発端 -4-


 時間は十七時を回っている。今頃、母親は店を掃除しているだろう。さくらの母はスナックを自営していた。女手ひとつで育ててくれた母には、心配をかけたくなかった。


 虎太郎の顔が目に浮かぶ。あいつなら迎えに来てくれる。さくらはスマホにメッセージを送った。


“虎太郎、バイト先まで迎えに来て”

“どうした?”と、すぐに応えが戻って来る。

 

 さくらの心に安心感が広がった。


“足挫いた”

“OK、バイクで行くから待ってろ”


 虎太郎は子供の時からバイクや車が大好きで、四月生まれの彼は、十六になるとすぐにバイクの免許を取得していた。


 三十分もすると、虎太郎がヘルメットを二つ抱えてやってきた。店の皆は彼の身長の高さと、筋肉質な身体に驚いたような視線を向けた。そのデカい身体が、今はとても頼もしく感じられる。


 虎太郎は、さくらをヒョイとお姫さま抱っこをすると、「お邪魔しました」と店を後にした。




 **


「さくら、虎太郎にバイク、二人乗りさせたんだって。バイクで二人乗りをするには、一年以上の運転歴が必要なんだよ。違反で捕まるぞ」

 

 陽翔が怒ったように、さくらの頬っぺたを摘む。


「ごめんなさーい! だけど緊急事態だったのですわ」


 例によって、幼馴染五人組は陸の部屋に集まっている。


「さくらさぁ、もうあのバイトやめろよ。あたしは最初から反対していただろ。いくら時給が良くてもさ、変な男に付きまとわれたら、人生詰むぞ」


 紬はさくらの蟀谷こめかみを、グリグリと両拳りょうこぶしで押した。


「止めてくださーい。痛いですわ」と、さくらはキャアキャア言いながら逃げ回った。

 

 ――自分が悪いのは百も承知だ。


「さくらちゃん。可愛いからね。無事で良かった」


 澪は両手でさくらの肩を抱きしめる。幸いさくらの怪我は軽い捻挫ですんでいた。


 今日はお菓子の代わりに、現金が皆の輪の中心に置かれている。今時、現金というのも珍しいが、これは、さくらたちが小学生のときからのルールだった。


 電子マネーの普及のより、このごろの子供が『お釣り』というものを知らない。お金の大切さを知らないで育つ子供が多いのではないかと考えた学校側が、子供のお小遣いは出来るだけ現金で渡すというルールが作ったのだ。お陰でさくらたちは、お金の数え方というものを早い時期に習得することができた。


「これ、少ないけど、治療代、カンパね」と陸が宣言すると、「ええ! しばらく、菓子もジュースもねぇの」と虎太郎がふてくされる。


「いいじゃねーか、さくらが無事だったんだから。な、バイクに乗った王子様」


 「へへへ、王子様ってより、美女と野獣って方が俺とさくらには似合う気がするよ」


 陽翔の言葉に、虎太郎が豪快に笑い声をあげる。


 ああ、この感じ。大好きだとさくらは思う。正直いってお金のカンパも有難かった。皆、自分のバイト代や小遣いから出すお菓子貯金を、さくらの治療代に回してくれた。お互いにお互いの事情を分かりあっている。だから、皆、すんなりと優しくなれる。


 あの事件以来、さくらは店を休み、辞める旨を店長に伝えた。店長は、あみちゃん人気あるから辞められるのは痛いなあと、言ってはいたが、これ以上矢沢栄光にトラブルを起こされるのも困るという結論で、さくらはあっさりとバイトを辞められた。


 その時にミサが店の中で噂されている、『バイクに乗った王子様』の件と共に、あれから出禁になった栄光が、何度か店の周りに出没していると教えてくれた。気を付けろという意味だろう。


 さくらの背筋が凍る。気持ち悪いというより怖かった。


 ――君の身体に僕の傷を付けたい――


 この言葉がトラウマとなって、さくらの心の奥深くに根付いていた。



「そう言えばさ、最近俺のSNSに変なメッセージが入って来るんだよな」と、虎太郎がスマホの画面を皆に見せた。


 そこには、バカだの、クソだの、シネだのという言葉が並んでいる。


「これ、変っていうレベルかい? 誹謗中傷だよ」


 陸が覗き込んで眼鏡をはずした。


 冷静な声とは裏腹に、陸がイライラしているのがさくらに伝わって来る。眼鏡をはずすのは、それが鬱陶うっとうしく感じる時の陸の癖だ。


「ブロックはしたの?」と心配そうに澪が虎太郎の顔を見る。


「した。でも、アカウントを何回も変えて来るんだよなぁ。何が面白いのかなぁ、これ」


 あまり堪えていなさそうな虎太郎に、さくら以外は笑い出した。


「普通、落ち込むレベルだろ?」


「全身脳ミソ君の陽翔なら落ち込むんだろうが、頭まで筋肉の俺には通用しない」


「筋肉は人を楽天的にさせるからな」


 紬は自身の頭を指差した。少年のように短く切った髪が夕日に輝く。


「本当にごめんなさいですわ。虎太郎」


「うん? 何が?」と気の抜けた声で虎太郎が聞き返した。






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