第6話 誘拐交渉をしました。

小高い山城の砥石といしじょう城門をくぐった瞬間から、

空気が張りつめていた。


宇喜多家の城。

いつもなら家臣たちの足音や、鎧の擦れる音が響くはずの広間は、

今日は異様なほど静かだった。


いや、正確には嵐の前の静けさだ。


僕が上座の前に進み、畳に膝をついた、その瞬間。


――ドンッ!!


重い音が響いた。

宇喜多直家が、拳を畳に叩きつけたのだ。


顔が赤い。

目が血走っている。

呼吸が荒く、肩が大きく上下している。


明らかに、

理性の限界を超えている。


「この……鬼めぇぇぇッ!!!」


直家の怒声が、広間に炸裂した。


「人間か貴様はッ!!

 そちは……そちはなぁ!!」


立ち上がり、指を突きつけてくる。


「まだ何も知らぬ、

 可愛い幼子を二人も誘拐するなど!!

 それでも武士かッ!!

 それでも人の親かッ!!」


唾が飛ぶ。

声が震えている。


怒りだけじゃない。

恐怖と、絶望と、父としての焦り。


それが混じった声だった。


家臣たちは誰一人、口を開かない。

止めに入る者もいない。


(……止められんよな)


自分の主君が、

子を奪われた父親になっているのだから。


「我らが今まで、

 誰の後ろ盾で生きてきたと思うッ!!」


直家は畳を踏み鳴らしながら詰め寄る。


「毛利だ!!

 毛利の威を借りて、

 この国は保たれてきた!!」


声が裏返る。


「今さら裏切れと!?

 我らに死ねと言っておるのか!!」


拳が震えている。

刀に手がかかりそうになるのを、

家臣が必死に目で止めている。


(……ここで斬られてもおかしくない)


僕は、

唾を飲み込んだ。


胸の奥が、

ぎゅっと締めつけられる。


(わかってる)


(全部、正論だ)


(怒って当然だ)


だが。


「……それでもです」


僕は、低く言った。


直家が、

一瞬だけ言葉を失う。


「毛利家は、 三年以内に必ず衰えます」


「戯言を――!」


「戯言ではありません」


目を逸らさず、続けた。


「尼子、宇喜多、 そして織田」


「この三つが噛み合えば、

 毛利の“団結”は 必ず歪みます」


直家の顔に、

怒りの中に迷いが差す。


「……それでも、

 我が子を使って脅すか」


声が、

少しだけ低くなった。


(効いている)


(だが、代償がでかすぎる)


「……許せぬ」


直家は、絞り出すように言った。


「一生、 許せぬやり方だ」


その言葉は、

刃物より重かった。


「だが……」


拳を、

ゆっくり下ろす。


「……このままでは、

 どのみち我らは潰される」


目を閉じ、

深く息を吐いた。


「……次に会う時は」


目を開き、

僕を睨む。


「戦場だ」


その一言に、

全てが込められていた。


細かい打ち合わせは、

明智君に任せた。


僕は、

何も言えず、城を出た。


胃の奥が、

焼けるように痛む。


(……潰瘍、 できるな、これ)


誘拐したのは、

僕だ。


説得したのも、

僕だ。


正しいかどうかなんて、

もうわからない。


ただ一つ確かなのは


毛利元就を倒さねば、

 この地獄は終わらない。


毛利元就。

団結の象徴。


人柱を禁じ、

石碑に刻んだ言葉。


【百万一心=「一日一力一心」】

国民が皆で力を合わせれば、何事も成し遂げられる。


毛利元就、人格者であったであろう。

天下をとる気持ちであればとっていたかもしれない。


(……敵ながら、 立派すぎる)


天下を取ろうと思えば、取れただろう。


だが彼は、毛利家を守ることを選んだ。


だからこそ、厄介だ。


分進合撃ぶんしんごうげき

分散して進撃している最中の敵を、

再集結する前に一点集中、敵に攻撃する。


外線作戦がいせんさくせん

敵を包囲し、または挟み打ちにする位置にあって作戦を展開すること。


この戦いは人海戦術になるなと僕は思った。


人海戦術じんかいせんじゅつ

損害をかえりみず数の力で敵軍を押しきろうとする戦術。転じて、

多人数で物事に対処する多くの人間が指揮のもと動く。


ならば、数を、効率に変える。


僕は、新たな兵器の図面を引き始めた。


人力槍衾じんりきやりぶすま

簡単にいえば無数の槍を束ねて2つの車輪を付けた突撃

手動兵器であるこれなら少ない人間で槍衾を効率よく行うことができる。


血と血がぶつかる前に、この戦を終わらせるために。

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