Log. 12 ――仮面を被るもの。

 ――特捜本部、管理官室。

 無機質な部屋に、何かが激しく砕け散る音が響いた。


「逃げられました……か」


 渡峯は、床に転がる椅子を忌々しげに一瞥し、荒い呼吸を整える。

 受話器の向こうでは佐倉間が、回収された端末の持ち主を報告していた。


『……伊勢蒼史、葛城空、そして比与森。三名の端末が電波暗室に残されていました』

「伊勢……葛城……っ!」


 渡峯は再び、傍らにあった備品を力任せに蹴り飛ばした。

 完璧だったはずの盤面が、一年前の生き残り達によって乱され始めている。



 - - - - -



 ――廃棄地区、商店街跡地。

 埃の舞う廃屋の中で、比与森はすべての真実を吐露していた。


「……つまり、渡峯管理官とお前のいる教団が一年前からの黒幕で、警察内部にも信者が多数潜伏していると」

「そうです。おそらく、渡峯さんより上の幹部は国外にいます」


 伊勢は疑わしげに目を細めたが、葛城は冷静に比与森を見据えた。


「蒼さんは私の復帰初日には気づいてたんでしょ?だから彼を疑って、地下鉄跡地の人影を動物だったなんて無茶苦茶な嘘を吐いたんでしょ?」

「嘘……!?」

「監視してたんだよ。ここ半年、渡峯は勤務中に人目のつかない場所で頻繁に連絡を取っていた。一番怪しいのはあいつだったからな」


 比与森は驚愕した。

 渡峯は日本で動いている中ではトップクラスに優秀だ。

 その渡峯が見抜かれていた……。


 あの惨状から生き残った二人をただの豪運だと思っていた。

 だが違う。

 警察官として、彼らには正義があり、その正義は死地にあっても揺るがない。

 卓越した技術と、冷静な判断力は、その正義によって研ぎ澄まされたものなのだと確信する。


 目の前の二人を見て、比与森は自分の浅はかさを悟った。

 ただの腕試しのつもりで入団した教団。

 警察という組織に属しているのにも関わらず、悪に加担し、自分の命を危険に晒す。

 愚か者の行為だった。


「比与森くん、一つ質問。……もう、教団に戻るつもりはない?」

「うん。僕は、罪を償うよ」

「わかった。自首は渡峯を逮捕してからにして。……さっき移したデータで、教団のサーバーに逆ハックをかけられる?」

「やってみる……やってみるよ!」


 葛城の決断に伊勢は呆れつつも、その「信じたい」という本音を隠しきれなかった。


「……ったく。もし寝返るようなら、地獄の果てまで追いかけるからな」

「はい!」



 - - - - -



 二時間後。約束の時間通りに警視庁へ戻った二人の前に、渡峯が立ちはだかった。


「葛城警部、伊勢警部。今までどこに?」

「行列のできるラーメン屋に」


 葛城がしれっと答える。

 渡峯はその返答に薄く笑い、開き直ったように告げた。


「比与森くんの証言だけでは、私は捕まえられませんよ」

「どうでしょう? 私たちは、あなたが思っているより優秀ですよ?」


 葛城の返答に渡峯の表情が険しくなる。

 その表情がふっと和らいだかと思うと、いつもの渡峯管理官としての顔に戻り淡々と告げる。


「……それより、仲間を失いたくなければ、見て見ぬふりをすることも大切です」

「どういう意味だ?」

「入ればわかります。私はこれで」


 渡峯と入れ替わるように本部の自動扉をくぐると、沈痛な面持ちの花谷だった。


「……葛城さん、伊勢さん」

「……」

「夜宵くんが、搬送先の病院で息を引き取りました」



 - - - - -



 その頃、死んだはずの夜宵は、辻宮の傍らで意識を取り戻していた。


「気分はどう?」

「……まだ少し、気持ち悪いです……。僕は、毒を飲んだんですか?」

「ええ。誰かから渡されたものを食べたり、飲んだりした?」

「渡峯さんからコーヒーをもらいました……まさか!?」


 夜宵は絶句した。信じていた上司に殺されかけた事実。

 そして辻宮は、さらなる衝撃を突きつける。


「あなた、公安に協力してくれると言ったわね。……今さっき、あなたの死亡届を出したわ」

「……え?」

「あなたはもう、この世に存在しない人間よ。幽霊として、私たち共に戦ってもらうわ」



 - - - - -



 花谷が出ていき、静まり返った部屋で、伊勢は拳を握りしめた。


「……どうする?」


 葛城は夜宵の机をそっとなぞり、かつてないほど鋭い、殺気にも似た光を瞳に宿した。


「絶対に、捕まえます。――渡峯も、その背後にいる者も、すべて」



 - - - - -



 本部を離れた花谷は、庁舎裏の自動販売機の影で、加納と合流していた。

 加納の手には、暗号化されたデータの入ったタブレットがある。


「夜宵さんの死亡偽装は完了っす。これで教団の目は欺ける」

「ああ、助かるよ。……それで、例の『上のクラス』については?」


 花谷の問いに、加納は周囲を警戒しながら声を潜めた。


「渡峯の通信ログを洗ったら、一部のパケットが警察庁と厚労省が共同管理する機密サーバーに直接飛んでました。他にも複数人同じように通信してる警察官がいる……このサーバーを洗えば1年前の事件だって……」

「落ち着け尋。けど……警察内部に、教団の根がそこまで深く張っているとはな」


 花谷は夜の闇を睨む。

 自分たちが追っているのは、一人の管理官だけではない。


「これ以上、伊勢さんや葛城さんを無闇に危険に晒すわけにはいかない。準備をしてくれ。明朝までに、警察署内の裏切り者を特定する」

「了解っす。……夜宵さんにも、一肌脱いでもらいますか」


 花谷の瞳には、先ほどまでの「頼りない新人」の面影は微塵もなかった。

 特捜班が解散を命じられるまで、あとわずか。


 嵐の前の静寂を切り裂くように、警視庁の時計塔が、午前零時を指した。

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