第二話 魔導ドリルで坑道ブチ抜き
蒼白いホログラムが、坑道の壁を照らしていた。
マナ起動核レムが投影する半透明の図面だ。
二重螺旋の巨大な刃、蒸気管と魔力管を束ねた中空軸、基部を回す咀嚼歯車――。
「このドリルで深度六十メートルまで縦坑を彫り抜き、地下第二層の動力炉に到達する。それが今回の目的だ」
ウィルが岩壁にツルハシで×印を付け、起点を定める。炉が再起動すれば蒸気と魔力を同時供給でき、自動工場の心臓が動き始める。
頭の中では、既に工程表が走っていた。
『目的は理解したよ。でも成功率は――うん、やっぱり三三%』
レムが数字のホログラムを結晶の上で回転させる。
「気になっていたんだが、ただ掘るだけなのに、どうして成功率が三割程度しかない?」
『“ただ”じゃないよ。計算式は――ドリル完成確率〇・八、岩盤硬度変動係数〇・七、崩落・毒ガス複合リスク〇・六。すべてを掛け合わせると三三%になる。坑道って、そういう場所』
どうやら数字は確かであるようだ。レムは皮肉屋だが、嘘はつかないとみえる。
「確率を上げる甲斐があるな」
『前向きなのはいいことだね。でも、王都で設計した試作炉の効率指数も上げておけば、こんなことにはならなかったのに』
ウィルは唸って、図面台を軽く叩いた。
「御託は後でいい。まずドリルを作るぞ」
ドリルの骨格材は坑道に散らばるレールと廃トロッコの車軸だ。ウィルはルーン灯を掲げながら北側の崩落区画へ歩を進めた。
レムの補助光が岩の割れ目を走り、危険を青い線で浮かび上がらせる。
『錆びた歯車だけ拾ってどうするの?』
「歯車は鋼の炭素比率が均一だ。鍛え直せば刃に向く」
『スクラップの再利用。環境に優しいサスティナブルなデザインだね。私が国王なら、委員会を立ち上げて新たな賞を贈ってるところだよ』
「それはありがたい。どんな賞をくれるんだ?」
『環境がんばったで賞』
「ダサっ」
瓦礫の下から蒸気シリンダー外筒を引き抜き、持ち上げる。レムが筒にレーザー光を当てて、質量計測を行った。
『二十八キロだね』
この齢で持ち上げるには、いささか重すぎる。
鈍く疼く腕を無視して、黙々と作業を続けていった。
やがて、拾い集めた鉄材はトロッコ一杯になった。ホログラムに小さな矢印が現れ、成功率が三五%へ跳ね上がる。
仮設炉に火を入れる。カーバイド石に水を注ぎ、ルーン点火石を擦ると、青白い火柱が立った。
「螺旋角は二五度。刃を二重に重ねる」
『主任、質問いいですか?なぜ刃を二重螺旋に?三重螺旋のほうがカッコよくないですか?』
レムが冗談めかして聞いてくる。
「三重螺旋だと排熱が追いつかない。蒸気圧が頂点でルーン飽和を起こす」
『飽和してから冷やせば?いっぱい蒸気が出た方が、とっても派手でかっこいいよ?』
「そんな危なっかしいことをしたら、最後には派手な爆発を起こすことになる」
『“追放おじさん、派手な爆発にして死す。”うん、話題にはなるね』
赤熱したレール材を金床に据え、大槌を振り下ろすたび、鉄は悲鳴のような高い歌を上げて薄く延びた。
延ばしたら折り、折ったら重ね、千層万層の鍛接を繰り返す。
層と層の間に刻まれるのは、《結束》《導流》《自己修復》を示す細線ルーン。
一本ごとに刻む位置と深さは微妙に変え、応力が一点に溜まらぬよう乱数的に散らす――それはウィルが若い頃研究した、“疲労割れを事前に逃がす”極秘のテクニックだった。
レムはその手際を無言で見守り、時折レーザーで温度分布を描く。
そして、七百度を下回るエリアが現れるや、『温度ムラ。補助バーナー追加を推奨』と冷静に告げた。
ウィルが無骨な片手バーナーを滑り込ませ、鮮橙の炎弧が刃材のくすみを一瞬で吹き飛ばす。
やがて刃材は鏡のように光を返し、二重螺旋の曲面に沿って流れる銀筋が、まるで龍の骨のような陰影を作り出した。成功率は五二%、そして五四%へ。数字はまだ低いが、鉄が語る手応えは確かな跳動を伝えてくる。
作業は夜通し続いた。レムは刃の均衡を監視しながら、ひび割れ箇所をレーザーでマーキングし、ウィルが古式“三重線ルーン”で補強を施す。火花が散るたび、成功率が少しずつ跳ね上がり、四〇%、四三%と数字が更新されていった。
◇ ◇ ◇
『刃のバランス、あと〇・〇三ミリ外側。ズレてる』
「わかってる。工具を」
連続二十時間に及ぶ作業の合間、ウィルは携帯鍋で豆スープを煮た。
魔力ストーブの上で湯が立ち、干し肉と乾燥野菜が戻っていく。坑道の空気は湿り、遠くで水滴が鼓のように石を叩く。
レムが空中でスパナのホログラムを浮かべ、ウィルの手に位置合わせを示す。
二人は言葉を交わさずとも、次の工程へと進んでいった。
『塩分一・八%、カロリー四百五十。バランス良好』
「飯の時くらい静かに食わせろ」
『興味あるかなと思って。よかった成分表も読み上げようか?』
翌日の仄暗い朝。坑道にたむろするコウモリが、一斉に上層へ逃げていく。
鍛接炉から溢れた熱気が、岩壁を赤く染め上げていた。
食事を終えると、また作業だった。
不思議と眠気はない。眠るという考えすら浮かばなかった。
そうして、ようやく廃坑ドリル探索機が完成した。
『これで最終組み立て完了だね。このまま試験運転にいく?』
「ああ。もちろんだ」
湯気の向こうで、ホログラムが笑ったように揺れた。
ウィルは機体に乗り込むと、蒸気弁を半開にし、魔力圧縮室のルーンに点火符を押し当てた。ゴウン、と腹に響く重低音が坑道に広がり、ドリル先端がゆっくり回り始める。
『回転数上昇――毎分二百、三百……安全圏内』
「……いい子だ」
先端の二重螺旋が回転数を上げ、蒼白い火花が飛び散っていく。
金属の咆哮とともに、二重螺旋の刃が蒼白い火花を噴き出し、岩肌へ食らいついた。細かな石塵が霧のように舞い、視界を遮る。
『掘削安定。岩盤硬度係数を再計測――〇・六八。けっこう柔らかいね』
「なら、一気に行く」
レバーを押し込み、蒸気圧を上限近くまで解放。ドリルは獣のように唸り、縦坑が少しずつ削り取られていく。
成功率が五〇%を超えたところで、異音が鳴った。ギギギ、と軸受が悲鳴を上げる。
『摩耗検知。予定より早いよ!』
「耐熱オイルを流せ!」
ウィルはバルブを捻り、ルーン配列を切り替える。赤い警告灯が点滅しながらも、回転数は維持された。
――二十メートル。三十メートル。四十メートル。
『ウィル、毒ガス層に入ってる!』
岩壁の隙間から、黄緑色の靄が噴き出す。
古代文明の生み出した、底意地の悪い防御壁。一口吸えば肺を焼き、またルーンを曇らせ技を封じる厄介なガスだ。
「排気ルーンを展開。式順を送ってくれ」
レムが即座に三節のルーンコードを投影し、ウィルの目の前に配置する。
ウィルは操縦席から動力部のドリル軸へ移動する。刻刀でそこにルーンを刻み込み、魔力を流す。
ガスが一瞬で分解され、青い炎と黒煙に変わり、換気路へ抜けていった。
『対応完了。成功率、五七%』
「まだ足りん」
五十メートル地点。岩盤の色が変わり、赤黒い鉱脈がちらつき始める。
その硬度から、古代魔導文明発展の礎を築いた重要鉱物であり、逆に現代では採掘における最大の障害の一つとみなされている、“血鉄鉱”だ。
『硬度一・一三。通常の倍だよ』
「なら圧を上げる」
『軸受がもたないよ!』
「魔力を刃先一点に集中……“火走り”ルーンを使う」
ウィルは懐から宝石片を取り出し、ドリル軸に埋め込む。古式ルーンを三秒で刻み、血のような輝きが二重螺旋に沿って走った。
火柱。爆音。岩盤がチョコレートのように割れ、砕け、崩れ落ちる。
『硬度突破!成功率六四%』
――その瞬間だった。
坑道の温度が、急激に下がる。
『マナ霧――再度出現』
視界は波打ち、音が遠ざかる。白でも黒でもない、無彩色の靄が、縦坑を埋め尽くそうとしていた。
ウィルはレバーを引き、ドリルを停止。レムのホログラムがノイズで揺らぎながら警告を発する。
『存在位相が干渉――観測フレーズ発生!』
――観測者……
少年の声とも老人の呻きともつかない響きが、脳裏を撫でる。
ウィルは背骨が冷えるのを感じる。
「霧が……しゃべったのか?」
『よくあることだよ。マナは情報の塊だから。霧にまでなると情報が過飽和して、かろうじて自己同一性を持つことがある』
「ガス雲に人格なんて、聞いたことがないぞ」
『意志というより、古代プロトコルの残留自動応答。技術者に干渉する“番犬プログラム”だと思えばいい』
霧は壁に古代文字の残像を浮かべ、かすかに泣くような音を立てた。
――戻れ……眠りを破るな……
霧から伸びる腕のような影が、ドリルへ絡みつく。瞬時に金属が霜に覆われ、きしむ音を立てる。
『まずいよ!機体が凍結する!』
「時間は?」
『あと四十秒!』
焦りの中、ウィルは思考を巡らせる。
「給蒸気逆噴射モード、準備! カウントは?」
『三十六秒で臨界!』
ウィルは制御バルブを両手で回し、ドリル基部の蒸気導管を“逆流”設定に切り替えた。
高圧蒸気がドリル軸を遡り、ノズルの先端へたまる。
「レム、魔力インジェクタ開放。スチームに火花を混ぜろ」
『了解。誘導雷パルス、五パーセントで点火!』
白熱した蒸気と細い稲妻が混じり合い、刃先で蒸気閃光(スチーム・ショック)が炸裂した。
氷膜が一瞬で割れ、霧の腕が灼かれた綿菓子のように蒸散する。
――キャアッ……!
影が悲鳴めいたノイズを発し、坑道奥へ逃げ去った。霧の密度はみるみる薄まっていく。
『干渉体、後退確認。温度回復、+百三十度。刃先、オールクリア!』
ルーンが点滅し、霧を焼き払う白光が広がる。
叫ぶようなノイズとともに、影は引き裂かれ、縦坑は再び静寂を取り戻した。
『干渉体、退去。ログ保存完了……なんとかなったね』
「ああ………」
残り三メートル。
ウィルはドリルを再起動した。思考は研ぎ澄まされ、背中の汗が蒸気になって消える。
――五十九。
――五十九・五。
――六十メートル。
刃が空を切った。縦坑の底が抜け、灼熱の蒸気が吹き上がる。
視界の先には、巨大な歯車と蒸気配管が絡み合う、闇の中の心臓――動力炉。
『動力炉、視認。腐蝕率二二%、コアは健在だね』
「目覚めてもらおうか。千年ぶりに」
ウィルはジャンプして縦坑を飛び降り、動力炉の制御台に着地した。
大袋から代替部品を取り出し、動力炉の古い部品と交換していく。
心待ちにしていた作業だった。これで、すべてが変わる。
作業の間、レムは上空で青白い光を撒き散らしている。
この胸躍る作業は、ものの数十分で片が付いた。
『起動手順を表示するよ。準備はいい?』
「ああ」
『じゃあ、カウントいくよ――3、2、1!』
ウィルは主電源レバーを叩き下ろした。
瞬間、地下に眠っていた巨人が目覚めるような轟音が響き、赤紫のマナ火が炉心を駆け上がった。岩壁が震え、廃坑全体に蒸気圧が行き渡る。
『動力炉、起動成功。供給ライン確立。作動を確認!』
岩肌が、地面が重々しく揺れ動き、低く唸りを上げる。
その中で、ウィルは歯を見せて笑った。
「これで数字はひっくり返る。……さぁ、復讐の始まりだ」
レムが球体をくるりと回し、嬉しそうに電子音を鳴らす。
『これで墓場じゃなくなったね、この場所』
「そうだな。名前を変えよう――〈蒸気魔導ファクトリー・N27〉だ」
『いいね。情報を更新しておくね』
熱風が吹き抜け、遠くの歯車がゆっくりと回り始める。
真紅の火花が闇を裂き、千年の眠りから蘇った機械の心臓が律動を刻んだ。
――次回『蒸気炉、青炎に吠える ─量産への野望─』
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