第5話 ゴーレムと名前と

「……できた」


 ふぅ、と小さな息をこぼし、天を仰ぐように上体を反らす。背骨がパキパキと鳴り、縮こまっていた肺に空気が満ちていく。


 ぼうっと空を眺めていると、視界の端に青い塊が映りこんだ。最高点で一瞬だけ静止すると、すぐに地面へと吸い込まれていく。


 動きに釣られて顔を動かすと、スライムが少し恥ずかしそうに佇んでいた。どうやら彼なりに祝福してくれたらしい。


 私は口元を緩ませながらスライムを抱っこすると、改めて完成したゴーレムを見つめる。




 大小二つの土の塊を重ねた、ずんぐりむっくりとした愛らしいシルエット。肩から伸びる関節のない腕の先には、お饅頭のような丸い手がついていて実にキュートだ。


 その顔には、黒い点を打ったようなつぶらな瞳と、猫のように波打つ口元、そして丸くピンク色に染まった頬っぺたまでもが描かれている。


 頭頂部に咲いた一輪の花をふるふると揺らしながら、その不思議な生き物は、私に向かってゆっくりと手を振ってみせた。


「かわいい」


 ゴーレムに手を振り返していると、後ろから低い声が聞こえた。


 振り返ると、首にかけたタオルで顔を拭うユーマの姿がある。私が作業をしている間、ずっと素振りをしていたのだ。その体力が羨ましい。


「……でもお前、顔なんて書いてたっけ?」

「んぐっ」


 口から変な声が漏れる。私は目を泳がせながらユーマの問いに答えた。


「もっ、もとから書いていたよ?……うん」

「嘘つけ。絶対に書いてなかっただろ」


 ユーマがジトッとした目を向けてくる。私は視線をそらして、ごにょごにょと言葉を濁した。


 口の周りを汚したまま「食べていない」と言い張る子供の方が、まだマシな嘘をついただろう。


「なんか……勝手に、その……出てきた」

「はぁ?」

「……だから、体を作ったら、いつの間にか顔が描かれていた。私は結構気に入っているんだけど」


 ユーマが意味が分からないという様子でゴーレムを見つめている。私だって意味が分からない。


「でもっ、結果良ければ全て良しっていうじゃん!どうしてそうなったのかが理解できなくても上手くいっているならそれでいいじゃん!」


 私は船に乗るとき、なぜ船が水に浮かぶのかを一々気にしない性分なのだ。目につくもの全てに疑問を覚えれば、生きていくのが大変になってしまう。


 私がそう反論をすると、ユーマは「論点がずれている」と呟いた。私もそう思う。




「それで、このゴーレムなら自然なのか?」

「うん。ダンジョンって、それぞれの環境に適した魔物を生み出すんだ。洞窟ならゴブリンとかスケルトン、海底ならサハギンやシーサーペントといったふうにね」

「花畑だったら土でできたゴーレムは自然ってことか。……でも、このゴーレムは新種だろ?」


 新種の魔物をダンジョンに配置すれば、私の存在がばれてしまうのではないのか。ユーマがもっともな疑問を述べる。


「ユーマは、ゴーレムが自然発生する条件を知っている?」


 質問に質問を返すと、ユーマは知らないと首を振る。


 ゴーレムは高濃度の魔力が溜まる場所で生まれる。魔力が結晶化してコアが生まれると、周囲の土や岩、金属くずなどを引き寄せて体を形成する。


 つまり、ゴーレムに決まった形などないのだ。変な見た目をしたゴーレムなんていくらでもいる。


「体が小さいのだって、ここが出来立てのダンジョンだから、強力なコアを生み出すことができないんだって誤解すると思うよ」

「……なるほど」


 ユーマは腑に落ちた様子で、深く顎を引いた。




* * * * * * * * * * * *




「ユーマ。相談があるんだけど」


 土を丸めながらユーマに話しかける。私の足元には、月が零した雫のように美しいゴーレムのコアが無造作に転がっている。随分と手荒な扱いだ。


「っ……!な、んだっ」


 意識の大半を目の前の敵に割きながら、ユーマがかろうじて声を絞り出した。迫りくる小さな影に向かって銀色の閃光を振るうが、素早い動きで避けられてしまう。


 体幹がぶれ、足がもつれている。右足を引きずるその姿は、罪人が罰を受けているかのようだ。


 ユーマを視界の端で捉えながら、私は土の雪だるまに手足をつけた。二段目に可憐な顔が現れ、頭頂部から一輪の花が芽吹く。


 トタン君は私に手を振ると、ユーマに向かって駆け出した。トタトタとかわいらしい音が鳴る。


「増やすなぁぁあ!!」


 喉が張り裂けんばかりの、魂の咆哮が木霊する。


 生まれたばかりのトタン君3号が、ユーマの空いている左足にしがみつく。2号と3号に両足を拘束されて棒立ちするユーマに、1号が襲い掛かる。


 1号はユーマの狙いすました一撃を華麗な足さばきで回避すると、剣の側面に向かって体当たりする。


 ユーマの手から剣が離れ、花畑の中へと弾き飛ばされていった。美しい景色が悲鳴を上げ、色とりどりの花びらが舞い上がる。ユーマは悔しそうな顔で剣を見つめている。




「……それで、相談って?」

「ゴーレムにはトタン君って名前をつけたでしょ?この子にも名前をつけたいなって」


 私の視線に気づいたスライムが、ポヨンと小さく跳ねる。『いいの!?』と言っている気がする。


 もちろん、いいに決まっている。


 この子は私のファーストモンスターで、命を救ってくれた。


 君がいなければ、このダンジョンは初日で閉店していたのだ。もはや存在したという事実すら疑わしかっただろう。


「どんな名前にするか迷ってるんだよね」

「スラとか、ライムとかでいいんじゃないか?」

「安直すぎるでしょ……」


 脳を介さずに返答をしたユーマを呆れながら見つめる。


 期待に満ちた雰囲気で伸びたり縮んだりしていたスライムも、一瞬だけ絶望の表情を浮かべたように見えた。ポヨッと膨らんで抗議している。


 スライムは知性が低いはずだが、この子は絶対に言葉を理解している。ドラゴンすら生み出せる膨大なエネルギーで、このスライムを創造したからだろうか。


 リヴァイアサンたる父上のことを考えながら召喚したけれど、青いということ以外共通点がない。


「アドラはどう?」


 スライムは表面に波紋を走らせ、『やだ』と言っているようにしぼんだ。ユーマが「アドラはないだろ」と呟く。


 ティルス、ケンティ、アルティ…と次々に名前を提案するが、スライムは小さく体を震わすだけだ。


 ユーマが鼻で笑う音が聞こえてくる。脳内の『温厚な私』担当大臣が、思わず辞職しそうになった。


 私を笑うのはいいが、せめて、一緒に名前を考えるそぶりくらいは見せてほしい。トタン君たちと模擬戦を始めている。




 不安そうにしているスライムを安心させようと撫でる。すべすべとした感触が伝わってくる。


「ルディ、この名前はどうかな?」


 スライムが私を見上げるように体を動かすと、嬉しそうに大きく跳ねた。


 着地するたびに体を平たく潰しては、その反動で再び宙へと舞い上がっている。思わず笑みがこぼれる。


「これからもよろしくね。ルディ」




 ……私の足元には、ユーマがうつ伏せになって倒れている。その背中の上でトタン君たちが手を振っていた。

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