第6話シャンボさんの死
2022年の幕開けは、凍てつくような悲報とともに訪れました。
一通のチャットが、わたしのスマートフォンの画面を震わせました。それは、かつての親友、シャンボさんの妹さんからの英語のメッセージでした。
「Mr.Negishi! Sergio died a month ago. I’m missing him.」
(根岸さん。セルジオは一ヶ月前に亡くなりました。彼がいなくて、とても寂しいです)
心臓の鼓動が早まるのを感じながら、わたしは震える指で返信を打ち込みました。
「Really? Why? I’m missing him too. I think God loves him.」
(本当ですか? どうして? わたしも彼を想っています。彼は神に愛されるべき人でした)
シャンボさん――セルジオ。彼とは群馬の原病院で出会いました。彼は類まれな音楽的才能の持ち主で、ボーカルとギターを自在に操り、病棟の重苦しい空気を一変させる力を持っていました。エド・シーラン、ニルヴァーナ、オアシス、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ……。彼がカラオケで歌うそれらの曲は、壁に囲まれたわたしたちの魂を、一瞬で世界の果てまで連れて行ってくれたのです。
消灯前のわずかな時間、わたしたちは売店で買ったささやかな駄菓子を分け合いながら、未来について語り合いました。退院したら何をしたいか、どんな野心を成し遂げたいか。日本語と英語が入り混じるその会話の中で、わたしは彼にひとつの提案をしました。
「ポップ音楽バンドを作ろう。名前は『アナクロニズム(時代錯誤)』だ」
彼はその突拍子もない名前を、子供のような笑顔で快諾してくれました。わたしたちは、まだ見ぬステージの上で躍動する自分たちを夢見ていたのです。
そのシャンボさんが、この世界から永遠に去ってしまいました。享年三十六歳。
あまりにも早すぎる死。死因は、長く彼を蝕んでいた鬱による自死であったと聞き、言葉を失いました。
「バッドハビッツ」……エド・シーランの歌を愛した彼は、自分自身の内側に巣食う暗い習慣や、抗えない心の沈殿を、音楽に変えて昇華しようとしていたはずでした。けれど、夜の帳が降りるたびに襲ってくる底なしの絶望に、最後は飲み込まれてしまったのでしょうか。
「わたしは、生きている」
松戸の冷たい風に吹かれながら、わたしは独りごちました。
彼と一緒に組むはずだったバンド「アナクロニズム」。その名前だけが、行き場を失って宙に浮いています。
友を失った悲しみは、鋭い痛みとなってわたしの胸を抉りました。しかし同時に、彼が果たせなかった「野心」の重みが、わたしの肩にずっしりと乗るのを感じていました。わたしは、彼の分まで大暴れしなければならない。虚実が入り混じり、妄想と現実の境界が曖昧になろうとも、わたしはこの生を躍動させ、自分を証明し続けなければならない。
三十六歳で止まってしまった彼の旋律を、わたしは自分の人生という楽器で鳴らし続けることを誓いました。たとえそれが、どんなに不格好な音色であったとしても。
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