第14話障害者のナカちゃん
「リスタートいちかわ」に、ナカちゃんという男がふらりと現れました。彼は障害を抱えながらも、いわゆる「作業所」という枠に収まる生き方を選んでいません。政治家の手伝いという、権力の裾野に広がる影のような仕事に身を置きながら、生活保護を組み合わせて生計を立てている、この界隈では一目置かれる存在でした。
「携帯代に月三、四万もかかっちゃってさ」
ナカちゃんは、自嘲気味に、けれどどこか誇らしげに語ります。彼には奥さんがいますが、結婚の条件は「彼女の携帯代をすべて彼が支払うこと」だったといいます。愛というよりも、一種の取引。それもまた、ナカちゃん流の「実存」の守り方なのでしょう。
「今度、本八幡に泉健太が来るよ。塩見たちと一緒にさ」
ナカちゃんの口から飛び出すのは、野党第一党の党首の名前でした。
「ああ、立憲民主党の。岡田克也も来ますよね?」
わたしが知識を披露すると、ナカちゃんは「ロボコップ……」と呟き、首を横に振りました。彼にとって、岡田克也は「うま味」のない存在なのだといいます。利権も金も発生しないクリーンな政治家は、ナカちゃんの嗅覚を刺激しない。政治を理想ではなく、あくまで「利」として捉える彼の視線は、冷徹で現実的でした。
「本八幡は、政治家から重要視されていますからね。生前の安倍晋三さんも、前回の衆議院選挙のときには足を運んでいた」
わたしの言葉に、思わぬ人物が身を乗り出しました。
十八歳の職員、ハルカちゃんです。
「へー。見たかったなー、安倍さん」
ハルカちゃん――彼女の背景を知る者は、彼女を「薄幸の美少女」と呼びます。両親に捨てられ、高校を中退し、今はこの作業所に住み込みで働いている。けれど、本人にはその自覚が希薄でした。彼女の瞳は、過酷な境遇に濁ることもなく、ただ純粋な好奇心で世界を見つめていたのです。
政治家たちの利権争いや、死生観、国家の命運。そんな重苦しい「大人の事情」を、彼女の無邪気な言葉が一瞬で中和していく。ナカちゃんの語る泥臭い政治の闇と、ハルカちゃんの放つ光が、リスタートの閉ざされた空間の中で奇妙に混ざり合っていました。
わたしは、そんな二人を観察しながら、自分の立ち位置を測っていました。
政治家という「セレブリティ」に近づくこと。それは、わたしの「バッドハビッツ」が最も好む、壮大な自己証明のチャンスでもあります。
本八幡にやってくる権力の波。それをハルカちゃんのような無垢な存在はどう受け止めるのか。そして、わたしはその波をどう乗りこなし、この地域を、そして自分の人生を変えていくのか。
ナカちゃんがもたらした不穏な知らせは、わたしの江戸川・市川での「大冒険」が、単なる静養には終わらないことを予感させていました。
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