あのガラス戸の向こうで
@80rcl01q
あの声と髪型と消えなかった想い
「由真ちゃん!」
私はそう呼ばれた時に目を覚ました。
ああ、また同じ夢。その時、
「由真〜!もう朝だよー!」
と、1階からお母さんの声が聞こえてくる。
「早く起きないと遅刻するよー!!」
私は眠たい目を擦りながら、学校に行く準備をする。
───
由真は、後ろの席を見て小さく息を吐いた。
「……今日もしてるね」
「え?」
恵那がきょとんとした顔でこちらを見つめる。
「ハーフアップ。もう定番」
「そんなに毎日してるかな」
そう言いながら、恵那は少し照れたように髪に触れた。
「うん。似合ってる」
「……由真に言われると、嬉しい」
その会話を聞いていた寧々ちゃんが、くすっと笑う。
「由真さ、恵那のハーフアップ好きすぎでしょ」
「そ、そんなことないって」
「あるよね?」
恵那が小さく笑った。
理由は分からなかった。
でも、目が合うと落ち着いて、
一緒にいるのが当たり前になっていた。
⸻
卒業式の日。
体育館を出て、人が少しずつ散っていく中、
恵那が由真を呼び止めた。
「由真……ちょっといい?」
「うん」
「私たち……前にも会ったことあると思う」
由真は少し困ったように笑った。
「……ごめん。私、覚えてなくて」
そのとき、由真のお母さんが近づいてきた。
「恵那ちゃん、少しお話しいいかしら?」
「はい」
お母さんは静かに息をつき、言葉を選びながら話し始めた。
「実は、由真は小学二年生の春に大きな交通事故にあってしまったの。
そのとき足を強く打って、一時は歩けなくなったの」
恵那は静かにうなずく。
「それだけじゃなくてね……事故の影響で、しばらくの間、記憶がうまく戻らなくなってしまったの。小さい頃のこと、友達と過ごした日々のことも、いろいろ覚えていないの」
恵那はじっと聞き入り、理解を深める。
「でも、リハビリをがんばって、今はこうして元気に歩けるようになったの。
ただ、記憶は完全には戻らないかもしれないって言われていて」
お母さんは恵那を見つめ、優しく微笑む。
「もしよければ……由真のことを少しでも理解してほしいと思って……」
恵那は、言葉が出ないまま、ただうなずいた。
⸻
そのあと、お母さんは少し笑って言った。
「恵那ちゃん、もしよかったら、この後由真をあの駄菓子屋に連れていきたいの」
あの駄菓子屋とは、由真が小学1年生から毎日通っていた駄菓子屋だ。その店主のおばあちゃんの孫が恵那だ。
「え……でも、もうお店は閉まってますよ、、」
恵那は少し戸惑う。
「そうなの。でも、えなちゃんが連れていってくれたら、由真にとって大切な場所になると思うの」
恵那は少し考え、深呼吸をしてから頷いた。
「わかりました。連れていきましょう。」
⸻
私たちは、歩き出す。
駄菓子屋の前に着くと、閉まったガラス戸が二人の前にある。
由真はそっとガラス戸を押すと、中から懐かしい声が響いた。
「由真ちゃん?」
その瞬間、由真の目の前に、幼い日の自分と恵那が重なった。
匂い、音、笑い声——すべてが鮮明に甦る。
「恵那、ごめん、今まで気づかなくて……」
涙があふれ、感情が一気に押し寄せ、由真はその場に倒れ込んだ。
⸻
病院で目を覚ます由真。
「……また、病院……」
頭の奥には、小学生の頃の駄菓子屋や、恵那との思い出が溢れている。
恵那がそばで、心配そうに顔を覗き込む。
「由真、大丈夫??」
由真は咄嗟に恵那の手を握った。
「恵那、ごめんね、気づかなくて……
ハーフアップも……小学生のころ、私が可愛いって言ったから続けてくれたの……?」
恵那は涙を浮かべながら、そっと頷いた。
「……うん」
⸻
退院の日の夕方。
病室はオレンジ色の光に包まれていた。
「……私さ」
恵那が、意を決したように言う。
「覚えてなくても、由真が好きだった……ずっと」
言い終えたあと、はっとして首を振る。
「ごめん……私、何言ってんだろ……もう、友達も無理だよね」
由真は一拍置いて、俯いた。
「……もう、友達には戻れない……」
恵那の胸が沈む。
「……そうだよね」
その瞬間、由真は顔を上げ、ぱっと笑った。
「うん、戻れない、だって、私も恵那が好きだから、もう、友達になんて戻れない」
恵那は、涙をこぼしながら笑った。
ガラス戸の向こうで始まった時間は、
遠回りをして、今ここに戻ってきた。
⸻
エピローグ
同窓会の会場。
少し大人びた服の中に、
見慣れた顔が混じっている。
「会場混んでるね」
「うん」
二人は自然に笑った。
会場の隅で並んで座り、
他愛のない話をする。
「覚えてる?」
由真がふと思い出したように言う。
「中学のころ」
「……ハーフアップ?」
「うん」
恵那は、少し照れながら髪を触った。
「今日もしてるよ」
「知ってる」
しばらく沈黙が流れたあと、
恵那が静かに言った。
「私たちさ、不思議だよね」
「なにが?」
「何年たっても、ちゃんと隣にいる」
由真は、ゆっくりうなずいた。
「……うん」
会場の外に出ると、夜風が涼しかった。
「帰る?」
「うん」
並んで歩きながら、由真はふと立ち止まる。
「ねえ」
「なに?」
「また、あの駄菓子屋の前、行こうか」
恵那は、少し驚いてから笑った。
「……うん」
ガラス戸の向こうに置いてきた時間は、もう戻らない。
それでも——
時間は進んでも、二人の距離は変わらない。
静かに、並んで歩いていく。
あのガラス戸の向こうで @80rcl01q
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