甘露
私の母は変わっていた。
小学生の頃、微妙な顔をして皿の上のグリーンピースをつついている私を見て、
「好き嫌いははっきりしてね」
そう母に諭された。
「私、この緑色の豆…苦手…。」
そう答えると、
「そう、分かったわ。」
それだけ言って特に怒らず、宥めもせず、お皿を下げてくれた。
それ以降、家でグリーンピースを見た事は一切ない。
この日から、
『はっきり伝えること。』
それが私の正義になった。
嫌いなら嫌いと言い、好きなら好きと言った。
ただ、集団はそれでは上手くは行かなかった。
小学生のころ、
「それじゃあ言い方が強すぎるんじゃないかな」
と先生には言われた。
「何様のつもり?あんたの好き嫌いなんか知らないわよ。」
とクラスの中心の子からは嫌われた。
それからというもの、1人で過ごすことが多くなった。
中学校では隣に座った男子に何を言われたか覚えていないが、その言葉につい反射的に
「私、貴方嫌い。」
そう言ったら虐められる毎日が待っていた。
慈悲深いように声をかけてくる女子もいたけれど、
「私あなたの事も嫌いよ。見ているだけだったでしょう。」
軒並みそう言ったらいじめる側に回っていった。
そんな中学生時代を経て、高校時代は寡黙な文学少女を演じてみた。
特に話しかけられることもなく、とても平穏な日々だった。
大学に入って、ふと目に入った絵があった。
綺麗に描かれている訳でもない、整っている訳でもない、けれど、どこか必死さを感じるそんな絵だった。
ただ、どれもが小物ばかりで面白みに欠けていた。
面白みに欠ける絵は私は嫌いだ。けれど、この絵の感想は言いたかった。なぜかはわからなかったけれど、どうしても伝えたいとそう思った。
「私はあなたの絵、嫌いだな。貴方の事も、ちょっと苦手。」
そんなものしか吐き出せない人じゃないはずなのにそんなものしか吐き出していない人は苦手だと、そう思った。
また、やってしまった。
そんな考えが頭の中を渦巻いたのは、家に帰ってからだった。
嫌われただろうか。そんな不安を抱きつつも大学へ向かう毎日。
不思議なことに慌てるばかりで嫌そうな素振りを一切見せない彼。
勇気を出して、リクエストをしてみる。
「人を描いてみればいいじゃない。」
生まれてこの方コミュニケーションなんてものは取った記憶がほとんどない。
そんなぶっきらぼうな言葉にはじめ、彼はぽかんと呆けた顔をして特に人の絵を描くでもなく、数日が過ぎました。
「なんで人…描かないのよ。」
そう一度だけ聞いてみると
「苦手なんですよね。人を描くのは。描いたこともありませんし。それに、気も乗りません。」
そんなことを返された。気分の問題で嫌われたわけではなかったことへの安堵と、やはり、小物ばかり書いていることへのなんともいえぬ気持が混ざり合い、
「だったら化物でも描いてみればいいじゃない。人型の。」
私はそう言い放った。
すると彼はなんだか少し顔をそらすようなそぶりをしたかと思うと、くすくすと笑い始めた。
「なんで笑うのよ。何が面白いの。」
笑われたことに対するいら立ちなのか、恥じらいなのか少し強めの語調で私は言う。
すると彼はにこりと微笑みながら私の目を見て、
「嫌いだって言いながら、好きになろうとするその姿がすごい、いいなって思えてきて、けど、それでも、なんだか、面白く思えてしまってね。」
そう言い放った。
「面白いって、なによ。」
なんともいえぬ恥ずかしさを感じた私は彼の笑みにつられ、笑うのを必死に抑えながらそう言い放って足早にその場を後にした。
それを皮切りに私たちは互いに互いをさらけ出す様になり、彼も化け物の絵を見せてくれるようになった。
「貴方の化け物の絵は…好きよ。」
この言葉を口にしたときは今まで何でもなかった好きなものは好き、嫌いなものは嫌いと言うという正義が少し揺らぎそうなほどに気恥ずかしさを感じた。
それがなぜなのか、わからないまま3年の月日が流れ、共にいるのが当たり前になっていたころに初めてその正体に気づいた。
「好きです。付き合ってください。」
その言葉を実際に聞いたのは人生で初めてのことだった。それと同時に『好き』と言う言葉の重みと自分の中での意味を自覚した。
盗み聞きのような形で聞いた大学の駐輪場近くでの話。
「大学を出たら、もう、ただの友達になるのかな」
家でそっと呟くその言葉に得も言われぬ喪失感と感じたくない距離感を思う私。
共にいる時間が長ければ長いほど、今じゃないと自分の心が邪魔をする。
そんなある日だった。
「あぁ、もうこんな時間か。これを君に。メリークリスマス。」
そう言って彼から渡されたのは赤い包みに緑のリボンで包装された箱だった。
「私は今日はもう帰らなくてはいけないから、お先に失礼するよ。」
そう言ってスケッチブックを持ってそそくさと彼は帰ってしまった。
家に帰って包みを開けたそこには薄い茶色の革製の手袋が入っていた。気を遣ってくれなくてもいいのに…。そんな事を思いながら手袋を取り出して眺めていると、箱の底に薄い紙が一枚入っているのが見えた。
『メリークリスマス、どうかな。手袋は喜んでもらえただろうか。
まずは一つ、謝らせてほしい。こんな卑怯な私をどうか許してほしい。
大学生になって、友人がいない中で、君と出会い、初めて「嫌いだ」と言われた時には少し驚いたけれど、同時に面白さも感じたものです。
そうして君が「人を描いてみれば」と言ってくれた時にはあぁ、この人はちゃんと人を、私を見ているんだとそう思いました。
そんな折、化け物を描くと言う選択肢を提示してくれた時には私の絵の世界が一つ拡がった気がしてなんとも嬉しく感じました。
それからと言うもの、多くの時を過ごしましたね。多くの議論もしたように思います。私は友が少ない人間ですから、君と共に過ごせたこと、本当に感謝しています。
ありがとう。
しかし、私と言う人間も欲深い人間のようで、君と共に人生を歩みたいとそう思いました。
私は、君のことを心の底から愛しております。
手紙と言う卑怯な方法で申し訳ないと思います。面と向かって伝えられない私をどうか、これからもよろしくお願いいたします。』
薄い紙一枚、しかし、そこにはとてもそれでは抱えきれぬほどの切実な思いがつづられていた。
私は何度も何度も前が見えなくなって雫が溢れ出そうになりながら、声にならない声を上げ、その手紙を読みました。
「私も、お慕い申しております。」
その言葉を伝えることが出来たのは年が明けて、年賀状でのことだった。
それまでは会いこそすれ、よそよそしくも触れはせず。と言った風でどこかぎこちなく、過ごしていた。
思いが伝わって、初めて会った時には互いに少しの笑みをこぼして数秒の抱擁を交わした。
そのあとは特別何もなく、ただ只管に日常を過ごした。
大学生としての日常を。
そうした日々もあっという間に過ぎ去って気づけば社会人になって3回目の春を迎えていた。
5月の連休を前にして、いつものように食事に向かう。
どこかぎこちないその出で立ちと緊張感に私も何が起こるのかは気が付いて居た。
「私と、結婚してください」
そうして差し出されたのは一輪のバラだった。
彼らしいとそう思いながら受け取る私の手は何故だか震えていた。
「謹んでお受けいたします。」
今にもあふれ出しそうな涙。
同時に、バラを差し出す手が震えていることに気づいてか、喜びからか、自然と笑みがこぼれる。
それからも多くのことがあったように思う。
それから4年ほど経って、第一子が生まれ、1年ほど経って、彼の勤める会社が倒産した。
しかし、私にとってそれは些細なことでしかなかった。
彼には彼を支える人がいる。そう信じていたし、彼には信じられるだけの強さがあった。
2か月ほどして彼は就活をはじめ、その4か月後には再就職を果たし、立派に働いてくれた。
本当に偉大だと思える人だった。
そうして2年後には第二子にも恵まれた。
不自由が何もなかったとは言い切れない人生だったけれど、不安が無い人生とも言えなかったけれど、愛する人と歩み、紡ぎ、子に囲まれて生きることが出来た。
心から、幸せな人生だった。
私はそう、言える。
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