事件 -1-
さくらは責任を感じていた。琥太郎がどんなに楽天家でも、彼を巻き込んでしまったことに変わりはない。気の弱い栄光が自分よりかなりデカい琥太郎に何かするとは考えられないが、何しろ相手は妄想の世界に住んでいる。何をしでかすか分からないことは、ピアスの件で実証済みだった。
「それ多分、あいつだと思う」
「あいつって誰?」と真面目な顔で聞く虎太郎に、皆はやっぱり気付いてないのねと云うような呆れた目で見ている。
「矢沢……栄光……」
「ああ、あいつかぁ。じゃあ、気にしなくていいな」
虎太郎は落ち込むさくらをヒョイとお姫さま抱っこすると、「姫、私がお守りいたしまするぞ」と、「離してくださいませー」とジタバタする彼女を抱っこしたまま振り回す。
「うん。確かに美女と野獣だ」という笑い声がさくらの耳に優しく響いてきた。
**
矢沢栄光のことでと、警察がさくらを訪ねてきたのは、七月末のことだった。
さくらの家は一階がスナックになっていて、二階が住居になっている。
彼女の父は小学校に上がる前に亡くなっていた。働いていた工場での事故だった。その時のことをさくらは薄っすらと覚えている。父は優しい人だった。
葬儀の後、暫くの間泣いてばかりいた母は、ある日涙を拭くと、「もう泣かない。二人で生きていこうね」と、さくらの身体を抱きしめた。そして、労災から給付金と保険金で家を改築した。元ホステスだった母は、水商売以外で生きてゆく術を知らない。
そんな苦労等、警察には分かりはしない。家がスナックというだけで、さくらはまるで犯罪者かのような目で見られた。しかし、中野高校に通っていると知ると態度が少し軟化する。世の中なんて、そんな物だと、さくらは割り切っている。
「矢沢さんがどうかしたのですか?」というさくらの問いには答えず、「彼をご存じですか?」と刑事は続けた。
若い方の刑事はメモをとっている。
「バイト先の喫茶店の常連客です」
「トラブルがあったとか」
「はい、高価な贈り物をお断りしました」
「怪我をなされた?」
どうせ調べてあるのだろうと、さくらは本当のことを話したが、虎太郎のことは黙っていた。
「本当にそれだけですか? 個人的なお付き合いはなかったのですか?」
「個人的にお付き合いすることは、お店の規定違反です」
「なるほど。では、写真を撮られていることもご存じない?」
「写真? なんですかそれは?」
「彼の部屋には貴方の写真がたくさん残っていました」
栄光がボクの写真を隠し撮り? と、考えるとさくらはゾっとして言葉を失い、身震いした。その態度を見た刑事は、本当に知らないのだろうと判断したようだ。
「分かりました。ご協力ありがとうございます」と刑事は頭を下げ、さくらの『彼がどうかしたのか』と問いには答えず去って行った。
何か警察ごとになることがあったのか? どんな写真? そう言えばメイド喫茶のトイレに小型カメラが仕掛けてあったことがあると、先輩から聞いたこともある。盗撮だ。
まさか、またトイレに? ボクのあそこが写っていたらどうしよう。本当にバカだったと、さくらは泣きたい気分になる。
金魚のようにひらひらと、客たちの間を泳ぎ回る母は綺麗だった。客あしらいも見事だった。小さい頃から、そんな母を見ているうちに、見様見真似で自分にも同じことができると思ってしまった。その道で必死に生きている母に、小娘である自分がかなうわけもないのだと反省する。
それから二日後、さくらはネットニュースに目を止めた。スマホを持つ手が震える。
【自宅で変死⁈ フィギア原型師、矢沢栄光さん 果たしてその死因は?】
助けてほしい時、さくらの脳裏にはいつも虎太郎の顔が目に浮かぶ。幼い時からそうだ。虎太郎はいつも
電話をする。メッセージでなく電話をするのは久しぶりだった。電話が鳴り続ける。
――お願い出て。
さくらは虎太郎の声が無性に聞きたかった。
「あん? どうしたぁ?」と、虎太郎の寝ぼけた声が聞こえる。
「ごめん。寝てた?」
「あ、うん」
「矢沢さんが、矢沢栄光さんが……」
「え? 誰? 俺の知ってる人?」
これだから、虎太郎が好きなんだとさくらは思った。
「お願い、陸の部屋にすぐ来て」
「り!」
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