第2話 美しき殺戮と、消えたテリヤキ

気が付くとそこは、巨大な人型機械セラフィオンの中だった。


「な、なんだこれ……!? 身体が、身体が……重機になったみたいだ!」


セラフィオンのコクピットに吸い込まれたシオンは、絶叫した。  

そこには操縦桿もペダルも存在しない。全天周囲モニターが映し出すのは、地下格納庫の三百六十度の光景だが、それは「画面」として見えているのではない。自分の目が、鼻が、肌が、セラフィオンの外装そのものと入れ替わったかのような、暴力的なまでの感覚同期(シンクロ)だった。


『静かにしてください。あなたの叫び声は私の聴覚ログにおいて、

 不規則なノイズとして処理されます。


 ……それから、脊髄を通じて伝わってくるあなたの「空腹感」が

 あまりに不快です。脳内のテリヤキ・データを直ちに圧縮しなさい。

 さもなくば、戦闘機動の三割が「よだれ」の分泌に回されてしまいます』


「無理言うな! むしろこの腹の減り具合こそが、俺のガソリンなんだよ!」


天井の穴から降下してきた全自動処刑機『クリーナー』が、その赤く光るモノアイをセラフィオンへと固定した。  

シュゥゥゥ……と、高出力プラズマカッターがチャージされる音が響く。地上の掃除ドローンとは格が違う、純粋な「抹殺」のための駆動音だ。


『ターゲット、挙動不能と判断。……微粒子化処置を開始』


全自動処刑機『クリーナー』の感情のない声が格納庫内に響く。


「処置されるのは、お前の方だ、この粗大ゴミ!」


シオンが反射的に右拳を突き出した。  

その瞬間、セラフィオンの巨躯が、物理法則を無視した加速で踏み込んだ。


ドォォォォン!!


白銀の拳が、クリーナーの正面装甲を紙細工のようにぶち抜いた。  

しかし、シオンの感覚は驚愕に染まる。


「……っ!? 手応えが、直接来る!? 鉄を殴った感覚が、俺の拳に……!」


『当然です。このセラフィオンは、搭乗者の情動を直接エネルギーに変換する

「情動駆動型(エモーショナル・ドライブ)」ですから。……ですがマスター、

 今のあなたの拳には「知性」の欠片もありませんでした。

 ただの「腹を立てた幼児の殴り書き」です。もっとマシな演算を私に提供しなさい』


「知性なんて、テリヤキソースと一緒に飲み込んだよ! 次だ、セラ! 左から来てるぞ!」


『落ち着きなさい。全自動処刑機『クリーナー』ごときでは、

 このセラフィオンの表面処理に傷一つ付けられません。

 さっきの要領で左腕を振り回してください。今度は知性をもって』


『クリーナー』は一機ではなかった。天井の崩落口から、さらに二機の同型機が雪崩れ込んでくる。それらは連携し、電磁ネットを射出してセラフィオンの動きを封じようとする。シオンがおろおろしている間に電磁ネットが絡みつく。


『……やむを得ません。マスター、あなたの脳の「言語野」を

 一時的にシャットダウンし、

 そのリソースを空間把握に回します。……喋れなくなりますが、

 その方が静かで好都合です』


「は!? ちょっと待――あう、あ、あうーっ!?」


シオンの口から、言葉が消えた。  

代わりに、視界の中に無数の光る線が見え始めた。敵の攻撃予測線、構造上の弱点、そして回避すべき最短ルート。  

シオンの意識は、猛烈な勢いで「加速」していく。

セラフィオンの背中の翼が展開し、黄金の粒子が噴射される。  

それはまるで、暗い地下室に舞い降りた一筋の光の矢だった。  

一歩。わずか一歩で、セラフィオンは二機の『クリーナー』の中間に位置取り、

両腕を水平に振った。


――ズバッ!!


白銀の装甲から放たれた衝撃波が、『クリーナー』の脚部を一瞬で切断した。

バランスを崩した処刑機に対し、シオン(の身体を借りたセラフィオン)は、優雅ですらある回し蹴りを叩き込む。

爆発。爆発。そして沈黙。  

格納庫には、焼き焦げたオイルの臭いと、シオンの激しい呼吸音だけが残った。


『……接続解除。言語野を復旧します。……お疲れ様でした。予想通り、

 あなたは黙っている時が一番「兵器」として優秀ですね』


「ぷはぁっ! 死ぬかと思った……! おい、セラ!

 勝手に俺の脳味噌をいじるなよ、怖えだろ!」


『怖がる機能があるなら、もっと自分の生活習慣を怖がってください。

 ……それより、報告です。……先ほどの戦闘による衝撃波の余波を確認しました』


「余波……? なんだよ、勝ったんだからいいだろ」


セラのホログラムが、格納庫の外――地下ダクトの先を指し示した。  

そこには、地上の配給センターへと繋がる廃棄用コンテナが、瓦礫の下に無惨に潰れている光景があった。  

そして、その隙間から溢れ出しているのは……。


「……あ。……あ、あ、あああああ……っ!」


『……推計。本日搬入予定だったテリヤキバーガーの未検品個体、計一四個。

 ……衝撃による圧縮、および冷却水の浸入により、可食部ゼロ。

 ……残念でしたね、マスター』


「嘘だ……嘘だと言ってくれ、セラァァァ!

 俺は……俺は何のために戦ったんだ!

 目の前の『クリーナー』(ゴミ)を片付けて、

 本物の宝物(ゴミ)を失うなんて……!」


シオンはセラフィオンのコクピットの中で、崩れ落ちたのだった。

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