うつ病の人が見えてる世界
のほほん村の尊重
第1話 冒頭
現在、30歳。
20代のころの自分は、いわゆる健常者だった。
ヒップホップが好きで、グラフィティやスケボー、ライブに通い、できるだけ街の中を動き回っていた。
海外にもよく出た。ニューヨーク、フランス、タイ。
体力も気力も当たり前にあって、「動けること」を疑ったことは一度もなかった。
今は、もうそれができない。
同じ身体なのに、別の世界に放り出されたような感覚がある。
その代わり、失ったものと引き換えに、手に入れたものもある。
朝起きてカーテンを開けられたこと。
外の空気を吸えたこと。
何も起きなかった一日が、無事に終わったこと。
以前なら見向きもしなかった小さな出来事に、心が動くようになった。
うつ病になってから、世界の見え方は、確実に変わった。
いつか死ぬ、という事実は、昔から変わらない。
でも、うつ病になってから、それは観念ではなく、生活の前提になった。
状態が不安定すぎて、明日の自分がどうなっているのか分からない。
元気かもしれないし、ベッドから起き上がれないかもしれない。
昨日できたことが、今日はできないこともある。
未来を前提にした計画が、ほとんど意味を持たなくなった。
「来月」「来年」という言葉が、どこか空虚に響く。
その代わり、意識は自然と「今」に集まっていった。
今日、何ができるか。
今日、何をしていれば少し楽か。
今日、無理をしないでいられるか。
皮肉なことに、未来を失ったことで、今を生きる感覚だけは、はっきりと手に入った。
うつ病の人が見えている世界は、不幸だけでできているわけではない。
価値の置き場所が、ただ変わっただけだ。
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