探検家ロカテリアとお菓子の家

竹部 月子

第1話

 探検家ロカテリアがプラットホームに降りると、活況の町の雰囲気に包まれた。

 二本の路線が乗り入れる駅は、このあたりではまだ珍しい。

 乗客だけでなく、貨物の積み荷を乗せ換えるための人工たちも、ひっきりなしに狭いホームを走り回っていた。


 どこもかしこも新しい駅舎を見学しながら、改札を抜ける。

 駅前広場の花壇には花が植えられている最中で、やかましくトンテンカンテンしている巨大な覆いの中身は、新設の町役場らしい。

 案内板には再開発完了後のモダンな完成図が描かれていた。

 

「やれやれ、鉄路の経済効果は凄まじいもんだね」

 まずは到着後の一服と、ロカテリアが煙草を口にくわえると、ほうきを持った清掃員が猛烈な勢いで近づいてきた。

「婆さん、ここは禁煙だよ、ウチはクリーンな町づくりを目指してんだ!」

 【禁煙!】の看板を指さして注意されてしまったので、仕方なく一度くわえた煙草を箱に戻す。

「もういいトシなんだから、タバコなんかやめちまいな。オレだってカミさんに言われてとっくに……」

「ほっといておくれよ」

 うんざりとした顔で、ロカテリアは愛用のトランクの持ち手を握りなおして歩き始めた。

 

 噂話を聞いた時、ここは小麦と養蜂が中心の、のどかな町だったはずだ。

 だが、最初にその噂話を聞いたのは、一体いつのことだっただろうか。

「三十、いや……四十年は前の話だったかね?」

 数えるのが面倒になったらしいロカテリアは、人の流れに乗って巨大なアーケードのある商店街入口へやってきていた。

 こちらも町の再開発に伴って新設されたらしく、どこもまだピカピカの店構えだ。

 昼間だというのに煌々こうこうと灯されたランプの下に並ぶ高級品と、ウインドウショッピングを楽しむご婦人たち。

 自分が買うべきものはこの真新しい商店街には一つも無いように思えて、ロカテリアはさっさとアーケードを抜けてしまおうと歩みを早めた。

 

「おひとついかがですかぁ?」

 結構な速度で歩いていたロカテリアに、果敢にも声をかけてきた者がいた。

 スイーツショップ「カカオバニー」の売り子が、店の外で呼び込みをしているらしい。

 バニースーツに身を包み、五本の爪の全部が違う色に塗られた手で、試食を配っている。

 ロカテリアは「ありがとう」と言いつつ、差し出された原色ピンクの生チョコレートを遠慮した。


 足を止めたついでに、ロカテリアは売り子に尋ねる。 

「【お菓子の家】で有名なケーキ屋を探しているんだが、知らないかい?」

 眉山を強調して描いているメイクのせいか、バニーの左の眉がピクッと動いたのはよく分かった。

「えー、お菓子の家ってなんですかぁ?」

 くにゃりと腰と首を傾けてポーズをとる姿に、知っているなと判断したロカテリアは重ねて問う。

「店に飾ってある瓶詰のお菓子の家に、本物の妖精が住んでるっていう……かなり有名な話だと思ったんだけどね」


 バニーは再び上顎に貼り付くような「えー?」と甘ったるい声を出して、今度は真っ青なキューブが刺さった楊枝を差し出した。

「ベリー味が苦手なら、ミントもオススメしてるんですよぉ」

 目の覚めるような青さに、ロカテリアは大げさに一歩下がる。

「すまないね、甘いものは医者に止められてるんだよ」

 断りの文句に、売り子は見切りをつけたらしい。笑顔を消して別の客を探しはじめた。


「あぁでも、次の町に持っていく土産を探していたんだっけ……」

 外に陳列された品をわざとらしくのぞきこんだロカテリアに、再び営業スマイルを貼り付けて勢い良く振り返った。

「何をお探しですかぁ?」

 すかさずロカテリアは答える。

「【お菓子の家】で有名なケーキ屋を探してるんだよ」

 作り笑いの二人の間に、微かな火花が散ったが、折れたのは売り子の方だった。

 

「それってもしかして、旧商店街の粉振るいフラワーシフターって店のことですぅ? お菓子の家で流行ったのなんか、あたしの祖父の時代ですよ」

 言いながら改めて売り子は、呼び止めてしまった面倒な客を見つめた。

 飾り気ないシャツ姿の女は、総白髪を後ろで一本に編んでいる。

 目尻や口元にシワはあるが、やせ形ですらりと背筋が伸びていて、老婆と言うには少しイキが良すぎる感じを受けた。

「フラワーシフターだね。助かったよ、ありがとう」

 ロカテリアが嬉しそうにニンマリと笑った様子が癪だったのか、売り子は強調された眉山をさらに上げて腕を組んだ。

「すごい古い話なのによくご存じですねぇ。あっ、古いヒトだから知ってるのかー」

 ピシリと凍った空気を敏感に感じ取るだけの能力はバニーには無かったらしい。

「で、お土産どれにしますぅ?」


 ロカテリアは胸の前に落ちてきたおさげ髪を、ピッと背中に払ってひとつ咳払いをしてから告げる。

「次は暑い土地に行く予定でね。絶対に溶けない菓子があれば、ひとつもらおうか」

「えぇっ? そんなのウチにあるわけないじゃん」

 ずらりと並んだチョコレートばかりのショーケースの前で、売り子は口をとがらせる。

「おや、それじゃ諦めるしかなさそうだねぇ」

 「お世話様」と軽く会釈して、ロカテリアは旧商店街に向けて颯爽と歩きだした。

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