し始めた。
「みんな、少し行き違いがあると思う。先生は、飯田先生に、ずいぶん前から交際を申し込んでいるんだ。」
「え!?」
人間の目はこんなに真円になるんだとびっくりするくらい、山田さんの目は真ん丸になっていた。
「しかも2回目。1回、断られてるから。」
ますます山田さんの目が丸くなる。いや、きっと私の目も真ん丸だと思う。
「最初は、絶対受け入れてもらえるって思ってた。でも、完全に心を見透かされてた。若いから、イケメンだから、運動できるから、とにかく能力が高いから文句ないだろって思ってんだろって、少しも相手にしてくれなくて。」
そこまで言うと四条先生は、そっと飯田先生を見つめた。
「あの時はごめん。声をかけてもらえて、もちろん嬉しかったけど‥。」
飯田先生はそう言って、頭を下げた。
「違うんです。見透かされた僕の気持ちは、その通りだったと思います。だからこそ、この人だって思ったんです。そしてそれは間違ってなかったと、今も思っています。」
その言葉を聞いた飯田先生は頭から湯気が出るんじゃないかと思うくらい顔を真っ赤にして、蚊の鳴くような声で
「返事は補講の後でいいですか?」
と言った。
「な!な!俺の言った通りだろ。わかる人にはわかるんだよ。」
謎に偉そうに立ち上がり、私たちに勝ち誇る田中くんの後ろに、音もなく飯田先生が忍び寄った。
「田中、DDiは「ダメダメ飯田ちゃん」らしいな。お前だけもう一度、2年やるか?」
「え、いや、あの、ごめん、飯田ちゃん。」
「飯田先生!!」
「あ、はい、飯田先生、ごめんなさい。」
四条先生は、その様子を微笑ましく見つめ
「最後に、僕から1つだけ。美しいことや賢いことは人生を生きていく上で、きっと有用な武器になる。でも、そのことに目を奪われすぎて、それだけが尺度と思い込むのは、少し近視眼的な気もする。僕自身、飯田先生に教わったことだから、あまり偉そうにいえないけど。それじゃあ、補講を頑張って。あ、あと、ダメでも、みんなには報告はするから。」
そう言うと四条先生は、頭を下げて教室を出て行った。私は、自分が行動力に欠けるのは優柔不断だからと思っていたけど、実際は、近視が強すぎたからなのかもしれない。
飯田先生は四条先生を見送ると、私たちに
「再追試は、学校側が保護者との摩擦を恐れて易化する傾向にあるが、今回、再追試をつくるのは私だ。そんな不文律は知らねぇ。腹括ってこいよ、おまえら。」
そう宣言し、山田さんをまっすぐ指をさした。
「それから、誰が飯田アタックだって?」
「ごめん、飯田ちゃん。だって、そんな飯田ちゃんがモテるなんて‥。」
「意外だったか?」
「うん、かなり。いや、ごめんて。村一番の正直者だからさ、私。でも、これでDDiも解散だな。」
「そうだな、次はDDfやな。作戦考えないとな。」
そう言って田中くんは、私を見てニヤリと笑った。山田さんも、こちらを見ている。真っ赤になった私が下を向いていると
「DD「f」?fは福田さんか?福田さんと誰かをくっつけるのか?」
佐藤くんが田中くんと山田さんに質問する。
「アホ。なんで購買部のおばちゃんの心配せなあかんねん。ってか、あの人もう孫がいるやろ。」
「だいぶ手強そうやな。」
飯田先生もニヤニヤしながら、佐藤くんと私を交互に見つめている。
と、とりあえず、再追試を乗り切ろう。
佐藤くん1人だけを蚊帳の外において、飯田先生がホワイトボードに走らせるマーカーのキュキュという音を聞きながら、窓から刺す長い夕日に、私は秋の深まりを感じていた。
(おわり)
「DDクラスと恋愛偏差値」 イロイロアッテナ @IROIROATTENA
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