第10話 虎のマスクと、秘密の調査


 ダンジョン第三層。

 直人は、無言で隣を歩く異様な存在をちらりと見た。


 ――虎のマスク。

 ――上半身裸。

 ――筋骨隆々の大男。


 どう見ても、怪しい。


「……あのさ」


「なんだ、直人」


 低く落ち着いた声。

 だが、その声の主は――


(父さん…何でそのチョイス?)


 直人は、内心で頭を抱えた。


「安心しなさい」

 少し後ろから、アウレリアの声が響く。


「その虎のマスクは、私が作った魔導具よ」


「魔導具?」


「魔力を使い、完全認識阻害を展開するの。顔も、声も、魔力も、すべてが別人として認識される」


何故か腰に手を当て、ドヤ顔をしている。


「王国側には凄腕の傭兵にしか見えないわ」


「……半裸なのも?」


「趣味ね」


「えっ」


「彼の」


 虎のマスクが、咳払いを一つした。


「……魔導具の安定性の問題だ」


 明らかに誤魔化した。


「つーか、アウレリア?お前ずいぶんと言葉遣いが、」

「お黙り!」


虎のマスクにバッテンが付いたマスクが現れて、モゴモゴとしている。


「それよりも表向きの任務なのだけど」


 今回の名目は、ダンジョン異常調査。

 拡張を続けるダンジョンの構造確認。

 魔物の発生頻度と種類の変化。

 そして――


「分かっています。裏の目的は魔王因子の有無」


 アウレリアは、淡々と言う。

「噂が広がりすぎているの。王国も、教会も、

 魔王復活という言葉に引っ張られている」


「だから先に、本物かどうかを調べるんだろ」

虎のマスクが、低く唸る。


「魔王因子が確認されれば、即座に対応が必要になる」


「……父さん」


「俺は傭兵だ」


 即訂正が入った。


「ここではな」




 奥へ進むにつれ、空気が変わる。

 重い。

 濃い。

 魔力が、沈殿している。


「直人」


 虎のマスクが、壁に手を当てる。


「……やはり、魔王因子は核ではない」


「どういうことなんだ?」


「これは――」


 一瞬、言葉を探す。


「受け皿だ」


 アウレリアが、静かに続けた。


「世界に溢れた魔力を、行き場なくした力を…ここが集めている。直人、あなたが中心になって」


 直人は、息を呑んだ。


「俺が……?」


「そう。意図せず、ね」




 結果的に調査は、成功だった。

 魔王因子はある。

 だが、復活の兆候はない。


 問題は――

 直人自身が安定装置になっていること。


「この件は、王国にも教会にも部分的にしか報告しない」


 アウレリアは、きっぱり言った。


「直人、あなたの存在は伏せる」


「父――じゃなくて、傭兵も」


「当然だ」


 虎のマスクが、短く答える。


「そして――」


 アウレリアは、視線を逸らした。


「日本側には、一切知らせない」


 直人は、首を傾げる。


「母さんには?」


 虎のマスクが、わずかに沈黙した。


「……言わない。心配させる必要はない」


 その判断が、後に取り返しのつかない選択になることを……この場の誰も、まだ知らない。




 ゲートをくぐる直前。

 直人は、ふと振り返った。


 ダンジョンの奥で、何かが――確かに、目を開いた気がした。


「……気のせい、だよな」


 虎のマスクは、何も言わなかった。


 アウレリアだけが、ほんの一瞬、唇を噛みしめた。


 こうして、異常調査は成功として終わった。


 だが。


 秘密は、重なり。

 隠蔽は、歪み。

 沈黙は、必ず代償を求める。


 その悲劇は――

 まだ、日本の畑で、静かに芽を出し始めていた。

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