第四話 黒き影

  森を進んでいたその時だった。

 背後から、冷たい風が吹き抜ける。

 振り返った瞬間、闇が立ち上がった。

 全身が黒い靄に覆われ、血のように赤い目が二つ、じっとこちらを見ている。


 「……黒の魔物!」


 リィナが弓を引き絞り、矢を放った。

 鋭い風切り音と共に矢が突き刺さる——だが。

 ヴォワーン、と黒い靄が波紋のように揺れただけで、魔物は一歩も止まらなかった。


 「嘘……効いてない!?」


  次の瞬間、魔物の腕が振り下ろされる。

 翔太はとっさに身を翻したが、衝撃で体が吹き飛ばされた。

 地面を転がり、息が詰まる。


 「ぐっ……!」


  立ち上がろうとした瞬間、魔物の巨大な手が振り下ろされ——

 その時だった。

 右手の紋章が赤黒く光り出した。


 「——っ!?」


  勝手に腕が動き、魔物の手を受け止めていた。

 骨が軋む音。だが痛みはなかった。

 紋章から流れ込む熱が、全身を突き抜けていく。


 「な、なんだこれ……!」


  次の瞬間、拳が握り締められた。

 ゴギャッ!

 魔物の腕が、まるで土塊を砕くように潰れた。

 黒い靄が悲鳴のように弾け飛ぶ。


 「い、今の……」


  リィナの矢が再び放たれる。

 今度は深く突き刺さり、黒い靄を裂いた。

 確かに効いている。


 「効いてる……! 今なら!」


  リィナが矢を連射し、最後に放った一本が魔物の赤い目を射抜いた。

 黒い影は揺らぎ、崩れるように霧散していった。

 森に再び静寂が訪れる。

 翔太は膝をつき、震える右手を見つめていた。

 刻まれた紋章が、まだ微かに脈動を続けている。


 (……俺の体に宿ってる、この力は……?)


  リィナは矢筒を下ろし、翔太を見つめた。

 その瞳には警戒と同時に、恐怖すら浮かんでいた。


 「あなた……何者なの……?」


 答えられる言葉は、翔太の中にはまだなかった。

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