魔王様!勇者に倒される前に有休を消化したい〜魔王軍専門の退職代行、ホワイトな地獄へようこそ〜

空飛ぶチキンと愉快な仲間達

プロローグ


「……サトウさん、もう、限界なんです」



目の前でカタカタと乾いた音を立てて震えているのは、一見するとただの骸骨の山だ。だが、これでも魔王軍第三警備大隊に所属する立派な歩兵、スケルトンの骨田(仮名)さんである。



彼が差し出した右腕は、関節の接続部分がやすりで削られたようにボロボロで、今にも砂になって崩れ落ちそうだった。



「膝はガクガク、腰はバキバキ。三百年前に魔王様に召喚されて以来、一度も眠らせてもらえません。不老不死の魔物とはいえ、精神(こころ)の骨が折れそうなんです。昨日なんて、ついに肋骨が一本、ストレスでパキッといきました……」



俺は安物のパイプ椅子の背もたれに身を預け、眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。



ここは魔王城の裏口から徒歩五分。毒沼から立ち上る硫黄の臭いと、行き場を失った怨念が渦巻くほとりに建てられた、小さなテントだ。



入り口の看板には『異世界退職代行サービス・サトウ』と、この世界には存在しないはずの漢字が、場違いなほど整った書体で躍っている。



「なるほど。勤続三百年、有休取得はゼロ。加えて魔王様からは『一度召喚したら死ぬまで、いや死んでも家族だ』という名の、呪いにも似た精神的拘束(パワハラ)……」



俺―― 佐藤大輔は、日本でブラック企業の営業職として使い潰され、過労死寸前でこの異世界に転移してきた。



手に入れたスキルは、伝説の『聖剣』でも一騎当千の『大魔法』でもない。



ただ、理不尽な要求を言葉一つで封じ込め、強制的に合意を形成する特殊スキル――【強制示談(コンプライアンス)】だ。



目の前の骨田さんを見ていると、かつての自分を見ているようで胸が疼く。




深夜二時に「やる気がないなら辞めろ、代わりはいくらでもいる」と怒鳴り散らしてきた当時の上司。そのくせ、いざ辞表を出すと「恩を仇で返すのか」と泣き落としてきたあの顔。



今の骨田さんの空っぽな眼窩(がんか)に宿る絶望は、あの頃の俺と同じ色だ。



「安心してください、骨田さん。あなたの『終身雇用』という名の呪縛、俺が法的に解体してみせます」



この世界に労働基準法なんて概念はない。だが、俺のスキル【強制示談(コンプライアンス)】は、俺の紡ぐ論理を「世界の絶対的なルール」へと強制上書きする。俺が「それは労基違反だ」と断ずれば、どれほど強大な魔族であっても、魂に刻まれた契約の矛盾を突きつけられ、戦意を喪失せざるを得ないのだ。




​俺は契約書にサインを促し、スーツの襟を正した。支給品ではない、自前で新調した勝負スーツ。この一着が、俺にとっての鎧だ。




これは以前、退職代行を引き受けた『伝説の仕立屋』をホワイトギルドへ転職させた際、報酬代わりに縫い上げさせた逸品だ。最高級の黒蜘蛛の糸を使い、防刃機能と「自動防汚(クリーニング)魔法」を付与させた、この世界で唯一の「対・魔王戦用ビジネスウェア」である。




目指すは、禍々しい角が天を突き、黒煙を吐き出し続けるブラック企業の総本山――魔王城。



「さあ、交渉(バトル)を始めましょう。――相手が、例え神や魔王であっても、労働者の権利は守られるべきですから」

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