第三話 蒸気炉、青炎に吠える ─量産への野望─
地下第二層の暗がりを、脈動する赤紫の光が照らしていた。
起動から四十八時間が経過した動力炉は、今も巨獣のような唸りを上げ続け、周囲の岩壁に振動と熱を放っている。壁面には霜のような赤紫の結晶が一面に広がり、蒸気灯に照らされて幽玄な輝きを放っていた。
ウィルは炉心の制御盤にかがみ込み、細かなダイヤルを微調整している。七十二時間ぶっ通しで作業を続けた彼の目は充血し、手元がわずかに震えていた。
「レム、効率はどうだ?」
『〇・九四まで上昇したけど』結晶核レムが青い光で点滅しながら答える。『でも、あと〇・一が上がらない』
ウィルは眉をひそめた。
「〇・一。………なぜだ?」
『計算上は完璧なのに。数値的には理想値に到達してるはず』
彼は炉心の配管に手を当て、金属音を確認した。響きに微妙な濁りがある。古式ルーンを一筋刻み込むと、銀色の線が配管の腐蝕部を這うように広がっていく。
『それより、面白いデータが出てる』
「何だ?」
『マナ供給量が予想の一・七倍。かなり余裕がある』
「余剰マナか…」ウィルは疲れた声で呟いた。「動力炉の稼働にこれ以上のマナはいらない。無駄だ」
『無駄って言わないで』レムの声に少し不満が混じる。『せっかくだから何かに使ってみない?』
ウィルは再び精密調整に没頭し始めるが、レムは暇を持て余すように右往左往、無意味な動作を繰り返す。
そしてある時、彼女はふと思いついたように、ピコンと電子音を鳴らした。
『私のホログラム投影機能、試してみようか』
「ホログラム?」ウィルは振り返らずに答えた。「それを、一体何に使うと言うんだ?」
『人型出力が可能なの。古代AIは管理者とのコミュニケーション向上のために、親しみやすい外見を……』
「くだらん」
『まあ、そう言わずに』レムの声が楽しそうになる。『どうせマナが余ってるんだし、ホログラムの出力に割いても問題はない。暇潰しには悪くないでしょ?』
ウィルが作業する側で、レムはその球体を空中で制止させて、そのまま沈黙する。
耳を澄ますと、その内部で微弱な電子音と、物理的な稼働音が聞こえる。
密かに実験を開始したというわけか。
しばらくして、結晶核から蒼い光の粒子が舞い上がり、空中でゆっくりと人の形を取り始める。
最初はぼんやりとした輪郭だったが、やがて細部が精密に描かれていく。
蒼髪がロングで流れ、星屑のような瞳を持つ美しい少女。
古代の外套を羽織った、幻想的な姿だった。
『へえ……、なかなか悪くないね』
レムは自分の手を眺め、指を動かしてみる。次に髪をかき上げ、くるりと一回転してみた。その仕草が驚くほど自然で美しい。
「おい、何を………」
ウィルは言葉を失った。目の前に浮かぶのは、確かに美しい少女の姿。
『どう?意外と上出来でしょ?』
レムがくるりと回ってみせる。外套が優雅に舞い、髪が光を反射してきらめく。
「……上出来、だな」
くぐもった声ながらのウィルの感想に、レムの表情がぱっと明るくなる。
『あー、珍しく褒めてくれるんだね』
「実用的だ。指示がしやすそうだ」
『実用的って………。もう少しロマンチックな感想はないの?』
「ロマンチック?」
『美しい女の子が現れたんだよ?』
「………AIだろう」
『ひどいー』
レムが拗ねたような表情を作る。頬を膨らませる仕草さえ愛らしく、ウィルは思わず目を逸らした。
◇ ◇ ◇
ホログラム姿のレムとの視覚的連携で、作業効率は格段に向上していった。
『ここの微調整、もう少し右に』
レムがホログラムの手で精密な箇所を指し示す。その指先から微かな光の粒子が舞い、問題箇所を正確に照らし出す。
「その姿、悪くないな。指示がわかりやすい」
『でしょ?』
従来の音声だけのやり取りと違い、身振り手振りが加わることで、作業が驚くほどスムーズになった。ウィルが工具を取ろうとすると、レムが先回りして光で位置を示す。彼が迷うと、彼女が適切な手順をジェスチャーで教える。
これだけの違いが出るなら、将来的に蒸気炉を増設してマナの供給が不足したとしても、優先的にレムのホログラム投影のためにマナを割くだけの価値はあるだろう。
『でも、効率〇・九四の壁は越えられない』
「計算では完璧なのに、なぜ上がらない?」
ウィルは額の汗を拭い、その理由に頭を巡らせる。
数値上では理想的な状態にも関わらず、現実はそれに届かない。
こういったことは、宮廷魔導技師だったときにもよくあった。
『もしかして、機械にも"感性"が必要なのかも』
「感性?」
ウィルは繰り返す。
『機械を効率的に扱うには、理論や数値だけじゃ足りない』
そう言って、ホログラムのレムがくるりと両手の人差し指を回してみせる。
『機械の微細な振動や音の変化、熱の分布……。きっと、そういうものを感じ取る独自の感性が必要なの』
ウィルは考え込んだ。
確かに、ベテランの職人は数値に表れない機械の「調子」を感じ取ることができる。それは、理屈や理論では説明できない、ごくごく感覚的なものだ。
自分自身、それに近いものは持っている。だが、今の自分では、この効率の壁を突破できる力はない。
「長年の経験則。そういうことか?」
『それも含まれるけど、厳密には違う。機械の気持ちを理解する、とでも言うのかな』
「機械に気持ちなんてないだろう」
『そう言うウィルは、私のことはどう思うの?』
言葉に詰まり、ウィルは頭をかく。
「じゃあ、御用聞きみたく、蒸気炉のご機嫌を伺えばいいわけか。『ボルトやナットの具合はいかがですか?』って」
『もう、茶化さないでよ。でも、機械と心を通わせられる人がいたら、きっと効率の壁も越えられるはず』
「機械と心を通わせる、ねぇ……」
ウィルの訝し気な表情をちらりと見て、レムはむくれてしまう。
『まぁ、そんな特別な感性を持つ人なんてそうそういないだろうけどね。……ウィルにはまず無理』
そう言って、ジトりとした目を向ける。彼女の姿が見えるからこそ成立するコミュニケーション。
そのことに関心をしながら、ウィルは頷いた。
「同感だ」
◇ ◇ ◇
それから、どれだけ試行錯誤を重ねただろうか。
一向に、効率の数値は上がらない。
先ほどのレムの抽象的な話に同意するつもりはないが、少なくとも、自分の能力の限界を感じ取ることはできた。
効率の壁に阻まれること、九十七時間。
やがてウィルは、現実的な判断を下した。
「〇・九四でも十分だ。量産システムを完成させよう」
それを聞き、レムのホログラムは驚くように振り返る。
『いいの?完璧主義のウィルにしては珍しい』
「完璧を求めて停滞するより、九十四点で前進する方がいい」
レムが嬉しそうに手を叩く。
『その通り!じゃあ、自動精錬ライン、稼働開始だね!』
そこからは、流れるような作業だった。
レムが指揮者のように手を振ると、ラインが動き出す。蒸気の轟音とともに、赤熱した鉄鉱石が流れ始めた。炉の青炎が原料を包み込み、不純物を焼き飛ばしていく。
溶解、精製、成型。一連の工程が自動で進行し、型から取り出された鉄インゴットは、美しい銀色に輝いている。
『品質検査中…純度九九・二パーセント。王都基準を一五パーセント上回る』
「悪くない。それに、精錬速度からして、一日五百本は確実だな」
『やったね!これで量産体制が完成!』
レムが嬉しそうに両手を合わせる。その笑顔を見て、ウィルの口元にも久しぶりに笑みが浮かんだ。
「生産効率重視の宮廷工房は、ここまでの高純度を実現できない。だからこそ、こちらは質で勝負する。これで王都を黙らせてやる」
高純度の鉄は鍛冶屋から機械工まで誰もが欲する。販路さえ確保できれば、しばらくはこの鉄インゴットだけで資金を蓄えられる。
そしてそこからのさらなる設備の充実と生産の拡大。眠気も吹き飛ぶほどに、ウィルの心は躍った。
『ウィル。私、この姿でいるの、気に入ったかも』
「どうしてだ?」
『私の存在が人として可視化されることで、ウィルの表情に変化がある。その反応を見るのが面白い』
「反応?」
『さっきから顔が赤くなったり』
「……なってない」
『なってるよー』
レムがいたずらっぽく笑う。ウィルは咳払いして話題を逸らそうとしたが、彼女の楽しそうな表情に、なぜか心が軽くなるのを感じていた。
◇ ◇ ◇
N-27高炉完成から一週間後の、王都アルセイン。七本の蒸留塔から蒸気が立ち上るその都市は、一つのニュースで騒然となっていた。
まさに今、宮廷工房と製鉄ギルド本部の間で、緊急会議が開かれていた。
重厚な木製の円卓を囲んで、ギルドの上層部が険しい表情で資料を見つめている。議事堂の空気は緊張感に満ちていた。
「確認済みです」報告者の技師が震え声で言った。「王都近くで、超高純度の鉄が流通しています」
「出所は?」
「わかりません。こちらも手を尽くしていますが、村の商人は口を割りませんし、まるで足がつかめません」
王都側の報告に、製鉄ギルドはざわつき始める。
「他国が外貨稼ぎのために流入させたのではないか?」
「もしや、近いうちに戦争を仕掛けるんじゃ?」
様々な憶測が、あちこちで飛び交う。
工房長ドランは、この状況に内心困惑しながらも、悠然とした態度で起立をした。
「お待ちください。不安を抱かれるのは最もですが、他国が急にそこまでの技術革新をしたとも考えられません」
「しかし、それでは原因がわからないままだ!聞くところによると、出回っている鉄は我らの市場価格の七割程度だと聞くぞ。対策を練らねば、我々は一同共倒れだ」
血相を変えるギルドの男の怒声に、ドランは低く唸る。
製鉄ギルドにとって、鉄の売り上げ低下はまさに死活問題だ。そしてそれは、多くの技術を有し、鉄以外の生成を行う宮廷工房にしても、痛手となることに違いはない。
ドランは報告をしていた部下を睨みつける。
「他に報告はないのか?なにか掴めたことは?」
「それが、あるにはあるのですが、確証がまだ……」
「隠し事するな!すべて話せ!」
ギルドの者たちの切羽詰まった声。ドランは渋々部下に頷いてみせた。
「まだ調査中なのですが、流通している一帯をたどっていくと、ある場所が中心点となっているようにも見えるのです」
「どこだ?」
「……廃坑No.27です」
報告者の言葉に、会議室がざわめいた。
「バカな」年配の技師が立ち上がる。「あそこは完全に枯渇していたはずだ」
ドランも頷く。自分の目で調査書を見たのだから間違いない。鉱山資源は掘り尽くされ、今や古代文明の罠だけが残る、魔物の巣窟となっているはずだ。
「まさか、ウィル・グラフトの仕業じゃ……?」
「老害の分際で……」ドランは憎々し気に歯ぎしりをする。「廃坑からウィル・グラフト一人で、これほどの生産をするなど不可能だ。他になにか情報はないのか!?」
「それが…」報告者は言いにくそうに続けた。「美しい女性と一緒にいるという目撃情報が複数あります」
工房長ドランは怒りに顔を赤くして机に拳を叩きつける。
「女だと?それがこの高純度鉄になんの影響がある。古代の技術者の女でも蘇らせたというのか?」
「彼はただの技師です。死霊使い<<ネクロマンサー>>ではないかと」
「そんなことわかっている!!」ドランの拳がまた机を叩いた。「なんにせよ、調査を急げ!奴が何を手に入れたのか、早急に突き止めろ」
「しかし、王命で追放した身です。我々から直接手を出すのは……」
王命で追放された者を、宮廷工房が追う権限はない。国王に献言することもできたが、それはドラン自らの無能さを露呈するようなものだった。
「……別の方法を考える必要があるようだな」
会議室の重苦しい空気の中、一人の若い技師が静かに立ち上がった。
リサ・ベルネッティ。設計塔で効率指数0.92を誇る、優秀な女性技師だ。
彼女は長くしなやかな金髪を軽く払い、メガネの縁に触れる。
「私が調査に向かいます」
「君が?」
「はい。あくまで非公式な視察として」
たった一人、彼女が私的に外へ出向くのであれば、王命に背くことにはならない。
それに、ウィル・グラフトが宮廷工房にない技術を有していることは明らかだが、それを解明できる人材も限られている。彼女ならばこの役目に適任だろう。
彼女が設計塔からいなくなるのは痛手だったが、このまま奴を野放しにしておけば、なにをするかわからない。
「では、頼んだぞ。報告は逐一行うように」
リサは頷き、書類を閉じながら、小さく呟いた。
「……待っていてくださいね、主任」
――次回『青い光と水車の歌 ―運命の邂逅―』
追放おっさん魔導エンジニア、廃坑でAI自動工場を作ったら産業革命が始まった件 夏目夏樹 @natsumenatsuki
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