第11話【前に進める】

「ねえ、今日は出張扱いになってるんだから。どうせなら、美味しいものでも食べてから帰らない?」


桜田が、何気ない口調で圭吾に提案した。


――確かに。

――帰ってから一人で食事の用意をするのも、正直、面倒だ。


圭吾は、少し考えてから頷く。


「……そうしましょう」


そう答え、桜田の提案を受け入れた。


桜田の希望で、少し高級そうな和食店の駐車場に車を停め、二人で店の中へと入る。


落ち着いた照明と、静かな雰囲気の店内は、外の喧騒を切り離したようだった。


二人は同じ、懐石料理を注文した。


料理が運ばれてくるまでの間、圭吾は落ち着かない様子で口を開いた。


「桜田さん……さっきの話なんですが、なんて言って謝ればいいですか?」


相談するような視線を向けると、桜田は即答する。


「『申し訳なかった』『悪かった』『ごめんなさい』。その三つでいいんじゃない」


ただ謝罪の言葉を並べただけの、そっけない返事だった。


だが、すぐに続けて、


「あ、今、電話しなさいよ。そばでフォローしてあげるから」


それがいいと言いたげな表情で、桜田は圭吾を見ている。


そう言われた圭吾の胸は、一瞬にしてざわついた。


突然の提案に戸惑いながらも、


――でも……フォロー、してくれるんだよな。


その言葉に背中を押されるように、圭吾は携帯電話を取り出した。


「……かけますよ。桜田さん、フォローお願いしますよ」


桜田は隣で、「うんうん」と軽く頷いている。


圭吾は意を決して、弟・圭太に電話をかけた。


すると、すぐ横から、


「スピーカーにして。聞こえなきゃ、アドバイスできないでしょ」


そう言われ、圭吾は素直にスピーカーへと切り替える。


呼び出し音が鳴る。


三回目のコールで、


「もしもし」


圭太の声が響いた。


「もしもし……圭太か?」


圭吾の声は、わずかに上ずっていた。


「ああ、そうだけど……なに?」


圭太の声にも、警戒と緊張が混じる。


「あのな……実は……」


謝罪に慣れていない圭吾は、そこで言葉に詰まり、しばらく黙り込んでしまう。


すると――


「ちょっと、何してるの! ごめんって伝えてほしいんでしょ! 相手も忙しいんだから、さっさと話しなさいよ!」


桜田の容赦ない叱責が、横から飛んできた。


――これが、フォローなのか……?


圭吾が内心でそう思った、そのとき。


「に、兄さん……誰か一緒にいるの?」


圭太が、困惑した様子で尋ねてきた。


「私? 私は黒田くんと同じ職場の桜田っていいます」


桜田は一切ためらうことなく携帯に向かって話し出す。


「黒田くんがね、元カノさんの幸さんに、心から謝りたいって言ってるの。だから、あなたから伝えてもらえる? ……ほら、早く言いなさいよ」


と、圭吾を急かした。


「け、圭太……幸に……本当にすまなかったって伝えてくれ。それと……お前にも……いろいろ嫌がらせをして……本当に……ごめん」


言葉に詰まりながらも、圭吾は最後まで言い切った。


「はい、そういうことだから。ちゃんと伝えてあげてね。黒田くん、ちゃんと反省してるから」


桜田はそうまとめると、


「それじゃ、お願いしたわよ」


と言って、通話を切った。


電話の向こうで、圭太は切れた携帯を呆然と見つめていた。


――あの兄さんが……

――完全に、負けてる。

――……桜田さんって人……凄すぎる……。


圭太は、しばらくその場から動けずにいた。


「よかったわね。ちゃんと謝ることができて」


桜田は、圭吾に満面の笑みを向ける。


一応謝罪することはできた。


だけど――


「……桜田さんのフォローって、キツメというか……」


圭吾が遠慮がちに言うと、桜田は


「なに、その目。私のフォローが気にいらなかったわけ?」


「い、いや、そうじゃなくて……」


慌てて首を振り、


「もう少し……こう……優しめな感じかと……」


――耳元で教えてくれるような。

――背中をそっと押してくれるような。


そんな“想像していたフォロー”とは、だいぶ違っていた。


すると桜田は、呆れたように小さく息を吐き、


「謝るっていうのはね、相手の都合や気持ちを考えて、ちゃんと伝えることなの。電話口でちんたらしてたら、相手だって面倒くさいでしょ」


と、はっきり言い切った。


その言葉に、圭吾はぐうの音も出なかった。


反論できずにいる圭吾に、


「でも、ちゃんと謝罪できてよかったじゃない。これで一区切りついて、前に進めるんじゃない?」


桜田は、穏やかな声でそう言った。


その言葉を聞いた瞬間、圭吾の胸の奥が、じんわりと熱を帯びていく。


桜田の温かい言葉に、優しく背中を押されたような気がしたからだ。


圭吾は、大きく息を吸い込み、そして、静かに息を吐きだした。


























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2026年1月14日 18:00
2026年1月15日 18:00
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クズ男と決別した私の未来は輝いている【圭吾編】 カシスサワー @hikiyose8811

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