第14話

 ルドヴィカの教会通いが始まった。

 ウォルターとアーチーに前後を護られ、真っ暗闇の地下通路を歩く。


 初めて通路を歩いた時には、たっぷり半刻はかかったが、それも数回往復するうちに、四半刻ほどで歩けるようになっていた。


 この頃のルドヴィカは、幽閉先が王都の離宮でなかったことを幸運だと思い始めている。

 離宮なら王城にも生家にも近く、マクシミリアンと離れた淋しさも、彼が近くにいると思えば少しは紛らわすこともできただろう。


 だが、こんなスリリングな体験はできずにいたに違いない。

 枯れ井戸にしか見えない地下へと続く通路。そんなところに足を踏み入れることを生家の母が知ったなら、きっと驚いて卒倒してしまうだろう。


 ルドヴィカが幽閉されただけでも一度は卒倒した筈だから、母にはもう心配をかけたくない。ただひと言、元気でいることを知らせたいと思うのだった。


 通路を辿って教会へ通うようになり、すでに一週間ほどが経っていた。

 なにせ老司祭は、ルドヴィカが土産に持ってくる焼き菓子を、とても喜んでくれる。


 自分の行動を、誰かが喜んでくれる。

 それは大袈裟に言えば、ルドヴィカの生きるよすがとなっていた。


 未来はどうなるかなんてわからない。けれど、今日会えた老司祭は、ルドヴィカと過ごすわずかな時間を楽しんでくれる。


 ここに生きても良いのだと彼が認めてくれるようで、こんな雪と氷に閉ざされた下界から隔絶された世界にいながら、ルドヴィカはようやく自分の居場所を与えられたように思えるのだった。


 マクシミリアンは、ルドヴィカがいつかこんな心境になれるとわかっていたのだろうか。

 まさか、毎日地下通路から教会通いをするとまでは予想してはいなかっただろう。けれど、英明な彼であれば、この北の最果てに近い土地に、ルドヴィカが居場所を見つけられることを予見していたのではないか。


 ウォルターやアーチーは、間違いなく王都と繋がっている。

 彼らがルドヴィカへ仕えているのではなくて、飽くまでも王家の、マクシミリアンの命により動いていることはわかっていた。


 ルドヴィカの知らないところで、書簡のやり取りもあるだろう。そこには、ルドヴィカについての報告文も含まれるに違いない。


 ルドヴィカ自身には、マクシミリアンへも生家へも文を書くことは認められてはいなかった。

 はっきり駄目だと言われたわけではなかったが、あてがわれた私室には必要なものは整えられていたのに、文を書く便箋も葉書も一枚も見つけることはできなかった。


 ルドヴィカの人間関係とは、屋敷で暮らす使用人たちだけだった。

 そこに今は教会の老司祭が加わって、ウォルターが止めないのをいいことに、ルドヴィカは老司祭を下界との唯一の繋がりと思って彼に会うために教会へ通う。



「これはまた、なんと香りのよいお茶でしょうか」


 老司祭は嬉しそうに目を細めた。


 この日ルドヴィカは、マドレーヌと一緒に紅茶の茶葉を持参した。

 あんな山腹の屋敷ではあるが、ルドヴィカが口にするものは全て良質ものばかりだった。


 紅茶もそうで、屋敷の食料庫にはルドヴィカのよく知る銘柄の紅茶が取り揃えられていた。

 今日はその中から、香りの良い茶葉を選んで老司祭への土産にしたのである。


 どうやら老司祭は、好き好んで薬草茶を飲んでいたのではないようだった。


「それしかなかっただけです。私だってあんな不味い草の茶よりも紅茶のほうが好きなんです」


 聖職者にあるまじき俗物的なことを言う。

 だが、彼は確かにルドヴィカとのお茶の時間を楽しんでいるようだった。


 老司祭に家族はおらず、彼もまた、この教会に一人取り残されたように生きていた。

 ルドヴィカは使用人に囲まれているが、老司祭を取り囲むのは墓石と英霊たちの棺である。


 生身の身体で語り合える、老司祭とルドヴィカは、年齢も性別も立場も超えた信頼を抱き始めていた。


 アーチーは、相変わらず良い顔をしなかったが、ウォルターは、そんなルドヴィカに苦言を呈することはしないでくれた。


 執事としての職務もあるのに、毎日ルドヴィカに付き合ってくれる。

 老司祭への差し入れである焼き菓子も、ルドヴィカはウォルターと一緒に作っている。彼は厳めしい顔に似合わず繊細な一面があり、料理も菓子作りも上手かった。


 老司祭との会話を重ねるうちに、ルドヴィカはこの辺りの歴史や地理についての知識を深めた。

 数十年前に生きたサンドラが、この地では今も忘れられずにいることも知れた。


 王家預かりとなっていても、この地は最後にサンドラが治めた土地であり、街には彼女の元々の邸宅が今も残されているのだという。

 そこも今は、北の辺境伯が管理していることを、ルドヴィカは老司祭の話から知った。


 どんな経緯があったのかわからない。だがきっと、王家預かりとなる前に辺境伯に委ねられたのだろう。


 教会に眠る英霊は、北の辺境伯の騎士たちのようだった。それはかつてこの土地が戦火に巻き込まれたことを伝えるものだ。


 サンドラが生涯独身を貫いたことも、ルドヴィカは老司祭から聞いた。あれから図書室を探してみたが、屋敷には彼女に関わる記述を何も見つけることはできなかった。


 それはまるでサンドラが、自分の人生をすっぽり隠して、生きた証の一つも残らず没することを望んだように思えた。


 降り積もる雪に覆われ姿をなくす、そんなサンドラの印象は、未来の自分の姿に重なるようだった。







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