第5話 フィナーレ

「大木克洋、出ろ。」


 そう声をかけてきたのは、大木を逮捕した警官だった。言われるがまま大木はパトカーの前まで連れていかれ、そこに座った。


 空を見ると、これまでせいぜい月ぐらいの大きさだった隕石が、リンゴぐらいの大きさに見えた。日付を見ると、青木を拾った日から丁度三か月が経過していた。


「……急に寂しくなったのか?一人で死ぬのが」


 そう言うと、警官は笑った。


「ああ、浮気したんでかみさんに愛想尽かされてな」

「……そうじゃなくても、こんな事になってまで秩序守ろうとしている奴なんか、誰も一緒にいたいとは思わねえわな」


 大木は街を見る。こんな時が訪れる予感はしていたが、いざ目の当たりにしてみると、大木にはどうにも反応に困った。


「……プロデューサーだったんだろ?かなり有名だったらしいじゃないか」


 警官は前を見つめたまま大木に尋ねる。


「……別に。てめえの力で歌えないから、てめえの力でステージに立てないから、プロデューサーやってただけだ。」


 大木はいつか青木に言われた事を思い出し、ふっと笑った。


 車は東京ドームの横を通る。もはや人の来なくなった遊園地の乗り物が、寂しく風に揺れていた。


「……憧れってのはな、呪いなんだ。」

「それを捨てちまえば、色々な事が上手くいく。捨てちまえば、自分の弱さを見なくて済む、毎日楽しく過ごしていられる。」

「……なのに、どうしても捨てられない。一瞬捨てられたような気がしても、気づいたら自分のもとに戻ってきている。憧れを実現できない未来が頭に浮かんで、どうしようもなく恐ろしくなる」


 だから、形を変えて夢を叶えることにした。才能がある若いアーティストを見つけては、育成と言いながら、酷い暴言を投げかけ続けた。今思えば、あれは自分の夢がかなわないことの腹いせだったのだろう。


「……償っても償いきれない。俺はあいつの言う通り、負け犬として小屋に籠っているべきだったんだと思う。」

「……なるほど」


 大木が顔を上げると、気づけば車は大勢の人の中を走っていた。大木が驚いて目を丸くする。


「あの後、お前さんが捕まった後な。青木陽ちゃん、相当頑張ってたよ。」


 警官は車を止める。

渋谷のスクランブル交差点は、人で埋め尽くされていた。その真ん中で、誰かが歌を歌っている。青木の声ではなかった。


「……大木さん」


 車から降りた大木を、誰かが呼び止めた。振り返ると、そこにはこれまで大木がプロデュースしてきたアーティスト達が立っていた。


「ご無沙汰しています。」


 アーティスト達は警官に一礼すると、警官は帽子を深く被り直した。大木は茫然としながら、まだうまく動かない足を引きずって、観客の方へ向かう。


「……俺達が主催してるライブです。陽ちゃんが声をかけてくれてーもちろん、俺達も歌いましたよ。……久しぶりなんでひどい演奏でしたけど」


 そう言いながら、金髪の男性が楽器を持ち上げて笑った。


「青木は……青木はッ⁉」


 すると、アーティスト達は少し寂しそうな顔をした。その意味を、今の大木はすぐに理解することができた。


「悪い……本当に」

「……いいんです、俺らも、分かってますから」


 隕石はもう間近に迫っており、いつ衝突してもおかしくない。そんな中、渋谷に立ち並ぶビルの電気が突然消えた。一瞬のうちに観客の間にざわめきが起きる。


 次の瞬間、交差点の真ん中に立っている青木が照ら出された。ビルのモニターにも映し出され、一気に歓声が沸き起こる。

 

『こんにちは、青木陽です!』


 大木が久しぶりに聞いたその声は、以前より強くーそして、以前より優しかった。


『最後に、フィナーレとして、私の歌を、歌わせてもらいます!』


 より一層歓声が大きくなる。観衆が、沢山の人生が、ステージ上の青木だけを見つめている。

 その姿を見て、大木は笑った。




大抵の人はオーロラを見ずに死んでいく

サバンナのライオンを見ずに死んでいく

だからこんな世の中になったって

大してかわりゃしない 大して泣けやしない


夢は呪いだ 欲望は鎖だ

いつまでたっても真っ暗な闇に

言葉を投げて 吐いて 吐いて捨てては

僕らは笑ってた 僕らは泣いてた



 渋谷の街が大きな音に包み込まれる。大木は幸せだった。

地球が滅びる、隕石が衝突すると決まってから、ぱたりと止んでしまった音楽が、再び自分の前に現れてくれた。

 感謝の気持ちを込めて、大木は最後の唄を観衆と共に大声で歌った。 


 

 さよなら さよなら

 愛しき日々よ 美しき世界よ

 僕なら 私なら

 いつだってここにいるよ

 いつまでもここにいるよ



 声が止み、音が止み、そして幾つもの人生が終わりを告げる。

 地球は、再び静寂に包まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪徳音楽プロデューサー、世界の終わりに素人シンガーをプロデュースする おワンコ太郎 @owankotarotaro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画