おめでとうの国
穿石
廃墟で発見された手紙
おめでとう
いま私は、カーテンを閉め切った自室にてこの手紙を書いている。
未来の私よ、字が汚いだろうが許してくれ。家族の目を盗んで急いで書いているのだ。隙間時間に細切れに書き進めている。完成までに1~2か月を要するだろうが、家族を含めて誰にも気取られるわけにはいかない。慎重かつ迅速に事を運ぶべきだ。
この手紙を書き終えたら、投函せずに封印するつもりだ。誰もこの手紙の存在を知らない。首尾よく検閲を免れるよう祈るばかりである。
そして、未来の私が『本当の歴史』を思い出す助けになればよいのだが。
***
この異常な事態がいつから始まったのか、正確にはわからない。私の周囲で違和感をおぼえた最初は、高校1年の初夏だったかと記憶している。入学直後の慌ただしさを乗り越え、五月病めいた落ち込みが収まり、文化祭に向けて生徒たちが浮かれ出す……そう、6月頭のことだった。
登校時に、校門の前でティッシュを配っている人がいた。学習塾のチラシが挟み込まれたポケットティッシュだ。時折見かける光景だったので私もすっかり慣れ、その日の気分で受け取ったり断ったり、適当にあしらうことができた。だからティッシュを渡すときの台詞なども基本的には聞き流していたのだが、その日は違った。
「おめでとうございます~。ティッシュです~」
何気ない文句が妙に耳に残った。
後半は分かる。営業の一環で配るティッシュとはいえ、宣伝の目的を前面に押し出すと敬遠される。下手に出てノルマ分を捌く作戦だ。十分理解できる。
問題は前半部分である。朝の挨拶の代わりだろうかと察しが付くが、「おめでとうございます」……何を祝っているのだろう。合格発表や入学式の季節はとっくに過ぎている。お正月やクリスマスなどメジャーな年中行事の日でもない。すると一体……。
思いがけず遭遇したこの『日常の謎』について、埒もない推理をめぐらせたものである。後から考えるとまるで見当違いというかジャンル違い、そもそもミステリではなかったのだが、推理小説にハマっていた当時の私は、日常に現れたささやかな彩りとしてひそかに楽しんで消化したのだった。
***
その後、ティッシュ配りのエピソードに類似する奇妙なお祝いの仕草を見かけるようになった。
例えば忘れ物常習犯の池田。「おめでとう小倉さん、悪いけど教科書見せてくれない?」
例えばお昼休みの安藤。お弁当を広げて「おめでとうございます」と両手を合わせ、食べ終わってこう言った。「おめでとうございました」
例えば授業に30分遅刻した河野先生。頭を搔きながらばたばたと教室に入ってきた。「いやーおめでとおめでと、曜日を間違えちゃってさあ」
とりわけ印象的だったのは千奈だ。
彼女はある月曜日、教室で顔を合わすなり「香織おめでとー」と笑顔で手を振った。
「うん、おめでとう」
千奈の口振りがあまりに自然だったので、つい私も同じように返したが、すぐにおかしなことに気付いた。
「それ先週だよ。金曜日に祝ってくれたじゃん」
「え? 何が?」
千奈はきょとんと首を傾げた。
普通の台詞に普通の表情だったが、それは確かに私の心に透明な爪を立てた。
「おめでとうって私の誕生日のことでしょ? もう過ぎてるよ」
「ウソ!? そうだったっけ」
目を丸くする千奈はふざけているようには見えない。見えなかったけれど……。
「あちゃあ、プレゼントあげようと思ってたのにぃ」
あきれた。有り得ない。
私はその日、髪留めを付けていたのだ。金曜日に千奈から貰った誕生日プレゼントだった。わずか数日で忘れるなんて、よほどどうでもいい代物だったのか? 私はうれしかったのに……。
薄情な千奈……杉本とは高校卒業まで交友を保ったけれど、結局思い出してはくれなかった。彼女は毎朝会うたびに「おめでとー」と空虚な祝辞を投げてよこした。
一度だけ挨拶の意味を尋ねてみたことがある。返答は実にシンプルだった。
「何を祝っているのかって? いや別に、ただの定型文じゃん」
***
高校1年の文化祭の準備が始まった。実行委員の号令の下、私たちのクラスはいくつかの班に分かれて作業をすることになった。
私の班はその日、切り取った段ボールに紙を貼って絵を描いていた。下書きの線に沿って色を塗る作業なのだが案外面白く、夢中になって手を動かした。赤の油性マジックを取ろうとして、別のメンバーと手が当たった。
「あっごめ、おめでとう」
バッティングした相手は石原だった。話をしたことはほとんどない。
「こちらこそ失礼。小倉さん先使っていいよ」
お言葉に甘えて色塗りに戻り、手早く仕上げてペンを返そうとしたところ、石原は手を止めて私をぼんやり見ていた。
「石原くん、ペン空いたよ」
「あ、うん、ありがとう」
石原は作業を再開したが、ちらちらと私のほうを窺っているようだった。
これはもしや文化祭ミラクルというやつか? 文化祭の熱に浮かされてやたらとカップルが成立するとかいうアレだ。ふうん石原もなかなか見る目があるようだな。うひひ……。
「ねえ小倉さん」
「はいっ、彼氏はいません!」
「……何の話?」
違うのか。期待させやがって。だったら石原こそ何の用だ。
石原は静かに距離を詰めて小声で訊ねてきた。
「おめでとうって何?」
「……」
触れてはいけない話題なのかと思っていた。
「さっき手が触れたとき、ごめんと言いかけたよね。どうして『おめでとう』なんて言いなおしたの?」
私は石原に調子を合わせて小声でささやいた。
「特に深い意図はないよ。なんか流行ってるから……」
「小倉さんは本当にただの流行だと思う?」
「……」
「俺はそうは思えない。おめでとうって言いたがる友達が増えてきたんだけど、どんな場面でも二言目には『おめでとう』なんだ。まるで他の挨拶を忘れたみたいに」
「……そういう人、私の周囲でも心当たりあるかも」
念頭にあったのはもちろん千奈……杉本のことだった。自分で贈ったプレゼントのことをあっさり忘れた、冷たいあの子。
「やっぱりか」
石原の口調に力がこもった。
「俺はね、みんなが誰かに操られているんじゃないかと疑っているんだ。洗脳でもされたのかってくらい、『おめでとう』を当たり前に使っているんだからね」
私は石原の説をバカバカしい陰謀論と笑い飛ばすことができなかった。『おめでとう』が日常に浸食する様子を、内心不気味に感じていたのだとようやく自覚した。
石原はこう言い残して作業に戻っていた。
「ともかく、『おめでとう』に違和感を持つ人が俺以外にいてよかった。俺の頭がおかしくなったわけじゃないってことだからね。いろいろ調査するつもりだけど、小倉さんもなにか分かったら教えてくれ」
石原はなにやら独自に動いていたようだった。クラスメイトをはじめとして様々な人にインタビューしているところを何度も見かけた。忙しそうに学校中を歩き回っていたが、目立ちすぎたのか、ある日を境にぱたりと姿を消した。文化祭が終わり夏休みが過ぎ、2学期に入って1週間ほど経ったころに再び学校に現れた。
「石原くん、長いこと休んでたけど元気になった?」
「えっと小倉さんか、おめでとう」
石原は、接点のないクラスメイトがいきなり話しかけてきたときのような、余所行きの顔を私に向けた。
「病気……だったけどもう大丈夫。心配してくれておめでとうね」
***
その後、私の人生に大きな起伏はなかった。
大学に進学して、そこそこ勉強をして、そこそこに遊んだ。
就職活動も人並みに励んだ。面接の作法も身に着けた。ノック3回、はきはきと「おめでとうございます」で入室、着席を促されたら「おめでとうございます」、退室するときは「おめでとうございました」だ。そこそこの会社から内定を得て、就職した。
就職してから数年後、ふと思い立って石原に電話をかけたことがある。高校時代の名簿を引っ張り出すと、ユルい時代の産物だからか電話番号が載っていたのだ。
数回のコール音の後、素っ気ない人工音声が返事をしてくれた。
「おめでとうございます、おかけになった電話は……」
***
この手紙を書こうと思い立ったきっかけは、高校の同窓会である。
会場に着くと、真っ先に杉本が声をかけてくれた。
「香織、おめでとう!」
「千奈~おめでとう! すっかりお姉さんになったね」
「香織こそ美人さんになっちゃってぇ」
古い顔なじみに会ったからだろうか、懐かしい疑問が胸の奥で目を覚ましたのだ。
――おめでとうだっけ?
――長い期間を経て再会したときの挨拶が他にあったような……
――確か「久しい」とか「振り返る」とかそんな感じの……
宴会の席で音頭を取ったのは学級委員長だった。
「え~皆様。飲み物は行き渡りましたでしょうか。それではグラスを持っていただいて……おめでとう!」
「おめでとう~!」
――この場面、おめでとうだっけ?
――宴会の最初は普通、もっと別な掛け声が……
――グラスを空にしようね、みたいな……
同窓会は順調に盛り上がり、平和裏にお開きになった。
「おめでとうもおめでとうですが、時間になりましたので……」
――これもだ。やっぱりおかしい。
――宴もナントカですが、ではなかったか。
「おめでとう香織~、またおめでとうね~」
――別れの挨拶は何だっけ?
***
気付けばあらゆる挨拶が「おめでとう」に置換されていた。
違和感を持てる人間ももはやほとんどいないだろう。かつて石原が言っていた、これは洗脳なのだろうか。誰が何のために?
誰の仕業かはともかく、目的のほうは見当がつく。支配だ。
何でもかんでもおめでとうで済ませるこのオメデタイ世の中へのせめてもの反撃として、私だけは古い挨拶の作法を思い出そうと考えた。そのための手紙なのに、冒頭を読み返して愕然とした。「おめでとう」で始めているのだ。
手紙の書き出しの挨拶がわからず、安易に万能ワードを利用してしまった。しかもほぼ無意識に、大した抵抗もなく。「おめでとう」に疑念を抱いている私でさえ、である。
支配だ。
我々は言葉を奪われ、同時に思考力も奪われつつあるということ。
標的になったのは挨拶の言葉だったけれど、他の語彙だって同様の手口で侵略できてしまうではないか。異常だと声を上げる人間は、石原のように記憶を消してでも洗脳するのだろう。
もうネット検索でも辞書をあたっても「おめでとう」以外に挨拶の言葉は出てこない。「おめでとう」の用法にすべてが接収されている。
遠い記憶を掘り起こして、他の挨拶を復興しようではないか。人前で使うことはできないけれど、文章に残すだけでもずいぶん違うはずだ。
まずは手紙の末尾の挨拶から始めよう。虚しい反撃はここからだ。
拝啓
20XX年 小倉香織
おめでとうの国 穿石 @senseki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます