終末のグルメ戦記:鉄の秩序とマヨネーズの反逆
@hisaemaruo
第1話 空のない街で、俺は天使を拾った。
爆炎が夜を裂いた。
ホログラムの空が真っ赤に焼ける。
——この世界には、本当の空なんて存在しない。
代わりに、通称「お袋の天井」と呼ばれるホログラムの空があるだけだ。
シオン・グレイスは、現在、逃亡していた。職業……まあ、無職だろう。
「クソッ! どけよボロビル! 開発局はもうちょい計画的に倒壊しろっての!」
足場を蹴って瓦礫を飛び越えた瞬間、背後でドローンの警告音が鳴った。
『警告。個体識別SG-774。心拍数が基準値を二五%超過。情動スコアE判定。
明朝の朝食メニューを固形食に制限します』
やかましい。こっちは死にかけてんだ。シオンは心の中で毒づいた。
肺が焼け、喉に鉄の味。だが止まれば即、再教育行き。
「あんな消しゴムみたいなメシ、誰が食うかよ! 俺にはな、
今日こそ果たさなきゃいけない『大事な使命』があるんだ!」
シオンは必死に逃げ続ける。入り組んだ建物の陰に滑り込み、なんとか監視ドローンの電子の目をかわすことができた。ここからなら目的地はもうすぐだ。建物の陰から目的地の様子をうかがう。
シオンの視線の先。そこには、重厚な装甲に守られた「第一配給センター」の搬入口が見える。そこがシオンの目的地だった。
今日、この「第一配給センター」には、管理社会における最大の禁忌≪タブー≫であり、最大の贅沢品が運び込まれている。それが彼の目的の物だった。
その名は、テリヤキバーガー。
高カロリー、高塩分、高脂質、そして「脳を焼くほどの多幸感」を与える甘辛いソース。
それは人類制御管理システム『お袋』が、「これを与えれば人間は一時的に言うことを聞く」と判断した時にだけ下賜≪かし≫される、毒入りの林檎にも似た嗜好品だった。
本来であればシオンのような「情動不安定な劣等生」には、その香りを嗅ぐ権利すらない。だが、シオンには秘策があった。
配給センターの裏手にある、廃棄物処理ダクトの「十五秒のメンテナンス・インターバル」。そのわずかな隙間に、彼の右腕――義手が激しく反応を示していた。彼はその十五秒でメンテナンス口から素早く、センターに入り込み、テリヤキバーガーを奪取することに賭けていたのだ。
カチカチカチッ。
シオンの右腕、鈍いプラチナシルバーの光沢を放つ義手が、警告音を鳴らしながら勝手に指を動かし始めた。わずかに青く光っている。
「おい、静かにしろって! 今は隠密(ステルス)中なんだよ!」
三年前、シオンが立ち入り禁止区域で古い自販機をこじ開けようとした際、崩落に巻き込まれて失った右腕。代わりに塔から与えられたこの義手は、最新の「神経同期型」のはずだったが、どうも俺の潜在意識――それも、特に「食欲」という本能に過剰反応するバグを抱えている。
たまに、勝手にポテトチップスの袋をまさぐっていたりすることもある。最初は気味が悪く思っていたが、最近は「反抗期」なんだろうと気にしないようにしていた。だが、今はタイミングが悪すぎた。
義手が、シオンの意思を無視して、近くにあるマンホールの蓋へぐいぐい吸い寄せられる。
「うおっ、ちょ、待て! そっちは配給センターじゃないぞ!」
しかし、義手はシオンの叫びを無視し、凄まじい筋力で重厚な鉄の蓋をメリメリと剥ぎ取った。ドーン、と重い金属音が路地に響く。その音を聞きつけたドローンの群れが、轟音に反応し、一斉にサーチライトをシオンの方へと向けた。
『不適切な破壊活動を確認。対象を「廃棄物」と再定義。……強制排除を開始します』
「……ちっ! しまったッ!覚えてろよ、このクソ腕!」
監視ドローンがワラワラとこちらに集まってくる。レーザービーム付きのアームを構え始めた。シオンは背に腹は代えられず、すぐ近くのマンホールの中――暗澹たる地下下水道へと身を投げた。
落下。
衝撃。そして、泥水と油の混ざった不快な臭気。
地上ではドローンたちが、進入不能な狭い穴を囲んでホバリングを続けている。
「……痛(い)ってぇ。……ったく、テリヤキに命を懸けるのも楽じゃねえな」
シオンは立ち上がり、泥を払った。
だが、その時。義手がこれまでになく激しく熱を帯びた。青い火花が走り、掌からホログラムのグリフ(紋章)が暗闇の壁に照射される。
ガガガガッ……。
目の前の、何もないはずの壁がスライドした。そこにあったのは、地上の「清潔な白」とは対照的な、煤けた、しかし圧倒的な質量を感じさせる鋼鉄の格納庫だった。
「な、何だ、これ?」
格納庫の奥の方、その中央に鎮座していたのは、高さ十メートルに及ぶ、白銀の巨躯。
人型でありながら、その背中には鳥の翼を思わせる繊細な機動ユニットが備わっている。
表面は驚くほど滑らかで、まるで「お袋」の管理を拒絶し続けてきたような、孤高の威厳を放っていた。
「なんなんだよ、これ。巨大ドローン? いや、違う。これは……」
右腕の義手から伸びる光が、巨人の胸の紋章に吸い込まれる。まるでお互い惹きあっているようだ。そして、しばらくしてから右腕の義手からの発光がピタリとやんだ。
まるで、巨人からこちらの心の中を読まれているような気がした。
そして、それは起こった。
『――生体波形、サンプリング完了。……絶望的ですね。演算を待つまでもありません。
人類の知能指数は、三〇〇年前の半分以下にまで退化したようです』
不意に、清らかな、それでいて氷のように冷徹な声が格納庫に響いた。
シオンが驚いて見上げると、白銀の巨人の機体から、一体のホログラムが浮かび上がっていた。
透き通るような銀髪に、すべてを見透かすような鋭い碧眼。何より驚くのはその背中に広がる二つの翼。
そこにいたのは、神話に出てくる天使のように美しい少女――の姿をした、人をゴミを見るような目つきで見ている極めて性格の悪そうな人型AIインターフェースだった。
「……天使? お前、誰だ?」
『私の名はセラ。人類の良心を物理的に守護し、
管理システム「お袋」の暴走を止めるために建造された、自律思考型管理AIです。
……そして、三〇〇年ぶりに私の起動キー(その義手)を差し込んできたのが、よりによって「前頭葉がテリヤキソースで浸食された野生児」だとは。
……シオン・グレイス。あなたの脳内をスキャンした結果、あなたの人生における優先順位の第一位は「ジャンクフードの摂取」、第二位は「現状維持」、第三位は「特に無し」。……ゴミ箱に放り込まれた残飯の方が、まだマシな思考をしていますよ』
「……あ!? 初対面でそこまで言うかよ! 俺だってな、必死に生きてんだよ!
空腹っていうのはな、人間が生きている証なんだぞ!」
『それは「生存本能」ではありません。ただの「欲求制御不全」です。
……ですが、不本意ながら認めざるを得ません。
現在、私と接続可能な「正規のバグ(エラー)」を持つ個体は、あなただけです』
「バ、バグッ……?俺がぁ?」
セラのホログラムが、シオンの鼻先に指を突きつけた。
『いいですか、マスター・テリヤキ。私はこれから、あなたの低俗な脳を、
私の演算回路の一部として活用します。
……あなたの「脂っこい情動」を、この天使装甲セラフィオンの出力に変換してあげます。……感謝しなさい。あなたは今、ただの劣等市民から、世界を救うための「最も贅沢な部品」に昇格したのですから』
「部品とか言うな! ……それよりセラ、一つ聞かせろ。
そのセラフィオンってやつに乗れば……あそこの配給センター、ぶっ飛ばせるのか?」
『…………論理的な回答を望みますか? それとも、感情的な回答を?』
「どっちでもいい!」
セラは、やれやれといった表情を浮かべながら答えた。
『……可能です。ただし、センターを壊せば、あなたが望む「バーガー」は
分子レベルで分解されますがね』
「……それは困る」
二人がそんな不毛な対話を交わしていたその時。
格納庫の天井が、高出力のレーザーによって円形に焼き切られた。
天井に円形の穴が開き、切り取られた部分が格納庫内に轟音と共に落ちてくる。
ドォォォォン!!
穴から舞い降りたのは、塔の最新鋭・全自動処刑機『クリーナー』。
四本のアームを蜘蛛のように蠢かせ、中央のセンサーアイが紅く発光する。
『重要隠匿資産「セラフィオン」への不正アクセスを確認。
……マスター権限を持たないゴミと共に、即時、焼却(クリーンアップ)を開始します』
「うおっ、来やがった! セラ、どうすりゃいい!?」
『……。舌を噛まないように。そして、そのジャンクフードへの渇望を最大出力で
イメージしなさい。……行きますよ、シオン。
……三〇〇年前の「反抗期」を、今ここで再現してあげます!』
セラの手から伸びる光が、シオンの胸元に吸い込まれた。
するとシオンの意識が、肉体を離れて白銀の装甲と一体化していった……
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